プレゼント

和翔/kazuto

本編

 瓶を開け錠剤を手のひらの上に並べる。それを口の中に放り込むと、ラムネのように溶け出した。

 男は口元に笑みを浮かべる。それは満足感と幸福感だった。しかし、口元から錠剤が消えると、満たされるような『シアワセ』は消えていく。

 男の胃袋には文字通り穴が空いていた。そこから『シアワセ』は漏れていく。男が満たされることは無かった。


「ねぇ」

「なんだ」

「あなた、薬なんて飲んで、どうしたいっていうの」

「延命かな」


 世界は終わりを迎えようとしていた。

 それは真夏の空の下、学校の屋上で話し込んでいた。

 女の髪は疲れ切ったように倒れているのに、一貫して微笑みを絶やさない。


「馬鹿みたい」

「そうか? そういうお前は大げさに点滴なんて打ってんじゃねぇか」


 女の左腕の関節、右肩、右の手のひら、左の脇腹、には注射器が刺さっている。

 股関節の付け根、左の脇、右の首元からは人の指くらいの大きさの管が通っている。

 口元には酸素マスクが曇っており、今この瞬間に死んでもおかしくないほど弱っていた。

 女は雰囲気に似合わないような病室のベッドに横たわっている。

 男はそんな姿を見て、笑いを我慢していた。


「これは『フコウ』よ」

「はぁ? なんでそんなもんを――」

「私がすべての『フコウ』を担うのよ」

「あっそ」


 男はつまらさそうに、瓶を投げ上げては受け止める。


「そうだ! お前もこれを飲め! それがいい」


 さも良い提案だと言わんばかりに言葉を投げかけるが、当然却下する。


「私は今マイナスにいるの。プラスを知ると差を知って息苦しくなるわ」

「そのマスクのほうが息苦しいっての」


 答えは求めていなかった。男の言葉は絶対である。

 酸素マスクを強引に外し、幾本もの管を大雑把に抜いていく。紫色をした液体が滴り落ちるが気にしない。

 やがてすべての管を引き抜いた男は、満足そうに手のひらに錠剤を取り出した。

 女は口を閉じて抵抗する。しかしその抵抗すら無用の産物だ。

 男は嘲笑していたが、女が口を開けずに抵抗していることを理解すると、その錠剤を自身の口の中に入れる。


「――っ!!」


 男は女に口移しをした。唾液とともに溶け出した『シアワセ』が流れ込む。

 口元からは『シアワセ』が溢れて、鼻から『シアワセ』が零れる。

 口の中に『シアワセ』が広がり、女は『シアワセ』を感じていた。


「あぅ――! っん」


 女は涙を流した。いつしか女の体には『シアワセ』が巡る。

 男は唇を離すと、嘲笑った。

 世界の終わりは、その瞬間訪れた。

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プレゼント 和翔/kazuto @kazuto777

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