想いを抱えて

夜の余韻

第1話:夜の余韻


理由なんてないのに、ふと生きるのが重たく感じる──

そんな夜が、ときどき訪れる。


日々が特別苦しいわけでも、深刻に悩み込んでいるわけでもない。

ただ、ほんの些細な出来事が、心を底まで落としてしまうことがある。


思い描いていた「理想の自分」は、また遠ざかっていく気がした。

嫉妬や憧れや執着は、うまく手綱を取れず悪い方向へ転がる。

歪んでしまった自分が嫌いだった。


そんな私でも、大切な人と出会ったことで、少しだけ真っ直ぐに生きていける気がしていた。



出会いは、あるコミュニティサイトだった。


お互いなんとなくフォローし合い、たまたま同じゲームを遊んでいたことから会話を交わすようになり、距離は自然と縮まっていった。


短いやり取りを重ねるうちに、画面越しの言葉がいつの間にか日常に混じっていた。


本当は異性と話すのが苦手で、人見知りも激しい。

それなのに、彼女とは「会ってみたい」と思えた。


ちょうどその頃、長く続けていた仕事がコロナ禍で変わり、私は退職を決めていた。

奇妙な偶然だが、彼女も同じタイミングで退職する予定だった。


未来への不安を抱える気持ちと、彼女への好奇心。

それらが重なって、会いたいと思う気持ちが静かに強くなっていた。



「いつか会えたらいいね」


そんな言葉を、冗談のように交わしたのが始まりだった。


その「いつか」は、思っていたよりも早く現実になった。


初めて会う日、待ち合わせ場所で彼女はすでに立っていた。

想像以上に可愛らしく、私は緊張で息が詰まりそうになった。


居酒屋に着くまでの記憶は曖昧だ。

忘れてしまいたいほど緊張していたせいだろう。

席に着いても視線を合わせることすらできず、言葉は喉の奥に引っかかる。

それでも、なぜか心の奥底は不思議と静かだった。



彼女はぎこちない私を受け入れ、楽しそうに笑って話してくれた。


「こんな人と一緒にいられたら」


口には出せない思いが胸の底で膨らんでいく。


その夜は、お酒を飲みながら散歩をして、ただ一緒に時間を過ごした。


コンビニに寄ると、彼女は退職届を印刷し、公園のベンチで書き始めた。

行動と反して真剣な横顔が、なぜか愛おしかった。

彼女を駅のホームまで見送り、夢のようなひと時を終えた。

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