神様に「憑依・転生・トリップ」から選べと言われたので、異世界転生しました!
久遠れん
神様に「憑依・転生・トリップ」から選べと言われたので、異世界転生しました!
トラックに引かれて死んだはずだった。
飛び出した子猫を助けようとして死ぬなんて、ちょっと間抜けだなぁと自分でも思う。
気づいたら真っ白な空間にいて、ここが天国? なんて思っていたら!
「善行を積んだ貴女に、チャンスを差し上げましょう」
神々しい光を背後に背負った女性の言葉に私は大きく目を見開いた。
これってあれかな。ネット小説で死ぬほど読み漁った『女神様が転生チャンスをくれる』ってやつかな?!
「女神様ですか?!」
「ええ、その通りです」
わくわくを隠せず問いかけた私の言葉に、目の前の女性がうなづく。
だよね、だよね! だって明らかに常人とは雰囲気が違うもん!
「憑依・転生・トリップ、貴女方の言葉でいう、この三つから選ばせて差し上げます」
「あ、そういう感じなんだ?」
うーん、難しいな。チート特典付与系じゃないのかぁ。
でも、死んだままよりずっといいから、乗らない手はない。
憑依――これは誰かの人生をダメにしてしまうから却下。
トリップ――身一つで異世界に投げ出されたら積みそうだから却下。
転生――これが一番無難かな!
よし、決めた!
「転生で!!」
赤ちゃんから始めれば、誰かの人生を壊すこともないし、現地での身分もしっかりしているはずだ。
即決した私に、女神様は優しく穏やかに微笑む。同性の私から見ても、どきっとする美しい表情。
「いいでしょう。次の生を謳歌なさい」
「はーい! ありがとう、女神様!」
女神様の手が私に伸ばされる。気づいたら私は光の玉になっていて、そのまま意識は薄らいでいった。
▽▲▽▲▽
「おぎゃあ!」
ぱち、と目を開くも中々周りが見えない。口からこぼれたのは泣き声。
ふにゃふにゃと意味のわからない言葉未満の発声をし続けた私は、ふと「ああ、転生したんだっけ」と思い出した。
「あら、どうしたの。眠いのかしら」
ぼんやりとした視界に移りこむ金色。
なんだろう、と思って引っ張ると「まぁ」と嬉しそうな声が聞こえてきた。
「ロリーヌはやんちゃね。それはお母様の髪ですよ」
(お母様!?)
上品な言葉に驚いてぱっと手を放す。
ふわりと浮かんだ感覚がして、抱っこされたのだと遅れて理解した。
近づいたことでようやく顔がはっきりと見える。ゆらゆらと私を揺らす、金の髪を持った若い女性。
透き通った海のような綺麗な瞳を持ったその人は、にこにこと微笑みながら私を抱っこしている。
「泣き止んだわね。いい子」
愛おしむように頬を寄せられる。ふわりと温かな感触に、無性に泣きたくなった。
そういえば、私のお母さんも小言ばっかりだったけど、優しい人だった。
(私、置いてきちゃった)
十五歳の娘が先に死ぬなんて、きっと考えもしなかったに違いない。
私のお葬式でお母さんとお父さんは泣いたかな。きっと、泣いてくれたよね。
(ごめんなさい)
親不孝で、ごめんなさい。
そう思ったら、心臓が握りつぶされたように痛くなって。
「ふ、ふぎゃああああ」
「どうしたの、ロリーヌ」
たまらず、私は大声で泣いてしまった。
転生して赤ちゃんからやり直すの、正直言ってハードルが高かった!
羞恥プレイでしかないおむつ交換や、口に含むのに抵抗がある母乳など、数々の試練を乗り越えて、ロリーヌ・ロワイエ、無事に十五歳になりました!
