爆破予告を出したのは、退屈だったから。
@pastry-puff
深夜の送信履歴
「19873円になります」
吹き抜ける秋風が、本格的に冷たくなり肌をさす。そんな中、ふと目についた家電量販店でやけに開けづらい財布を開ける。
「…小銭あるのかな?」
近年、インフレ止まらないため物価の値段が高くなっていく。
食料、生活必需品であったり、娯楽品であったり生きていく難易度が高くなったように感じる。
『最低賃金が40円アップすることにともない、そのほかの壁や中小企業への対応策が懸念され………』
お店のテレビに映るアナウンサーは、つまんなそうに規律を守り原稿を読む。どうせそんなこと思ってないだろうに。
いつも、変わらない世の中はそんなニュースでいっぱいだ。
最低賃金は上がろうとも扶養が外れてしまうため、働く時間が少しだけ短くなるくらいしか大学生には恩恵がない。
ただ、そんな働いたバイトも大学の学費に七、八割消えていってしまう。
「虚しいな…」
そう呟いてレシートをポケットに押し込んだ。
この世界はどこまでも灰色で、何かに期待するのさえ馬鹿らしくなってくる。
ただ、それでも生きていくしかないのかもしれない。
ふと、向かい側のスーパーの方を見れば店員が誰かを追いかけている。
「こらっ!そこの君、待ちなさい!」
状況からするに…万引きだろうか?見たところそんな大した額を盗んでいるわけでもなさそうだ。
身なり綺麗で清潔感がある…おそらく快楽犯だろう。
世の中にはスリルを求め、万引きをする人がいる。もちろん生きていくためにする人もいるだろうが…まぁそれは置いておく。
これは持論だが…スリルを味わいたくて万引きをするのに、スーパーで万引きをしたところでたかだか額は知れている。
そんな数千円程度でスリルを味わいたいのであれば、パチンコでも行けばいいのにと思う。
いくばかの哀れみを胸に、警備員に取り押さえられる彼を一瞥して帰路へつく。
—————————
ご飯を食べ、皿を洗い、ベッドに沈み込む。
天井の染みをぼんやり眺めながら、スマホの予定表を開く。
「明日は……午後から研究室か。めんどくさ」
眠気が少しずつ身体を沈めていく。
大学まで一時間かかる。だからこそギリギリまで寝ていたい。
なるべく無駄な朝を過ごしたくない。
「……」
目を閉じる。
———いつもと同じ、退屈な明日が来る———
—————————
翌日、大学に爆破予告が来た。
—————————
大学への爆破予告、それが今朝起きたらニュースになっていた。
そこそこ名のある大学ということもあってか、SNSを見ているとすごい反響を呼んでいる。
『どうせ爆発しないだろ』
『一限寝坊したと思ったら、学校に爆破予告来てたんだけど』
『ほんまにこういう人は何がしたいんやろ…』
嘘だと疑うものから理解できないという人、更には遅刻しなくて良かったという人もいる。その他にも多数の投稿があり、反応は様々だった。
「…今日の予定が無くなったんだけど、どうしよっかな」
研究室のグループラインを見れば、SNSと同じように爆破予告の話になっている。
『本日から数日間、安全が確認できるまで大学に来ないように。オンラインでできることを進めてください』
教授のメールにリアクションをつける。
解析系の研究ならそれでいいかも知れないが…残念ながら僕の研究は実機を用いるため、自宅でできることはなさそうだ。
「…大学に行ってみよっかな」
ニュースやSNSを暫く見ていると、想像よりも爆破予告は盛り上がっていた。
どんな感じになっているんだろう…久しぶりにワクワクして、灰色の世界が少し色付いて見えた。
—————————
「結局来ちゃったな…」
散々注意喚起されていたのに、好奇心が抑えられずに来てしまった。
好奇心は猫をも殺すと言ったものだ、全く余計なことはしないほうが良いのに…。
ガタゴトと鈍行の電車に揺られ早一時間が経った。最寄駅の改札を降り大学の方へと歩く。
最寄りから大学までは約五分程度で行ける。そこまで都会じゃ無いが、かなり良い立地だと思う。
