なんだか気になるバ先のお姉さん
鎔ゆう
バ先にパートで応募してきた女性
二月某日。バイト先に一人の女性が訪れた。
「あの、パートに応募した佐々江と言います」
晴天がゆえか寒さも緩む昼下がり、妙齢の女性が商品補充中の俺に声を掛けてきたわけで。年齢は俺より少し上くらいか、微妙な笑顔とナチュラルメイク。長い髪を後ろで束ね清楚感を演出してるのだろう。ベージュ色のダウンジャケットで身を包み、下は黒いパンツ姿で黒いスニーカーを履いてる。
上から順に視線を移していると「午後二時に来るよう言われたのですが」と言われた。面接担当の名は伺っていないとか。俺が面接受けた時もそうだったな。面接担当の名前を知らずサビカン前で待たされた。サビカン=サービスカウンターのことだ。
作業が止まっていたが、担当を呼ぶ、と言ってその場を離れる。
バックヤードに向かい、とりあえず社員を探す。俺のバイト先であるスーパーなんて、売り場に社員が立つことはほとんどない。バックヤードや事務所に引っ込んで、時々指示を出す際に出てくる程度だ。どこにいるか所在が掴めないことも多く、用件がある際はあちこち探す羽目に陥る。
都合よくデリカマネージャーを見つけ、パートの応募に来た人が居ると告げた。
「ああそう。じゃあ人事課に通して」
「あの、俺がですか?」
「そのくらいはやってよ。こっちは忙しいんだから」
忙しい、ねえ。社員様は常に忙しいを口にする。そうなるとバイト風情が何を言おうが、どうにもならないわけで。
仕方なく売り場に戻り女性の下へ。
「案内します。こちらへ」
先行しバックヤードの扉を開け女性の入室を促す。
入ったら再び先行し人事課のある場所へ一名様ご案内だ。
「少々お待ちください」
そう言って総務部の扉をノックし中へ入ると、暇そうな担当者が数人居る。君ら、暇そうだよね。俺に視線を一瞬向けるけど、すぐに知らん顔になるんだよな。
人事課のデスクまで行き用件を伝える。
「あの、パートの面接に来てる人が居ます」
俺の言葉に「研修室に案内してあげて」だって。あとから向かうそうで。それと名前を聞いたか問われるけど、最初に名乗られてたな。なんだっけ?
「さ、佐々江さんって言う女性でした」
「何時の予定?」
「あ、えっと、十四時からでした」
「じゃあ少し待ってもらって」
なぜ俺が案内、なんて思うだけ無駄。でもさあ、所詮はバックヤードの整理と補充バイトだよ。簡単な仕事しか任されない程度の。しかも短時間だし。
まあ学生だからね。朝から晩までなんて入れるわけもないし。
人事課を出て待機してた女性、えっと佐々江さんだっけ、研修室へ案内して待っててもらう。
「あの」
「はい?」
「ありがとうございます。あなたは社員ですか?」
「違います。ただのバイトですから」
研修室をあとにして売り場に戻り作業の続きをする。
大幅なロスだ。急いで作業しないと。
三日後、バックヤードで整理していると、佐々江さんがうろうろしてるようで。エプロンをつけ腰にポーチを提げてるから、採用されて初出勤かな。名札もあるようだし。
声を掛けると「あの、婦人服のマネージャーさん、知りませんか?」と聞かれた。俺が知るわけがないけど、たぶん事務所に居ると思うと言っておく。
「事務所はどこですか?」
「え」
「あ、ごめんなさい。よくわからなくて迷子に」
店内と異なり案内なんて無いに等しいからね。最初は戸惑うしわからないことも多い。でも一階と二階の違いはわかるでしょうに。一階は食品と日用品。二階に服飾雑貨。まあいいけどさ。
事務所まで案内するけど居ないようだ。どこをほっつき歩いてるのやら。
「あとはPOS室かPOP室ですかね」
「どこですか?」
どこも何も事務所に併設されてると思ったけど。俺もよく知らないし。事務所内に居る暇そうな社員に声を掛け場所を特定。案内するけど。
俺の作業が進まない。バイトだよ。時間で働くだけの。
結局事務所内には居らず休憩室で飯食ってるし。なんだよ、こいつ。気付くと「あ、少し待ってて」だってよ。
バイト風情に連絡手段としての通信機器は持たされてない。社員とパートは持ってるみたいだけどね。だからバイトは歩いて探す羽目になる。
「じゃあ、俺はここで」
「はい。ありがとうございます」
無駄に疲れた。
急がないと時間内に終わらないし。
あれから四日経過した。
俺は一階で整理と補充しかやらないはずだけど、時に接客を強制される。お客さんにだ。
「洗剤の売り場ってどこにあるの?」
「こちらになります」
案内して離れる。
「広告に出てた白菜、ないんだけど」
「確認してきます」
たかが補充バイトでも売り場に居る時は、客も店員と看做すから声を掛けてくるし。広告内容と売り場は把握しておく必要がある。
実に面倒だ。給料が良ければともかく、最賃に毛が生えた程度だぜ。
「あの」
またか、と思って振り向くと佐々江さんだ。
「あの、何か?」
「惣菜ってどの辺ですか?」
案内すると「今日は上がりなんです」だって。早いね。シフトがどうなってるか知らないけどさ。
補充に戻ろうとしたら「あなたは何時に上がりますか?」と聞かれる。
それ、なんか必要なことなの? まあいいけど、聞かれたら答えるだけ。
「五時です」
あと一時間程度。
「学生さんですか?」
「そうです」
「一人暮らしですか?」
「まあ、一応」
何なの、この人。
「従業員口で待ってますね」
「え」
「少しお話したいですから」
なんで?