本日より晴れて魔法学院の生徒である。
この年まで自宅学習という名の家庭教師がついたのは驚いたけれど、この国では十五歳から三年間を魔法学院で過ごすらしい。
その間、ロワイエ伯爵家から出ることはあまりなかった。
軟禁されていたとかではなく、貴族のお嬢様は基本外出しないのだ。
たまにお母様と一緒に貴族街でショッピングをすることもあったけれど、基本的に商人が家に来ることが多かったので、外出の機会は少なかった。
前世が現代日本人の私にはちょっとストレスがたまる環境ではあったけれど、慣れとは恐ろしい。
気づいたら、家の中でできる暇つぶしで満足できるようになっていた。
魔法学院と聞くと、いかにも異世界という感じがする。いや、お屋敷での生活も大分異世界風味だったけどね!
(王子様とかいるのかな~)
わくわくしながら入学式に臨む。
新入生代表で登壇した男子生徒はやけにきらきらと輝いていて、彼が現れた瞬間、女子生徒から黄色い悲鳴が上がった。
「?」
誰だろう。有名な人かな。
きょとんとしつつ新入生代表挨拶に耳を傾ける。そこでの名乗りに驚いた。
(王子様じゃん!)
ニコラス・ベンブダウと名乗ったのを聞き逃さなかった。それはこの国の第三王子の名前だ。
(すごいすごい! 本物の王子様!!)
目を輝かせてしまうのは仕方ないと思う。
この世界で十五年生きてなお、私にとって王子様は別世界の住人だったのだ。
代表挨拶が終わり、一礼して立ち去る姿も凛としてカッコいい。
これは女の子たちが歓声を上げるのもわかるというものだ。
(やっぱりここ、乙女ゲームの世界だったりするのかな~! 私にもワンチャンあるかな?!)
転生特典は特に説明されなかったけれど、前世で死ぬほど読み漁ったWeb小説によくあった「異世界転生」というやつだと思うのだ。
だったら、私は「乙女ゲームの主人公」で「王子様と結ばれる」ポジションだったりしないかな?!
(王太子だったら遠慮したけど、第三王子ならまだ気楽よね!)
王太子妃はさすがに手に余りそう。
でも、第三王子の婚約者というポジションは中々いい気がするのだ。
想像は無限大。脳内で一人で色々と考えていたら、入学式は終わっていた。
やだ、ぼんやりしてた!
世の中、そうそううまく話は運ばない。と、いうのを痛感していた。
(異世界っていっても、生きてる人はみんな一人の人間だから当たり前だよなぁ)
王子様であるニコラスは、平民出身の特待生エミリさんに夢中だった。
はたから見ていてはっきりわかるほどに恋をしている。
私がつけ入る隙なんてあるはずがない。淡い恋は一瞬で砕け散った。
(でも、なんだか変なんだよなぁ)
遠くから見守っているだけなのに、最近王子様であるニコラスやその取り巻きに睨まれている気がするのだ。
気のせいだと思いたいけれど、廊下ですれ違ったときとか、食堂でたまたま席が近くなった時、もっというなら授業中とかすごく睨まれている気がする!
(なにかやらかしたかなぁ)
前世が現代日本人だったとはいえ、今世では赤ちゃんからこの世界に触れて育った。
十五年の伯爵令嬢としての積み重ねがあるから、不敬は働いていないと思うのだけれど。
「すまない、少しいいか」
「? はい」
授業が終わって、寮に戻るために廊下をてくてくと歩いていた。友達はいない。
なぜか、学園で遠巻きにされていて学友ができないのだ。交友関係は、恋以上に目下の悩みの種である。
背後から声をかけられて振り返ると、ニコラス様の取り巻きの一人であるロジェ様が立っていた。
代々騎士を輩出するプロヴァンス家の長男である彼は、服の上からでもわかるいい筋肉をしている。
顔立ちも端正で整っていて、かっこいいと文句なしに分類できる。
とくに交流があるわけではない。
けれど、声をかけられて無視する間柄でもないから、不思議に思いつつ頷いた。
なぜか遠くから視線を感じる。それがなんだかちょっと嫌だな、と思いつつ。
ロジェ様に促され、場所を移したのは庭園のガゼボだった。
爽やかな風が気持ちいい。
ガゼボの中に設置してある椅子に腰を下ろした私の前で、同じく椅子に座ったロジェ様が厳しい表情をしている。
「単刀直入に聞こう。君はエミリ嬢に嫌がらせをしているか?」
「え?」
思わぬ問いかけに間の抜けた声が出た。
嫌がらせ? 私がエミリさんに? 接点が一つもないのに?
