剣道部のクールなエース美少女が、ネットの親友(女)にガチ恋してるらしい。……それ、女装した僕なんだけど?
秋夜紙魚
第0話
その日、胸の奥に芽生えていた感情の正体を知った。
花の名は、初恋。
本当は、もっと前から気づいていたのかもしれない。
分かっていながら、理解を拒んでいたのだ。
それがきっと、いけない感情なのだと知っていたから。
愛の国フランスでは、初恋はさくらんぼの味で表されるらしい。
実る木々は美しく、けれど季節は短い。
きらびやかで眩しいのに、まばたきをした瞬間に過ぎ去ってしまう。
だけど、私の場合は少し違う。
それが恋であると認識した瞬間から、失恋が決まっているのだ。
だから、甘いはずなのに、苦い。
とても、果物の味では言い表せない。
「お、おまたせしました」
声が聞こえた。
儚げで、なのに一本の筋が通ったみたいに澄んでいて。
まるでガラス細工のような……今にも壊れてしまうんじゃないかと思える、私の大好きな音色。
駅のホーム。自動改札機の奥からこちらへ向かって歩く彼女と、視線が交錯する。
自然と、笑みが溢れた。
少年のようなキャップのつば。その影の中で、大きくて少し垂れた瞳が光る。
背丈は私より随分と低く、肩幅も狭い。
いかにも「女の子」然とした愛らしい容姿。
なのに、ヘアスタイルはベリーショート。
スカートは頑なに履かず、いつもズボン。
せっかくの可愛い顔を、目深に被った帽子で隠してしまっている。
明らかに彼女の服はレディースだし、単にボーイッシュな格好が好みなだけだろうけれど……正直、似合ってはいない。
ただ、私が彼女の趣味に文句をつけるなんておこがましい。
何よりも――私の格好だって、人の事を言えた義理じゃないのだ。
一着しか持っていないスキニーパンツ。通学用のスニーカー。
上半身はチェック柄のシャツ。
平均身長よりも高い私だけど、幸いな事に『胸部はそれほど成長していない』
だから、こんな姿でも見ようによってはきちんと男の子に見える……はずだ。
「ご、ごめんなさい……待ちました?」
心配そうに、彼女は私の顔を見つめていた。
どうやら少し、難しい顔をしていたらしい。
「わっ」
言いかけて、言葉を飲み込んだ。
何をやっているんだ、私は。危うく、ボロを出してしまう所だった。
「……こほん」
軽く咳払い。
低い声をなるべく意識して、一人称に注意する。
それが、彼女と居る時の、自分に課したルール。
「……僕も、今来た所だよ。僕こそごめん。少し、考え事をしていたんだ」
「そ、そっかぁ……よかったです……」
彼女はそう言って、胸に手を当てて、ふぅと息を吐いた。
気が抜けて、ふにゃっとした顔が愛くるしい。
所作の一つ一つが、言葉の端々が、妙に可愛くてにやけてしまう。
いかんいかん。
気持ち悪いだなんて思われたくないし、万が一でも、ばれるわけにはいかないのだ。
「今日は、ありがとうございます」
不意に、彼女が言った。
上目遣いではにかむ様子に、心臓が跳ねる。
「ん? えと……何が?」
「ほら、その、いつも遊びに誘ってくれて。……本当は、わ、わたしからお礼をしなくちゃなのに、どうしても尻込みをしてしまって……情けないです」
「ぜ、全然! 僕から誘いたかったから。その、えと、でもその、下心があったわけじゃなくてね! あ、いや! ないわけじゃないんだけどね!」
混乱し、矛盾だらけで支離滅裂な私の言葉。
けれど彼女は笑ってくれた。
かと思えば、真面目な顔になって、「レイくんは、優しいですね」なんて言ってくる。
ころころと変わる表情も、声色も、その全てに魅了されていく自分が居る。
ああ、私は――彼女に恋をしているんだと、何度だって自覚させられる。
「と、とにかく、今日も僕に任せてよ! 美味しい甘味処、いっぱい知っているからさ」
「はい。レイくんのお勧めしてくれるお店は、何処も美味しいですから、今から楽しみです」
「よしっ。じゃ、じゃあ、行こう!」
恥ずかしさを隠すように、私は彼女の手首を掴んで、軽く引っ張った。
すぐに背中を向けて、赤くなっているだろう頬を隠す。
歩幅が違う事に注意して、手を引いて歩く。
不意に、図らずも好きな人と手を繋いでいることに気がついた。
途端に体温が急上昇する。
友だちとしての付き合いだってまだまだ短いのに。
相手は小動物のように可憐で、初恋の人。
私と違って手首はめちゃくちゃ細いし、少しでも強く握れば折ってしまいそうだ。
怖がられたり、嫌がられたりは、していないだろうか。
心配になった私は、悟られぬようにそろりと首を動かして、横目で彼女の顔を確認した。
「あ――」
声が漏れる。
なんとなく、嬉しかった。
だって……彼女もまた、恥ずかしそうに俯いていたから。
たぶん今……私と彼女の、心にある気持ちに差異はない。
どちらも互いの事をそれなりに意識していて、だからこそ、こんな風に頬を赤らめ合ってしまう。
でも……勘違いを、してはいけない。
自らの過ちを、忘れてはいけない。
彼女は――まもるさんは、『僕』に対して、その暖かな想いを抱いてくれている。
それは、絶対に『私』の為に生まれた気持ちなんかじゃない。
意図してまもるさんを騙している私は、とてつもなく矮小で……罪深い人間だ。
私の名前は、多田澪(ただみお)。
剣道部所属の中学一年生。
運動の邪魔だからと髪は短く切っていて、胸は平坦。
身長ばっかりが大きくなるものだから、同級生の男子たちからは女子として見られていない。
そんな私に、色恋沙汰など無縁だと思っていた。
これからも、訪れるはずがないと思っていた。
なのに。
知らないうちに、私は恋に落ちていた。
よりにもよって、その相手は――。
私と同じ、女の子だった。
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