今日のわたしと、昨日のわたし

青川メノウ

第1話 今日のわたしと、昨日のわたし

みんなは、わたしたち二人を、双子の姉妹だと思っている。

それはちがう。

わたしは、今日のわたしで、隣にいるのは、昨日のわたし。

毎朝、ベッドで目覚めるといつも、隣にもう一人眠っている。昨日のわたしだ。

「さあ、起きて。昨日のわたし。もう朝よ。学校へ行かなきゃ。遅刻するよ」

「ううーん。まだ寝ていたいな」

声を掛けるのはいつも、今日のわたし。だって、今日のわたしは、昨日のわたしよりも、ちょっとだけ学んでいるから。

昨日は、いつもの電車が遅れたせいで、高校に遅刻しそうだった。もう少し早く家を出ないと。

起きてから、顔を洗って、歯を磨いて、ご飯を食べて、一通りいつものことを済ませた後、制服を来て、身だしなみを整えて、カメラの前に座る。これが、日課だ。


「おはよう、みんな。どう? わたしたち、キレイ?」


―――うん、キレイ! カワイイ 最高! ときめいちゃう ドキドキするよ~っ 愛してるーっ!―――


「ありがとね。じゃ、みんなに聞くけど、今日のわたしと、昨日のわたし、どっちがキレイかな?」


―――もちろん今日のヒナちゃんだよ 昨日のヒナちゃんもステキだけど 今日のヒナちゃんの方がキレイ!―――


「うれしいな。じゃ、そろそろ学校へ行くね。みんな、また明日ねー。バイバーイ」


高校に入ってから、ずっと毎朝続けている、たあいもない配信だ。たったこれだけのことなのに、フォロワーは数十万人。毎朝、わたしたちの顔を見るだけで、明るく元気な一日を送れるというんだから。

わたしたち二人は、カメラの前では、同じ時空に今日と昨日の同一人物が一緒に存在するという、混乱しそうな設定だ。

こんな、現実に起こりえない現象を、マジメに信じている人なんか、一人もいない。

みんな面白がって、架空の設定に、付き合ってくれているだけ。

双子の姉妹が、ライブ配信でふざけているだけだと思って。

しかし本当に、今日のわたしと、昨日のわたしの二人が同じ部屋にいる。

これは〈事実〉なのだ。


どうしてこんなことになったのか、はっきりわからない。

ある朝、目が覚めたら、こうなっていた。それだけだ。

ただその前の晩、わたしは神様にお願いした。

「どうかわたしをキレイな子に生まれ変わらせてください」と。

わたしはずっと醜かった。それでいじめられてきた。中学一、二年の時は、特にひどかった。女子だけでなく、男子からも『汚い』とか『ばい菌』とか、露骨な言葉を浴びせられた。

だから、神様に願った。そして通じたのだ。きっと。

ただ、叶えてくれた相手が、本当に神だったか、あるいは悪魔だったかわからない。姿も見ていないし、声さえ聞いていないから。

でも、もうどっちだっていい。願いが叶ったんだから。

なにを間違ったか、昨日のわたしと二人になっちゃったけど。


ブスだったわたしが、一晩で美人になるなんて、まさかタダというわけにはいかない。

願っただけで、すぐに叶えてくれる、そんな都合のいいことは、悪魔はもちろん、神様だってするはずがない。

もしもそんな簡単に願いが叶うなら、世の中はもっと幸せな人々で満ち溢れているはずだ。

代償は、心当たりがある。

寿命だ。

わたしは、きっと長くは生きられない。

こんな素晴らしいことがあったんだもの、ほんとはずっとこのまま、幸せな気分で暮らしていきたい。

でもあの晩、『昨日よりちょっとでもキレイでなくなった時は、魂をさしあげます』と思いつつ、願ったのだ。


今日のわたしと、昨日のわたし。どこへ行くにも、なにをするにも、いつも一緒。周りの人は、絶えずわたしたち二人を比較する。

「そっくりだけど、やっぱり今日の方が、キレイだね」

十人が十人、そう言ってくれる。

安心だ。

まだまだ、わたし、生きていられる。

ブスのまま、いじめられて何度も死のうと思ったけど、生まれ変わった今は、毎日を楽しみたいと思う。

いつまでこうしていられるかわからないけれど、いつか、昨日のわたしが今日のわたしよりも、キレイって言われる日がくる日まで、それまでは幸せでいられるから、これでいいんだ。

わたし、覚悟はできている。

みんな、正直に言ってね。

今日のわたしと、昨日のわたし。どっちがキレイかって。

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今日のわたしと、昨日のわたし 青川メノウ @kawasemi-river

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