大学への道を歩きつつ周囲を見ていると、閉まっている店が普段より多い。そして、数人の警察官が道なりにいた。
通行量はぱっと見いつもの十分の一以下だが、全く無いというわけでは無い。
「あれ、佐藤くんだ…」
ふと右側に視線を向けると、同じ研究室の子が大学前のコンビニで何かを買っていた。話しかけようかとも思ったが、どこか急いでいるようだったためそのまま歩いた。
「別に仲良い訳じゃないからな…」
そう考えながら歩くといつ間にか大学に着いていた。だけど、どこも施錠されているっぽい。
「そりゃ当然か…」
中に何か用事があるわけでは無い…そう思い踵を返そうとしたら、少し足早に二人の警察官が向かってきた。
一瞬逃げようかと思ったが、そんな事をすれば怪しまれるため軽く会釈をした。
「君はここの学生さん?」
「はい、そうです。今日は午後から研究室の予定で…来てみたら立ち入り禁止になってて」
「まだニュースとかSNSとかで聞いてないかな?ここの大学に今朝爆破予告が来たって」
「…だから人がいないんですね」
「…まったく、変な事をする奴も増えたもんだよ。申し遅れたけど一応、私が上田でこっちが部下の山下だ」
警察官との会話で、ゆっくりと心拍が上がっていく。どうも、堅苦しい会話は似合わないようだ。
そんな事を考えながらも、山下さんと目を合わせて会釈をする。
少し間を置き、上田さんはワイシャツの裾を捲り、紙で仰ぎながら話し始めた。
「実は、最近ここら一帯の治安が悪くなってきているんだよ。万引きに財布泥棒…更には爆破予告まで、本当に困っちゃうよ」
「確かにそうですね、僕も昨日万引き犯が捕まるところをちょうど見たので…生きづらさが犯罪を助長しているんですかね?」
「…まぁそう言った一面もあるとは思うけど、だからと言ってして良いわけじゃ無いからね」
気持ちは分かるけども、そう困ったように付け加える。
生きるために犯罪に手を出してしまった人を捕まえるのは、仕事といえど気持ちが良いものでは無い。そう感じさせる雰囲気を醸し出す。
「一応私達の仕事だから学校には入れないようにしているけど、正直なところ爆弾なんてないと思うんだよね」
「なぜ、そう思うんですか?」
「だってここの大学の人に恨みがあるならこんな大掛かりじゃなくて良いのに、なぜか予告を出してるからね。そんなことしたら目的達成できないし」
「確かに…そう言う考え方もありますね。てっきり自分はスリルを求めてやっているのかと思ってました」
「まぁその可能性も全然…「山下喋りすぎだ」と言う事でこの話はここまでで」
気づけば真上にあった太陽は、少し傾き始めていた。
思ったより警察官の人たちと長話をしていたようだ。
「そういうことだから、とりあえず今日はもう帰りなさい。時間取らせて悪かったね」
「いえ、こちらこそ仕事中にすみませんでした」
「…」
二人に軽く頭を下げてその場を後にする。
—————————
大学の正門を離れ少し歩く。
「確か、こっちの方に行けば旧正門があるはず」
うちの大学ではほとんどの学生が正門を使い、イベントの人や他大学の人、教授などは旧正門を使うというよく分からない文化がある。
そのせいか、TVなどで映る時は旧正門が映ることが多い。
「やっぱり…」
その予想は的中した。
旧正門の前で記者が数人程度カメラを片手に待ち構えていた。
マイクを握る女性が「関係者の方ですか」と誰かに声をかけるのが聞こえる。
爆発したわけでもないのに、一般学生に聞いたところで何も分かるわけがない。
そんなこと分かりきっているのに同じ質問を繰り返す…その行為にくだらなさを感じる。
周りを見渡すために少し立ち止まると、一瞬カメラがこっちを向いた気がして後ずさってしまった。
どうにも落ち着かず…少し気分が悪くなった。
ふと、ポケットに手を突っ込むとちょうどタイミングよく通知がなった。
「”爆破予告文を大学が公開”ね…そんなことして大丈夫なのかな?」
そう思いながら指でスクロールしていると、白い背景に黒文字が現れた。
