想いを抱えて
九
夜の余韻
第1話:夜の余韻
理由なんてないのに、ふと生きるのが重たく感じる──
そんな夜が、ときどき訪れる。
日々が特別苦しいわけでも、深刻に悩み込んでいるわけでもない。
ただ、ほんの些細な出来事が、心を底まで落としてしまうことがある。
思い描いていた「理想の自分」は、また遠ざかっていく気がした。
嫉妬や憧れや執着は、うまく手綱を取れず悪い方向へ転がる。
歪んでしまった自分が嫌いだった。
そんな私でも、大切な人と出会ったことで、少しだけ真っ直ぐに生きていける気がしていた。
⸻
出会いは、あるコミュニティサイトだった。
お互いなんとなくフォローし合い、たまたま同じゲームを遊んでいたことから会話を交わすようになり、距離は自然と縮まっていった。
短いやり取りを重ねるうちに、画面越しの言葉がいつの間にか日常に混じっていた。
本当は異性と話すのが苦手で、人見知りも激しい。
それなのに、彼女とは「会ってみたい」と思えた。
ちょうどその頃、長く続けていた仕事がコロナ禍で変わり、私は退職を決めていた。
奇妙な偶然だが、彼女も同じタイミングで退職する予定だった。
未来への不安を抱える気持ちと、彼女への好奇心。
それらが重なって、会いたいと思う気持ちが静かに強くなっていた。
⸻
「いつか会えたらいいね」
そんな言葉を、冗談のように交わしたのが始まりだった。
その「いつか」は、思っていたよりも早く現実になった。
初めて会う日、待ち合わせ場所で彼女はすでに立っていた。
想像以上に可愛らしく、私は緊張で息が詰まりそうになった。
居酒屋に着くまでの記憶は曖昧だ。
忘れてしまいたいほど緊張していたせいだろう。
席に着いても視線を合わせることすらできず、言葉は喉の奥に引っかかる。
それでも、なぜか心の奥底は不思議と静かだった。
⸻
彼女はぎこちない私を受け入れ、楽しそうに笑って話してくれた。
「こんな人と一緒にいられたら」
口には出せない思いが胸の底で膨らんでいく。
その夜は、お酒を飲みながら散歩をして、ただ一緒に時間を過ごした。
コンビニに寄ると、彼女は退職届を印刷し、公園のベンチで書き始めた。
行動と反して真剣な横顔が、なぜか愛おしかった。
彼女を駅のホームまで見送り、夢のようなひと時を終えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます