この関係は、なんだ?
充電
気づけない違和感
昼休み。
満腹、という感覚はあまり信用していない。
食べたいかどうかと、お腹が空いているかどうかは、別問題だ。
売れ残りのパンを一つ買い、紙袋を手に中庭へ向かう。
植え込みの影になるベンチ。
ここは、萩野のお気に入りだった。
腰を下ろし、袋を開ける。
「それ、好きなの?」
背後から声が落ちてくる。
萩野の動きが止まった。
ゆっくり振り返ると、ベンチの背後にある校舎の窓が開いている。
窓枠に肘をついた知らない先輩が、こちらを見下ろしていた。
「ごめん、驚かせた?」
「いつも中庭で食べてるの、ちょうど見えるからさ」
先輩は笑っている。
軽い調子で、何でもないことのように。
萩野の視線が、手元のパンに落ちた。
食べているところを。
一人で、黙々と。
いつも。
頬が、じんわり熱くなる。
恥ずかしい、という感情が、遅れて湧いた。
人目を気にしないつもりでいた。
でも「見られていた」と思うと、話は別だった。
萩野はパンの袋を持ち直し、少しだけ姿勢を正す。
人気者、その言葉がでるぐらいには、
その先輩は整った顔をしている。
そんな人がなぜ、わざわざ人気がない教室の窓から自分の”そんな時間”を見ていたことが、妙に引っかかる。
その視線を察したのか、先輩は付け足す。
「色々とあるんだよ」
名も知らない先輩は笑顔で答える。
そう言われると、
それ以上考えるのが、面倒になる。
「あ、これ」
先輩は話題を切り替えるように、紙袋を持ち上げた。
「食欲なくてさ。よかったら、食べる?」
中身を見た瞬間、
萩野の思考は、きれいに中断される。
購買で、早く並ばないと買えない限定のパン。
自分の好物。
目が、わずかに輝いた。
「……本当に、いいんですか?」
先輩は一瞬驚いてから、嬉しそうに笑った。
「いいよ」
恥ずかしさは、まだ残っていた。
でも、パンの甘い匂いの方が強かった。
見られていたけど。
悪いことは、されていない。
萩野は、そう解釈する。
「あ、名前……」
「
それだけ告げると、佐久間先輩は窓から離れる
教室の椅子に座り、本を開いた。
「邪魔しないから。続き、どうぞ」
視線は本へ。
けれど、窓は開いたままだ。
萩野はベンチに座り直し、パンにかじりつく。
甘い。
口元が、ほんの少し緩む。
さっきの恥ずかしさが、ゆっくり薄れていく。
その日。
萩野は、気づいたはずだった。
自分が見られていたことに。
それを、簡単に許してしまったことに。
それでも萩野は、
「偶然だし」「親切だし」と、
自分に都合のいい理由を選んだ。
パンの袋が空になる頃には、
恥ずかしさも、違和感も、
きれいに折りたたまれていた。
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