『明日の午後2時、大学構内を爆破する』
その簡素で淡白な文を眺めていると、とある事を思い出した。
「明日、同じ時間から研究室のミーティングだったっけ?ウェブでやるのかな…」
カシャと落ちるシャッター音を皮切りに、僕の意識は研究の方へとシフトされていった。
「帰るか…」
駅へと歩き始める。
大学と逆方向に進むことで人の声が少しずつ増えていく。嘘の可能性が高かったとしても、爆破予告が出てる大学には近づかない人が多い。
電車に乗ると、車内の液晶モニターに“爆破予告のニュース速報”が流れていた。
「怖いね」と言った隣の女子高生達、その数秒後には推しの話へ変わった。そんな、彼女達を尻目に窓の外を眺める。
流れていく街並みの中に、自分だけが取り残されているような…けれど確かに“生きている”という感覚があった。
灰色の世界が、少しだけ色づいて見え気がした。
—————————
帰宅する頃には、日がすっかり落ちていた。
アパートの階段を上がりながら、足音がいつもより大きく響く。
静かな夜は、どうも音の輪郭が強くなる。
部屋の灯りをつけて、カーテンを閉める。
レンジで昨晩の残り物を温め、箸を持ちながらスマホを開いた。
画面には、昼間のニュースが延々と流れている。
『大学への爆破予告、現場では警戒続く』
『学生——「まさか自分の大学とは」——動揺広がる』
SNSでも、相変わらずこの話題で持ちきりだ。
ハッシュタグを辿っていくと、さまざまな憶測と感想が流れてくる。
『犯人バレた?』
『絶対ネタだろ、爆弾なんてあるわけない』
『これで休講ラッキーとか言ってるやつ怖い』
文字の波を、他人事のように眺める。
次々に流れていく投稿は、誰のものでもない。
『犯人は何を思って———』
『人様に迷惑をかけて———』
『大学での怨恨の線———』
『テロリストの可能性———』
警察官が恐らく無いと言っていた爆弾に対して、アナリストが考察を述べる。その姿が滑稽に見えて、思わず笑みが溢れた。
暫くニュースを眺めていたが、やがて飽きてベットにスマホを投げる。
「…明日も大学行ってみるか」
そう決めて目を瞑る。
そして、微睡の中で少しずつ意識が暗闇へと飲まれていった。
—————————
翌朝、ニュースをつける。
『大学への爆破予告、学生の一人を任意同行』
「…」
SNSを開けば、トレンドには“犯人は大学生”の文字。
人々はスクリーンショットを貼り付け、憶測で語っている。
そこの写真に映るのは同じ研究室の佐藤くんだった。
なぜ佐藤くんが…そう思い記事を読み漁る。
•メールの送信場所を解析した結果、うちの研究室から送られていた可能性が高い
•昨日、佐藤くんは研究室に進入していた
•警察に見つかり逃げた…これは現行犯ではなくなぜ逃げたのかとなっている
•同行を求められ、聴取では犯行を否定をしている
大まかに要点をまとめるとこういうことらしい。
『やっぱ学生かよ』
『こういうやつって目立ちたいだけでしょ』
『捕まってざまあw』
逮捕ではなく任意同行なんだけどな…そう思いつつテレビへと目を向ける。
『昨日の警察の調べによると、爆破の実行性はなく悪質ないたずらの可能性も視野に入れてるとのことです』
『また、安全確認が終わり次第大学は再開の予定です』
画面の中で大学の旧正門が映る。昨日と同じ角度で同じアナウンサー。
そこに僕の姿は無かった。
—————————
数日後、大学は再開された。
キャンパスの入り口では警察の姿もまばらで、報道陣もいなくなっていた。
学生たちはいつも通りスマホを片手に歩きながら、何事もなかったかのように授業へ向かっていく。
「世の中って案外すぐに忘れるんだな……」
そう呟いて、自動販売機で缶コーヒーを買う。
冷たい金属の感触が指先に妙に心地よかった。
ベンチに腰を下ろすと、研究室のグループラインが鳴った。
『今日のミーティングは通常通り、午後二時からで』
メッセージの主は教授で、事件のことには一切触れられていない。
「……通常通り、ね」