目を丸くしている私の反応を、じっとロジェ様が伺っている。
慌てて両手をぱたぱたと左右に振った。
「そんなことしていません! 私、エミリさんと話したこともないです!」
「そうか」
一つ頷いて、ロジェ様は黙り込んでしまった。
き、気まずい……! 気まずいけれど! 誤解は解いておきたい!!
「どうしてそんなことをお尋ねになったんですか?」
「……そういう噂があってな。エミリ嬢も、君に嫌がらせをされている、と」
「え、えー!」
びっくり仰天だ。なんで?! と驚く私は、はっと気づいた。
(も、もしかして、私のポジション、悪役令嬢だったりする?! 確かにちょっと釣り目だけど! それだけで?!)
前世でこれまた死ぬほど読んだやつだ。
ヒロインに意地悪をする悪役令嬢は乙女ゲームの鉄板で、その悪役令嬢に転生して断罪される作品は多い。
(え?! 断罪対象なの、私?!)
嫌だけど! 絶対嫌だけど?!
平和にのほほんと生きていきたいだけなのに!
青ざめた顔をした私の前で、やっぱり難しい表情でロジェ様は黙り込んでいる。
(いやでも、私、本当になにも悪いことしてないよね?)
だったら、状況を覆すにはなにをしたらいいだろう。
「エミリ様と仲良くなります!!」
がたっと立ち上がった私が勢いよく宣言をすると、ロジェ様は目を丸くした。
ふ、と小さく笑って「そうか」と頷かれる。
「ぜひそうしてくれ」
「はい! 頑張ります!」
エミリさんと仲良くなれれば、全て解決するはず!
この時の私は、心の底からそう信じていた。
だけど、やっぱり世の中そんなに甘くない。
エミリさんに近づこうとすれば、ニコラス様かその取り巻きの方々に阻まれる。
その上、私が彼女に近づいて意地悪をしているという噂があからさまに流れ出した。
がっくりと項垂れる私は、ロジェ様を呼び出して庭園のガゼボでうつむいていた。
「なにが……いけないんでしょうか……」
これが噂に聞く世界の強制力というやつだろうか。別名シナリオの強制力。
私が悪役令嬢なのだとしたら、その通りに振舞えという世界からの圧力。
だけど! 負けてなるものか!!
私は平穏な学園生活が送りたい!!
「……俺の目には、エミリ嬢が意図的に君を陥れようとしているように見える」
「やっぱりそうなんですね……」
それは薄々感じていた。
何もしてないのに、名前を呼んだだけで怯えたようにされれば、周囲の私への反応が冷たくなるのは当然である。
「エミリ嬢が口にしている『ロリーヌ様からの意地悪』も、事実ではないと君と話しているとわかる」
「なんでこんなに嫌われてしまったんでしょうね」
ははっと乾いた笑いが零れ落ちる。
エミリさんになにかした記憶はないのだけれど、一体どうして悪評を流されるほど嫌われたのか。
そこで、ふと、思いついた。
(もしかして、私が悪役令嬢だと思い込んで意地悪してる可能性がある……?)
この世界に転生・憑依・トリップをしているのが、私だけとは限らない。
その可能性に遅ればせながら気づいて、私は真剣に考える。
もし、エミリさんが上記のどれか三つのうち一つに該当し、そのうえで『この世界に関する知識』があるのなら。
(私を、警戒している……?)
だからありもしない噂を流している。
それは、ありえなそうな気がした。
(でもな~! それをどう説明するの?! 自力で解決しなきゃだよね?!)
