桜の木の下には死体が埋まっている

広井すに

前編

 ──そういえば……旧校舎、なくなったんだな。


 四月上旬。関東圏・S県のとある中学校。

 大学卒業後から教師になり、県内の中学校を回ってこの春から母校の中学校に赴任した男性教師・谷村は窓を見て気付いた。


 朝のミーティングが終わり、入学式の前の束の間の休憩。校庭にある桜の木々。

 ある一本の、はらはらと花びらを散らせる桜の木が目に留まった。


(なんか、桜にしては色が濃いな……?)


 谷村が気になった桜の木だけ、他の桜よりマゼンタに少し似ているピンク色だった。

 関東の桜は白に近い薄いピンクのものが多い。

 逆に北海道や東北の桜は、関東圏の桜より色が濃いピンクが多いらしい。

 校庭に桜の木はあったが、谷村の学生時代にはあんな木はなかった。

 自分が卒業してから、桜を植え直したのだろう。

 ここは関東の学校だが、珍しいものもあるんだな、と思いながら谷村は眺めた。


「何かありましたか? 谷村先生」

「……原田先生」


 桜に気を取られていると、話しかけられた。

 ふくよかで丸眼鏡が特徴的な中年男性──英語教師の原田だった。

 谷村は原田が受け持つクラスの副担任になる。


「あ、いや……。旧校舎、取り壊されたんだな〜って思いまして」

「旧校舎?」

「僕、この学校出身なんですよ。僕が中学生の時には、ボロッボロの木造の建物があったんです。あの桜のある場所に……」

「へえ、そうなんですか。私がここに来た時には、もうすでにそういう建物はなかったですよ。そんな建物なら危ないでしょうし、生徒に何かあったら困りますから。取り壊されたんでしょうね」

「ええ……」


 原田は人好きのするような雰囲気で、決して社交的ではない谷村にとっても話しやすくありがたい。

 二人はしばしの雑談を続けた

 そして、先ほど見かけた桜について訊く。


「そうだ、原田先生。あの桜、関東圏にしては珍しい色じゃないですか? すごい濃いピンク色。なんかどぎついピンクですよね」

「あー、確かに。言われてみれば……」


 外の桜の木を指差す。

 すると、少しにやついた顔で原田が思いついたように「ああ、そういえば谷村先生」と呼びかけた。


「知ってますか? 桜がピンク色なのは死体が木の下にあって、その血を吸ってるからその色なんだとか……」

「はは、ミステリー小説とかホラー漫画とかでそういう設定ありますよね」

「うちの中学校の桜ももしかしたらそうなんじゃないか、ってたまに思うんですよね〜」

「何言ってるんですか、原田先生……」


 原田は新任の教師を和ませるためにそんな冗談を言っているのだろう、と谷村は話を合わせながら笑い、腕時計を見る。

 もうすぐ入学式の時間だ。

 谷村のように、新しくこの中学校に赴任した教師たちの挨拶もある。そろそろ体育館に向かおう。

 谷村と原田はそのまま歩き出した。




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