缶を開けて一口飲むと苦味が舌に残った。
「微糖にしとけば良かったな…」
午後の研究室は数日ぶりの再開とは思えないほど静かだった。機材の電源を入れる音と、誰かのマウスのクリック音だけが響く。
佐藤くんの席は空いたまま…そして、誰もそこを見ようとしない。
「佐藤、結局どうなったんですか?」
誰かがぼそりと呟く、一瞬の静寂と共に誰かが答える。
「もう釈放されたらしいぞ。なんでもパソコンにウイルスが入っていて、それで佐藤がメールを送ったことになってたって。研究室に侵入したのも忘れ物をとりにきただけらしいし…要はただの誤解だったってこと」
「でもネットじゃまだ叩かれてるよな…紛らわしいことするなとか、絶対に嘘ついてるとか…かわいそうに」
会話はそれっきりで途切れた。それ以上、誰も何も言わない。
僕は手元のパソコンを眺めながら、
モニターに映る自分の顔が少し笑っているのに気づいた。
その日のミーティングは淡々と終わり、教授が締めの一言を言った。
「みんなしばらく大変だったけど…日常を取り戻して、これからも一緒に頑張ろう」
その言葉を聞いた瞬間、なぜか胸の奥で小さく何かがはじけた気がした。
日常か…僕はその言葉をあまり良いものだとは思えない。
全て灰色でどうでもいい、かと言って自分で終わらせる勇気はない。そんな灰色な日常で、退屈凌ぎでスリル求める。
そっちの方が僕には合ってる…その事を今、その一言で強く認識した。
僕はモニターを閉じ研究室を後にした。夕方の空は曇っていて風が冷たい。
校舎を出ると、あの日と同じ場所に記者が一人だけ残っていた。
カメラを首から下げ、何かを待っているようだった。
どうせ僕たちの研究室を取材しに来たのだろう、僕は彼の視界を避けるように道を逸れた。
その道の先で見知った顔と目が合った。
「やぁ久しぶりだね」
「お久しぶりです上田さん」
先日、大学であった警察官の人だ。部下の山下さんはいなく一人だった。
「ここの学生さんが犯人だと思って同行してもらったんだけど…証拠不十分というか、シロである可能性が高くてね。確か君の研究室の子だよね?」
「そうですね…本人は誤解され風評被害受けていて、今日は大学に来れていないです」
「そこは申し訳ないと思ってる。こちら側でも全力でフォローさせてもらう」
というか、なぜ警察がここにいるのだろうか。その疑問に答えるかのように続ける。
「彼はクロじゃないと思うが、ここの学生が犯人であるとは考えている」
「それはなんでですか?」
「調べた上で…それと、長年の感だね」
「それだと僕も容疑者に入っちゃいますね」
「まぁそうなってしまうね」
お互いの顔を見合わせ、少しの静寂訪れる。腕時計を見るとバイトの時間が近づいていた。
「それじゃあこの後バイトなんで帰りますね」
「バイトなのに時間もらって悪かったね」
「いやいや、国の安全を守ってくれてるんですから気にしないでください」
会釈して彼に背中を向け、駅の方へと歩き始める。そこで、最後に一つと声をかけられた。
顔だけ上田さんの方へ向ける。
「そう言えば財布変えたんだね。それに、この間持っていたのとだいぶデザインが違うものだ」
ズボンの後ろポケットに入れている財布に対しての指摘、それに対して笑顔で返す。
「退屈な日常をやめて、スリルを味わいたかったんで」
—————————
「いや〜あの人結構鋭いな」
軽い足取りで駅へ向かう途中、ポケットの中でスマホが震える。
通知を見るとメールアプリが勝手に開かれた。
画面には一通の送信済みメール。
差出人 自分
件名 「大学に警告します」
本文 「明日の午後二時、大学構内を爆破する」
送信日時——事件が最初に報じられた日の深夜。
空を見上げると、雲の隙間から薄く夕日が差していた。
退屈な日常に染まった灰色の世界が、今だけは鮮やかに見えた。
爆破予告を出したのは、退屈だったから。 @pastry-puff
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