第2話 踏み込まない優しさ

確実に、気になる。

それが、再会してからずっと消えなかった。


「会わなきゃよかった」

何度も思った。


二十年。

彼のいない人生が普通だった。


それが、

正解だったはずなのに。


会ってしまったら、

こんなに簡単に崩れる。


期待しない。

信じない。


そうやって、

何度も自分に言い聞かせる。


もし、

あそこにいたら。


声をかけて、

無事かどうかを確かめて、

それで終わる。


それ以上でも、

それ以下でもない。


特別な行動じゃない。

意味なんて、

最初からない。


そう思えば、

あの沈黙も、

あの距離も、

ただの出来事になる。


私は、

その考えに

何度も自分を押し戻した。



---


仕事で、

圭介と一緒になる日が増えた。


中学の同級生。

洸平とは、当時からいつも一緒にいた。


三人で話した記憶は、

ほとんどない。


それでも、

彼は私のことを

ちゃんと覚えていた。


それが、

少しだけ意外だった。



---


部署は違うのに、

なぜか同じ案件に入る。


会議室で、

並んで資料を見る。


近いわけじゃない。

でも、

遠くもない。


「この数字、

一個前の資料とズレてる」


「あ、ほんとだ……ごめん」


「いい。

今、気づけてよかった」


責めない。

急かさない。


“仕事ができる人”というより、

“人を追い詰めない人”。


その印象が、

ゆっくり残った。



---


昼休み。


「……無理してない?」


それだけで、

胸の奥が緩んだ。


無理してるって、

自分でも分かっていた。


でも、

それを聞いてくる人は

久しぶりだった。


「……大丈夫」


そう答えた声が、

少しだけ遅れた。


圭介は、

それ以上踏み込まない。


「そっか」


それだけ言って、

コーヒーを差し出す。


その距離感が、

ちょうどよかった。



---


別の日。


締切が近づいて、

残業になった。


静かなフロア。

キーボードの音だけが、

規則正しく響く。


「これ、

俺やっとく」


「大丈夫、

自分でやる」


圭介は一度だけ、

こちらを見る。


「……今日は、

早く帰れ」


断れなかった。


仕事の話しかしない。

洸平の名前は、

一度も出ない。


それが、

逆に苦しかった。


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