第2話 単純な直線の先にある工場。
工場に到着したアリス達は、さっそく依頼主の社長と会うことになった。
社長は恰幅の良い中年男性で、髪には若干の白髪が混じっているものの、顔はどこか若々しい。
二階は後ろに控えた二人──幸とアリスを指して『助手』だと紹介する。
一方、社長はアリスの姿を見ると、不自然そうな表情を浮かべた。
すかさず二階がフォローに入る。
「──彼女は子供ですけど、素晴らしい能力を持っています。ご安心ください」
そう言うと、二階はアリスの耳元に屈み、小さく囁いた。
「ほら、お嬢ちゃん。アレをやってくれ…」
アリスは、それが何を指すのかを瞬時に理解する。
「……はあ」
──そして、嫌々といった様子で、円周率を100桁まで暗唱してみせた。
かなりの早口だが、どこか聞き覚えのある数列だ。
どうやら社長の不安は、それで吹き飛んだらしい。
…ただ、イロモノという評価は覆らなさそうに思える。
それでも、二階と社長はまるで縁起の良いものを目撃した後のように嬉しそうだ。
ようやく、会話が円滑に流れ始める。
…その裏でアリスは“屈辱的だ…”と言いたげに顔を歪めた。
幸が彼女を励ましていると、二階による社長への聴き取りが始まる。
「──つまり、部品の箱が、まるごと消えていたと?」
「…はい。この工場は、金具のような小さな部品を製造しているのですが……昨日の夕方六時半に職員達が工場に入ってみると、前日に箱詰めされていた部品がすべて無くなっていたんです」
どうやら、それが今回の事件の内容らしい。
二階は尋ねる。
「──なるほど。無くなった部品の箱を最後に見たのはいつですか?」
「…おとといの夜でしょうか」
「“なくなっている”と気付いたのは、前日でしょう?随分時間が開いていますね?」
「ここは離れの工場で…従業員が数人働いていますけど、全員が短時間勤務ですから」
「では、六時半が始業時間という訳ですね?」
社長はうなずいた。
──ところで、やはり気になるのはタイムリミットについてだ。
二階はその事について尋ねた。
「依頼では、今日から明日のうちに解決……とのことでしたが、これはどういう理由です?」
社長が答える。
「…じつは、犯人ではないかと疑っている従業員がいるんです。しかし、それが──」
どこか言いづらそうに続ける。
「──娘の幼馴染で、私も昔からよく知っている子でして…」
「…つまり、警察沙汰にはしたくないと?」
「はい。仮にそうだとしても事情があるかもしれませんし、そちらでなら考慮していただけるかと…」
その言葉に、二階はスマイルで応えた。
……彼の質問は、まだまだ続く。
「ところで、なぜその従業員が疑わしいのです?」
「…鍵を開けられるのは私と彼女だけですし、同じ種類の部品だけ、盗まれているので…。箱を見ただけでは中身まで分からないはずですから、身内の犯行ではないかと」
「物色された痕跡はないんですか?」
「他の箱は開けられていないどころか、傷ひとつありません」
二階は、取り出した手帳にペンを走らせながら続ける。
「…さきほど、電話でお聞きしたところによれば、どうやら犯行時間の目星は付いているとか?」
「ええ…そうです。昨日の午後六時に、工場の敷地から軽トラックが出て行くのを見た、という証言がありました。道を渡ったところの住人です」
「分かりました、後ほど伺いましょう。──ちなみに疑わしい“彼女”の事件当日の動きは? その日も出勤を?」
「それが……」
社長が言い淀むと、二階はペンを止めて尋ねる。
「なにかあるんですか?」
社長は悩ましげな表情で言う。
「ウチの娘が言うには、彼女とは図書館でずっと一緒に居たらしくて…。しかも、
図書館を出たのが『六時ちょうど』らしいんですよ」
「…なるほど、アリバイですか。
ところで、娘さんはなぜ図書館に?待ち合わせでもしていたのでしょうか?」
「いえ。学校から帰ってくる途中、図書館の前で偶然会ったそうです」
「──娘さんの帰宅時刻やルートは、いつも決まっていますか?」
「ええ…まあ、六時ぐらいですね。…その日は、図書館に寄ったせいか、少し遅い感じでした」
「そうですか。ところで、娘さんから直接お話を伺うことはできますか?」
社長は残念そうに答える。
「……あの子は部活の合宿で、明後日まで不在でして…」
「携帯での連絡はつきませんかね?」
「娘は携帯を持っていないんです。…それに、事件について聞くと不機嫌になりますのでちょっと…」
なるほど。友人が疑われているとすれば、不機嫌になるのも無理はない。
──それにしても、今どき携帯を持っていないなんて珍しい。
アリスは、その事について質問しようとする。
……が。
「──娘曰く、“スマホを買うお金があるなら、ゲーム機を買ってくれ”…と」
…社長の諦めたような声に阻止されてしまった。
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