さすがに転生も憑依もトリップも、私が別世界の前世を持っていることも。
どれも説明なんてできない事柄だ。頭を抱えて再び撃沈した私の前で、ふは、とロジェ様が噴出した。
「君は面白いな。ころころと表情が変わる」
くすくすと笑う声は本気でそう思っているのだと伝えてくる。
喜んでいいのか、いまいち判断に困るけれど、まぁ、嫌ではなかったので、私も小さく笑ったのだった。
授業が終わった放課後、私はロジェ様に呼び出された。
直接、というわけではなく、男子生徒が伝言を預かったから、と言われたのだ。
今日はロジェ様は家の用事で授業を欠席していたので、学園に戻ってきたのだな、とのんびりと考えていた。
数分前の、のほほんとした思考の自分を殴り飛ばしたい。
「ロリーヌ! 君はエミリに害をなすどころか、ロジェに取り入ってどうするつもりだ! 僕は決して君なんかになびかないぞ!!」
……どうしよう、この状況。
いつも通りロジェ様と会うためにガゼボに向かった私を待っていたのは王子一行プラスエミリ様で、ロジェ様じゃないことを不思議に思った私が声をかけるより早く、私に気づいた彼らが立ち上がって突然糾弾を始めたのだ。
「……すみません、心当たりがないのですが……」
「嘘を吐くな! エミリが君された嫌がらせの数々を知らないとは言わせない!」
「知らないですね……」
本当に知らない。
私のあずかり知らぬところで発生した嫌がらせが、私のせいになっているらしいが、本当に心当たりがない。
「傲岸不遜な! エミリが嘘を吐いているというのか!」
肯定したいけれど、そうしたら火に油なのは私でもわかる。
黙った私に「心当たりがあるではないか!」とさらにニコラス様が責め立てる。
うわー、こんなテンプレ展開、さすがに現実に起こると思っていなかった。
「ロジェに関してもそうだ! どうやって誑し込んだ! お前に接触してから、あいつの言動がおかしい!!」
そうはいわれても。何もしていないのに。
あえていうなら、友達がいないので話し相手にはなってもらっていたけれど。
それすら罪だといわれるのはさすがに納得できない。
ちょっとむっとした顔をしてしまったのが悪いのだろう。
ニコラス様がさらにヒートアップした。
彼の後ろで肩を振るわせ、王子の取り巻き二人に慰められているエミリさんをみて、白けた気持ちになる。
よく観察してみれば、取り巻き二人も顔がいい。たしか、片方は代々魔法にたけた家の出で、片方は実家が有名な商家だ。なるほど、さすが王子の取り巻き。
「おい! ぼんやりするな!」
ああ~、折角カッコいい王子様だと思ったのにな。言動がこれじゃなぁ。
いくら顔がカッコよくても、百年の恋も冷めるというものだ。ため息をこらえる。
「あの、用事がこれだけなら帰ってもいいですか? 読み終わってない本があるんです」
先日購入したばかりのロマンス小説がまだ読みかけなのだ。
この世界は前世に比べて娯楽が少ないから、必然的に読書ばかりしている。
私の発言に、ニコラス様が顔を真っ赤にして。
「馬鹿にするのもたいがいにしろ!!」
そういって、手を振り上げた。
「っ」
咄嗟に目を閉じたけれど、いくら待っても痛みはこない。
そろ、と目を開けると、私の前にはたくましい背中があった。ロジェ様だ。
ニコラス様の平手を頬に受けたらしいロジェ様に、場に動揺が走る。
思わず私はロジェ様の背中に縋りついた。
「大丈夫ですか?!」
「このくらい、たいしたことはない。……それより、殿下。この状況はなんですか」
冷えた声が肌に刺さるようだ。
ロジェ様が静かに怒っているのは明白で、ニコラス様が軽く目を見開く。
「お前こそなにをしている! そいつは悪女だ!」
「違います。彼女は無罪だ」
はっきりと断言されて、胸が熱くなる。
私の唯一の味方であるロジェ様が、ゆっくりと視線をエミリ様に移す。
「エミリ嬢、貴女こそなにをしているんです。彼女がなにをしたというんだ」
「だ、だって! その方は私に意地悪をするの!」
「していないだろう。貴女の虚言だ」
「本当よ! だって彼女『悪役令嬢』だもの!!」
