完全無欠の第三王女は最強剣士を射止めたい

斉藤りた

プロローグ

「大丈夫か?!」


固い地面に打ち付けた背中が痛い。

顔を覗き込んでいる少年に突き飛ばされたからだ。

だが同時に、目の前にいた巨大な蜘蛛の魔物が繰り出した鋭い攻撃から守ってくれたのだと気が付く。

自分に覆いかぶさっている少年を避けて起き上がろうと地面に手を着くと、ぬるりとした血だまりが出来ている。

血だ。

どこか怪我を・・・?

いや、違う。これは私のじゃない。少年の血だ。


「え・・・アナタ、血が」


「大丈夫、慣れてるから。ごめん、君の額に傷が・・・あ!動かないで!アイツらは毒を持ってて・・・」


必死に喋っている少年のセナカから流れ続ける血は止まる気配がない。

額、と言われて髪の生え際が少し痛むことに気が付いたが、この少年の方が明らかに重傷だ。

このままでは死んでしまうのではないか。

そう思い、少年の顔を見ると目が合った。幼さの残る顔つきに鍛えられた身体。

確かもうすぐ成人と紹介された気がするから、自分より十歳ほど上なのか。


見つめているのを怖がっているとでも思ったのだろう。

痛みに耐えながら、少年が微笑んだ。


「大丈夫。傷は治るし、ちゃんと可愛いよ。」


背中が痛いはずなのに、ふわりと笑う笑顔。

少年のようなまだあどけなさを残したような物言いと、身を挺して自分を守ってくれた大人のような身体つき。

そのアンバランスさを繋いでいる、屈託のない微笑み。

その顔を見た瞬間。

握りつぶされたように心臓が痛くなり、体中の血が集まったように頬が熱を帯びた。


え・・・?


これは、何?


そのまま力尽き、自分の方へ倒れ込むようにして気を失った少年。

その身体を、起き上がり座った自分の膝の上に横たわらせる。

苦しそうに短い呼吸を繰り返す、その頬に手を伸ばすと、指先が震えている事に気が付く。


震えてる?この私が?


まるで指に心臓があるように、ドクドクと脈打っている。

そのままそっと少年の頬の輪郭を撫でる。

周りの音が聞こえない。

周りの景色も、視界には入っているけど、見えなくなったようにこの少年しか見えない。

どうしよう、心が絞られるような、破裂してしまうような、初めての感覚。


そうか、これが、愛おしい、だ。


すると、手を当てていた少年の頬に影が差した。

先ほど攻撃を仕掛けてきた大きな蜘蛛だ。


「キシャァァァァ・・・!」


耳を突き刺すような高音の鳴き声を出し、今度こそ獲物を捕らえよう、と鋭い突起のある脚の一本を振り上げた。

名残惜しそうにゆっくりと顔を上げると、眉間にシワを寄せ一瞥する。


「邪魔よ。」


冷たい少女の一声。

言葉を言い終わる前に、蜘蛛が凍ったように固まり動かなくなる。

いや、凍ったように、ではない。凍っているのだ。


無詠唱の魔法。

一握りの人間にしか許されないその御業を使うには若すぎる少女の視線は、再び少年に捕らえられると動かなくなった。


「・・・!・・・さま!姫様!」


何度も呼ぶ声が聞こえ仕方なく顔を上げると、遠くから少年の祖父がものすごいスピードで駆けてきているのが見える。

その後ろから護衛も追いかけて来ているが、どんどん引き離されているようだ。

膝に目を戻すと、少年の背中からはまだ血が流れ出ている。

出血部分を圧迫するように手を当て魔力を込める。

白い光を放つ掌の下で血は止まり、少年の荒い息も落ち着いたようだ。


「毒も消しておかなくちゃ・・・」


送り続けている魔力の質を変えると、手を当てている部分の光が青く変化していく。

治癒魔法と浄化魔法。

習得するにはそれぞれ十年と言われているが、少女の年齢とは見合わないようだ。

と、やっと辿り着いた少年の祖父が、その手を掴んだ。


「姫様、この馬鹿はこちらで治療して鍛え直しておきます。ですが、姫様もきちんと叱られてください。いくら稀代の天才と言えど、此度の行動は奔放では許されませんぞ」


細く白い腕を掴む強い力。その手は震えている。

少年を大事に思うからこそ、心配や怒りの感情がごちゃ混ぜになっているのだろう。

この祖父からは、少年に対する深い愛情を感じる。


「ええ、ごめんなさい。心から謝罪するわ。私のせいだから、あまり怒らないであげて。ねえ、この少年は・・・いえ、ごめんなさい。今聞く事ではないわね。」


二度も謝罪した事に対してだろうか。

深いシワの奥にある瞳が見開かれると、少しだけ細くなった。


「姫様なら、知りたい事は全てご自分で知る事が出来ましょう。」


「・・・そうね。ええ、そうだわ。ありがとう、そうするわ。」


言い終わるや否や、追いついた護衛が慌てて抱えるように馬車に乗せた。

少年の祖父と護衛がいくつか言葉を交わすとすぐに馬車が走り出し、祖父に抱えられた少年の背を見送った。


この出会いが、王女の人生を、この国の行く末を、世界の運命を決めたのだった。

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