総菜を手にレジに向かう佐々江さんだった。白いブラウスに黒のパンツ姿か。俺より少し年上だな。
じゃない。さっさと補充しないと終わらん。
時間一杯まで作業を熟すと上がりになり、社員に声を掛けてカードスキャン。退出し従業員口で手荷物チェックを受けると、外で待つ佐々江さんが居た。エコバッグを提げ俺に気付くと笑顔を見せる。上にはダウンジャケットを纏ってるな。温かそうだけどデザインは嫌いだ。ダサく見えるから。人を選ぶと思うのは俺だけか。佐々江さんは似合ってるけどな。
傍まで行き用件を問うと。
「お世話になったので少しお礼を」
えー要らんけど。ただ、佐々江さんって意外と。まあそれなりに魅力はあるのかな。
だが。
「言葉だけで充分です」
「そこは、何かしら形でお返ししたいので」
気を使う必要ないでしょ。なんて思っていると手を引かれ「ご飯、奢りますよ」とか言ってるし。意外と強引だ。
だがしかし、そこまでしてもらう理由はない。
「あの、それは結構ですので」
「牛丼程度ですよ」
「えっと、それでも」
「ラーメンでもいいんですよ」
いや、だからね。理由が、なんて思う間もなく引き摺られる俺。
まさかと思うけど、俺に気があったり。そんなわけないだろうけど、勘違いしちゃうよ。手を引いて連れ回されると。
結局、連れ込まれたのは定食屋。大衆食堂じゃない。少し洒落た大手チェーンの定食屋だ。
「自分で払いますから」
「奢りますよ」
駄目だ。仕方ないから、ここは奢られておこう。お姉さんであろう佐々江さんの顔を立てる意味で。
席に着くとオーダーを済ませる。
「あの、名前を聞いてませんでした」
名乗ってないからな。まあ名前くらいは聞かれれば答えるけど。
「
「今大学何年生ですか?」
「春から三年です」
何やら含みのある笑顔を見せる佐々江さんが居る。まさか、俺をお持ち帰りしてくれるとか。そんなわけないか。
ちょっと魅力のある女性だと、俺も簡単に転がされそうだ。気を付けないと。
食事中も軽い会話が続く。
「本園さん。どこの大学なんですか?」
「言わないと駄目ですか?」
「無理に聞こうとは思いませんが」
言っても支障のない程度の大学だし。Fランだったら口にしたくないけどな。
一応、大学名を答えると「どうしてスーパーでバイトしてるのですか」だって。コンビニや飲食店より、圧倒的に楽だからだけどな。
「近くに住んでるのですか?」
突っ込んで聞いてくるなあ。これ逆の立場だったら聞けないでしょ。付き纏われる可能性だってあるんだし。
「徒歩で十分くらいです」
「そうなのですね」
笑顔を見せる佐々江さんが居る。
「午後のシフトみたいですけど、授業は?」
ああ、なんか職質されてるみたいな。
「午後の授業がない日に入ってますよ」
「私は学生時代飲食店でバイトしてました」
はあ。俺ばかり質問されてるから、身の上を語り始めたか?
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