ああ、やっぱり。知識がある。転生か憑依かトリップか知らないけれど、知識ありの前世もちだ。
けれど、それを理解できるのはこの場で私だけ。
ロジェ様はエミリ様の言葉に余計眉を潜めたようだった。
「また、意味の分からないことを言って。殿下、平民に夢中になるのもほどほどになさってください」
「私に口答えか!」
「ええ、その通りです。これは王命です、殿下」
淡々と告げたロジェ様の言葉に、ニコラス様が大きく目を見開いた。
「おう、めい……?」と震えた声を出したニコラス様に、ロジェ様がさらに言葉を重ねる。
「そうです。私は王太子殿下の命で、貴方の傍にいました。私が上げた報告に目を通した王太子殿下が事態を重く受け止め、陛下に進言なさったのです」
「兄上の派閥だったのか?!」
「騙す真似をしたことは謝罪しましょう。けれど、殿下が平民の女に入れあげ、無罪の令嬢を断罪する真似をしなければ、プロヴァンス家はともかく、私個人が殿下につく可能性はありました」
現在、この国の玉座は王太子の第一王子と、第二王子、そして第三王子ニコラス様で争っている状態だ。
我が家はお父様の意向で中立を保っているが、ロジェ様のご実家のプロヴァンス家は第一王子よりだったということだ。
ニコラス様は自分で味方を捨てたのだ。そう告げるロジェ様の言葉に、今まで奥で隠れていたエミリ様が声を上げる。
「おかしいわ! 身分の差で全てが決まるなんて!!」
(……馬鹿だなぁ)
ここは日本ではないのだ。身分の差は厳格で、生まれた持った地位が人生を左右する。
私は運よく伯爵令嬢という身分を持っているけれど、エミリさんは平民だ。
その差はどうやっても覆せない。
それを、理解していない。この世界のルールを分かっていないのだ。
「私たちは愛し合っているの! 身分なんて関係ないのよ!!」
無理がある。貴族制のこの世界で、その言い分を通すには、それだけの力が必要だ。
エミリさんはその力を持っていない。
「それに、ロレーヌ様に意地悪をされていたのだって本当です! これは必要な断罪だわ!!」
「意地悪をしていたから、なんだというのですか?」
「え?」
底冷えする声がロジェ様から発せられた。彼はエミリ様を一瞥して、私の手を取る。
背後に隠れる形になっていた私を前に押し出して、本物の騎士のようにうやうやしく私の隣に佇んでいる。
「貴族の令嬢が平民を下に見るなど、当たり前のことでしょう。仮になにかされたとして、王子の婚約者でもない貴女は、訴えることすら本来は許されない」
厳格な身分制度があるからこその発言だ。なのに、エミリさんは顔を真っ赤にしている。
「そんなのおかしいじゃない!! 人は平等よ!!」
「これは差別ではなく区別です。身分制を知らないと?」
平坦な声音で訥々と諭すロジェ様の言葉は、次にニコラス様に向いた。
「殿下、平民と恋愛もどきをするのもいいでしょう。ただし、本当に添い遂げるおつもりならば、第三王子の地位は返還しろと、陛下から言付かっています」
「っ」
「どうされますか?」
ひたり、冷たいまなざしでニコラス様を見据えるロジェ様。
暫しの沈黙の末、先に根を上げたのは、ニコラス様だった。
「父上……陛下に、王族でありたい、と伝える……」
「賢明な判断です。では、することはわかっていらっしゃいますね?」
「……すまない、エミリ」
突き放す言葉を口にしたニコラス様に、エミリさんがぽかんとしている。
意味がわかっていないのかもしれない。
「え? どういうこと? 私たち、ずっと一緒よね?」
「……すまない」
「どうして謝るの……? あ! わかったわ! その女がいけないのね!!」
エミリさんが私を睨む。突然矛先が向いて、ぎょっとする。
え?! ここでさらに私に矛先が向くの?!
話が突拍子もない。驚く私を守るようにロジェ様が、間に立ちふさがる。
「アンタがいけないのよ!! 悪役令嬢の癖に!」
叫んだエミリさんが、ポケットに手を入れて、取り出したのは折り畳みのナイフらしきもの。
ぱちん、と広げられたナイフに心底驚いた。うそでしょ、刀傷沙汰なんて嫌なんですけど!!
