1.第一魔法騎士団の恒例行事

遠く北東に聳え立つ山脈から吹く降りてくる風に柔らかさが混じり、その頂を彩る白い雪帽子が消え始めてきた季節。

かつて神話で語られた冬の女神は暖かな陽気に微睡み始め、凍える吐息は春の女神の歌声と小鳥達のハミングにかき消されてゆく。

包み込むような日差しは大地を温め、地中で眠っていた草花の種は小鳥の鳴き声に呼応し新たな命の芽吹きを見せ始めた。


緑豊かな山々に囲まれ肥沃な土壌に恵まれた広大な国土を持つ、ルクレイン王国。

その国民は善良で明るく、勤勉だと名高い平和な国である。

その中心に位置する首都グランセリアのさらに中心部、歴史を感じさせる堅牢な王城の敷地内の東端。

第一魔法騎士団の訓練場では、ここ五年間恒例となっている光景が繰り広げられていた。


キインッ・・・!


小気味よい金属音を放って弾かれたミスリルの剣は、ギャラリーと化した団員の顔面目掛けて飛んでいく。

だがその目前に迫った剣は、頭を軽く傾けるだけの動作で避けられ、背後に生えている木の幹に突き刺さった。


「副団長~!これ貰っていいっすか~?」


「いいわよ、買った時の倍の値段で売ってあげる!」


副団長と呼ばれた女性が、頭上に振り下ろされた剣を後ろに飛んで避けながら叫ぶ。


うへぇ、と言いながら剣を抜く団員。しかし、倍の値段でも買えるのならありがたい。そもそもミスリルの剣など簡単に手に入る代物ではないのだ。


買値の倍で剣を売った副団長が一歩、二歩、と大きく後ろに飛んで距離を取る。

相手を見据えたまま腰を落として低い姿勢を取る。

そのまま両手を前に出すと、掌に生まれたのは小さな稲妻。雷魔法だ。

鋭い光の矢が相手を貫くかと思われたその瞬間、矢が向かった相手は腰に付けていた鞘を抜き、両者の間の空間へひょいっと放り投げた。


バリバリバリッ!


訓練場が激しい光で真っ白になり、戦っている二人以外の全員がほんの一、二秒目を瞑る。

そしてすぐにまぶたを開けると、もう勝負は決していた。


喉元に突き付けられた剣先。

先程稲妻を生み出した両手をゆっくり挙げて降参のポーズを取ったのは、副団長と呼ばれる女性、このルクレイン王国の第三王女であるイヴェリン・ルクレインだ。


カラン。


地面に落ちる鞘。黒く焦げたソレは持ち主の代わりに雷を受け止めた事を示している。


「参りました。・・・あ~あ、今年もダメだったか!」


両手を挙げたまま背伸びをするとそのまま後ろへと倒れ込み、純金の様に輝くブロンドのロングヘアーが固い地面に広がった。

この国の第三王女、王位継承権第五位であり、王都だけではなく国全体を魔物から守る第一魔法騎士団副団長。

その職を務めるのは、百人いたら百二十人が振り返ると言われる絶世の美女である。


透き通るような艶のある白肌。頬は上気していてほんのりと色づき、悔しさで端を噛んだ唇との相乗効果で普段よりも色気が増しているようだ。

長いまつげでも隠し切れない大きな瞳には強い意志を感じさせる光が宿り、負けん気の強さを主張している。


細く長い脚を空へと高く上げてその反動で起き上がると、胡坐をかいた。

王女とは思えない仕草だが、他の者とは違い何故か気品を感じさせる。

長い金髪がはらりとかかった胸元は皮の胸当てで押しつぶされているものの、慣れている団員でも思わず目を奪われるほどの大きな存在感を放っている。


イヴェリンに勝利した相手、魔法騎士団団長は突きつけていた剣を下げ、ふう、と一つため息を吐くと続けて口を開いた。


「前にも言っただろう。雷魔法は電気を走らせる道筋がある時や、水の中でないと簡単に逸らせるんだ。」


無詠唱の雷魔法を目の前で放たれて簡単に逸らせる人間なんて団長以外にいないって!と団員達が心の中で同時にツッコむが、その団長に勝ちたいイヴェリンは唇を尖らせながらもしっかり耳を傾けている。


「だが、発動までのスピードは以前より早くなったな。次は直前まで手を隠して指の動きや静電気を見られないようにすると、対処が間に合わないかもしれないから試してみるといい」


胸当ての上の隙間に覗く見事な谷間から目を逸らしつつ、魔法騎士団団長、アダムス・オルドは立ちあがろうとするイヴェリンに手を差し伸べた。


アダムス・オルド。平民の間で英雄と呼ばれるただ一人の人物、ウルバヌス・オルドは祖父でもあり、早くに亡くなった父母の代わりに育ててくれた親代わりでもある。


イヴェリンも女性としてはかなり高身長だが、その横に立ってもまだ頭半分ほど高い背丈。

胸板や腕のたくましさは女性よりは男性から憧れの目で見られることが多いが、その身体つきは確かに見事なものだ。

明るい茶色の髪はボサボサで少し寝癖も付いているが、これはいつも通りである。

今年三十一になる年齢なのに女っけが全く無く、国の最東の村で眠る父母は墓の中で嘆いているかもしれない。

だが本人は全く気にしておらず、人生を魔物退治と民を守るために捧げるつもりのようだ。


平民という身の上にも関わらず国を代表する地位まで登り詰め、尚且つ魔法騎士団において魔法が使えない唯一の男・・・剣技だけでその職務を全うしているのだから、その腕前は一流ではなく超一流である事は明白だ。

その証に、アダムスの入団以来その実力を目の当たりにし続けた団員達からの信頼は厚く揺るぎない。


「ハイハイ、団長以外にそんな芸当出来る人いないんだから、今度試させてよね。」


平民と王女。団長と副団長。三十一歳と二十二歳。お互いに気を使いたくないので、敬語は使わず気楽に話そうと言った日から約五年。

本来なら国を守る魔法騎士団長の人選は国王がするのだが、イヴェリンが父親である国王を脅して、五年前からトーナメント方式の勝ち抜きで決めるようになったのだ。


そう、脅して。


イヴェリンは、目的の為ならば父親であろうと容赦なく脅し、恐喝し、従わせる。

類稀なる美貌と、一流の魔法と剣の才能を併せ持ち、優れた頭脳を持つ誇り高き王女。

そしてわずか八歳の時に買収し育てた、王都で一番と言われる大商会のオーナー。

さらに世界各国の王族や貴族の弱みを全て把握していると言われる、元奴隷だけで構成された諜報組織・・・否、情報ギルドのボス。


彼女がその気になれば世界中の国は統一され、天下無双の女王として君臨するだろうと言われる程の女傑であるイヴェリン・ルクレイン。

そんな彼女の全ての行動の目的はただ一つ・・・


「今年もよろしく、団長。」「あぁ、頼んだぞ、副団長。」


黒焦げになった鞘を拾う背中と、先程繋いだ手をゆっくり交互に見つめるイヴェリン。


その視線に熱が込められている事は、当のアダムス以外の第一魔法騎士団では公然の秘密なのである。

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