第2話 魔力ゼロの迷子

目が覚めた。

まず違和感が来た。


世界が、静かすぎる。


さっきまで確かに――ルカとかいうガキと戦って、そして白い光に飲み込まれて、そこで意識が途切れた。


そうだ、最後の火種…

俺は反射的に胸元へ手をやった。

これを失くしたらすべてが終わりだ。


息を止め、意識を内側へ沈める。


……いた。


微かな熱。微かな痛み。

よし。落としてはいない。

ただ、戦火と憎悪が薄いときは燃えていない。

本来の役目は門を開き、飢えた連中を呼び寄せるのは、今は無理だろう。

せいぜい、近くを漂う小物を拾える程度か…


それに万が一詰んだなら。

王族が捕虜になるのはごめんだ……

俺は自身を生贄にして――あれを呼ぶ。

とりあえず大事な物は確保できた、状況を整理しょう。


次いで、別の違和感が襲った。


魔力の脈動がない。

空気の底にあるはずの熱が、どこにもない。


代わりに、聞き慣れない轟音が頭を殴った。


鉄の塊が、唸り声を上げて道を流れていく。

光る箱――いや、板? 小さな太陽みたいに眩しい看板。

人間どもは平然と、それを見ながら歩いている。


俺は、どこにいる?


やつらが見せた幻術か? いや……違う

土の匂い。

風が肌をなでる感触。

そして微かだが、この街を歩く人間どもの負の感情――苛立ち、疲れ、焦り。そういう濁りが、確かに漂っている。


幻術にしては生々しいすぎる、魔族でしか感じられない人間の負の感情まで再現してるのか?

幻術は、仕掛ける側が知らないものを作り出せない。

少なくとも、俺の知る限りでは。


……なら、確かめる

霊視を…そう思って息を整えた。


「あれ……魔力が、ない?」


口にした瞬間、自分の声がやけに幼く響いて、背筋が冷えた。


「これが……俺の声?」


さっきの一撃に全てを賭けすぎて、魔力が枯れて、体まで引きずられた……?

そんな馬鹿な。


「おい、キメラ!兄上!」


返事は当然ない。

――笑える。俺は、ひとりだ。


「幻術じゃないなら、試すしかない。ひとり殺して、悪魔を召喚してみる……

さすがに地獄に入った経験のある人間はいないだろう」


そうすると、後ろから青い服を着た男性が近づいてきた、


お?ちょうどいいところに虫(人間)が寄ってきたな。


相手が持ってる武器は精々黒い棒。武器……いや、道具か?

兵というほどの殺気は感じない。


「おい、君、こんな夜中に外出なんて危ないぞ、保護者さんは近くにいるのか?」


俺は返事せず、虫を見る目で指先を向けた。


影の矢シャドウボルト


・・・


心の棘ヘイトスパイク!」


「ん?」「んん?」


――出ない。


俺も、男も、同時に固まった。


……嘘だろ。低級悪魔でも出せる術だぞ

弱すぎる。虫一匹すら殺せない。

……いや、そもそも俺は戦うために育てられた王子じゃない。父は最初から、俺に策と心の術ばかり叩き込んだ。


男は俺の顔を覗き込んでくる。


「あのさ……友達と遊んでたのか? 家はどこ? 学校の名前とか、お母さんの電話番号わかる?」


俺の角も翼も見えてない?

つまり今の俺は、人間の子どもにしか見えていないのか。


「気安く話しかけるな。答えろ。ここはどこだ!」

「えぇ……」


俺は胸を張って。


「我が名は魔族の第三王子ラグナロク。力が戻れば其方に金も美女も――望めば不老不死すら――」


「ごめんね、今仕事中なの。そういうのはあとで聞くね?」


男性はため息をついて、少しだけ声を柔らかくした。


「とにかく、夜に子どもが一人は危ない。ついてきなさい」

「自分で歩ける!」


一旦従うしかないのか…


連れて行かれた先は、明るい部屋だった。

同じ服装の人間が何人もいる。オスもメスもだ。


文字は読めないが、だが言葉は通じるらしい。

発音からすればこいつらはどうやら「けいさつ」と呼ばれる連中か。


小さな部屋に入り、橙色の液体と、紙で包まれた丸い何かが置かれた。


「とりあえずこの辺りの通報や、防犯カメラを確認するから、それまでに大人しくしてね?」

「いいから早く下がれ」


男は苦笑いして出ていった。


……にしても、これはなんだ。果汁か?

果実の木も倉庫も見えないのに、どうやってこんなものをすぐ出す。


しかもこの甘さはなんだ?果物はこんなに甘いのか?

生贄の血よりも甘いが飲んでも魔力が回復した感覚はない。

しばらくして、二人入ってきた。


「困ったな。この辺り、通報は入ってない。防犯カメラも、ちょうど該当の時間だけ映像が飛んでる」

「……少年。そこにいた理由は覚えてるか? 徒歩で来た? それとも車?」


「くるま? 知らん」


俺は杯を机に置いた。


「覚えているのは一つだけだ。俺は悲劇を終わらせようとしていた。……それで、目が覚めたらここだ」


若い方が、困ったように頭をかく。


「……えーと、名前は? 住所。保護者の連絡先」

「住所? 俺の帰る場所は城だ」

「城……ね」


年長の男が、淡々とメモを取る。


「学校は?」

「……そんな庶民が集まる場所は行かない」

「生年月日は分かる?」

「時間など数えない。くだらん」

「じゃお名前は?」

「ラグナロクだ」

「……」


会話が噛み合わない。

だが、彼らの目は敵意というより、判断に迷う目だった。


「指先、見せて」

「触るな」

「大丈夫、怪我してないか確認するだけ。痛くないからね?」


細い機械に指を当てさせられる。

紙にも何か押される。

レンズのようなものに向けられたあと、白い光が走った。

しばらくして、年長の男が結論だけ吐いた。


「身元、出ない。……該当なし」


若い方が小声で「マジか」と呟く。

俺は鼻で笑った。

この世界の名簿に俺の名がない。それだけだ。


だが次の言葉が、少しだけ空気を変えた。


「……未成年っぽい。保護が必要だな」

「児相に繋ぎます」


じそう? 知らん単語だ。だが施設の匂いがする。


「おい。俺をどこへ連れていく」

「落ち着いて。君の安全を確保するだけだよ」

「信用できると思うか?」

「信用しろとは言わない。――でも、君を放っておけない。」


若い方が続ける。


「少し歩いた場所で車が止まってるから、今からそこに向かうよ」


その言い方が、妙に癪だった。

押しつけがましくないくせに、退かない。

俺は結局、黙って歩いた。


だが歩きながら、胸の奥に引っかかるものがあった。

魔力がない。術が出ない。――それで終わりか?

……違う。

攻撃の術が死んでても、心の術はまだ試していない。



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