「悪役令嬢は死ねばいいの!!」
「ここまで愚かとは……っ!」
突進してきたエミリさんに、ロジェ様が前に出て取り押さえる。
足払いをして地面に転がして、手から離れたナイフを蹴り飛ばし、その場に制圧する。
「離して! 離してよ!!」
バタバタと暴れる姿は、怖いというより哀れだった。
(私も、転生じゃなくて憑依かトリップだったら、こうなっていたのかな……)
この世界の常識を知らなかった。だから起きた悲劇だと、そう思った。
▽▲▽▲▽
騒ぎの後、エミリさんは当然ながら学院を退学になった。
そのうえで、王都からは追放されたらしい。平民が伯爵令嬢に手を出そうとしたのだから、当然だ。
最後まで抵抗していたそうだけれど、これ以上騒ぐなら処刑だと脅されて、最後には大人しく王都を出て行ったと聞いた。
ニコラス様はめっきりと大人しくなった。
地位の返上、という脅しがよく効いているらしい。今度、身分に見合ったご令嬢が婚約者になるのだとか。
「はぁ~、すごい騒ぎでしたねぇ」
「命を狙われて、その一言で済ませられる君がすごいよ」
最近では呼び出さなくとも、中庭のガゼボで待っていてくれるようになったロジェ様の前で紅茶を飲みながら、私は浅く息を吐きだした。
「ところで、元凶のエミリさんがいなくなっても、私に友達ができないのはなぜでしょう?」
「さあ?」
目下の悩みは継続中で、やっぱり私には友達ができない。
噂はなくなったはずなので、遠巻きにされている理由が本当に分からないのだ。
「釣り目なのがいけないのかなぁ」
「そうかな? 私は可愛いと思うけれど」
さらりと褒められて「え?」と瞬きをする。私の前で、にこにこと笑っているニコラス様が、ことさらゆっくりと口を開いた。
「ロリーヌ嬢は、まだ婚約者がいなかったね」
「え? あ、はい。そうですね……?」
「私とか、どうかな?」
私とか、どうかな。
頭の中で声がエコーする。
私とか、どうかな? う、うん……?
「私とか、どうかな?!」
「繰り返さなくても」
驚いて立ち上がった私の前で、ロジェ様がくすくすと笑っている。
言葉の意味を遅れて理解して、私は顔を真っ赤にしてしまう。
「結構、いい物件だと思うんだ」
「え、あ、その」
「返事はいますぐじゃなくてもいいよ」
すました顔で紅茶を飲むロジェ様に、私はすとんと椅子に座りなおして、赤い顔で問いかける。
「わ、私の、どこが……?」
「そうだね、ころころ変わる表情が魅力的かな。悪評を流されてもへこたれないところとか、王子相手に真っ向からは向かうところとか。色々と素敵だよ」
にこりと笑って言われると、そうなのかぁ、と思えるから不思議だ。
ロジェ様と、婚約。将来の騎士団長と名高い、ロジェ様が婚約者。あ、意外と悪くないかも。
顔も好みだし、身体は鍛えられて引き締まっているし、家柄もいい。
長男なのがちょっと面倒そうだけど、この世界では長男のほうが結婚相手としては向いている。
いろいろと打算込みで考えて、私はぺこりと頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そうして、晴れて私たちは婚約者になったのだ。
◤ ̄ ̄ ̄ ̄◥
あとがき
◣____◢
『神様に「憑依・転生・トリップ」から選べと言われたので、異世界転生しました!』はいかがだったでしょうか?
面白い! と思っていただけた方は、ぜひとも
☆や♡、コメントを送っていただけると大変励みになります!
短編をコンスタントに更新していく予定ですので、ぜひ「作者フォロー」をして、新作をお待ちください~!!!
神様に「憑依・転生・トリップ」から選べと言われたので、異世界転生しました! 久遠れん @kudou1206
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます