第6話
「なにを、言ってるの……?」
ミナトの唇から、か細い疑問が漏れた。
「ファンからの評価は、先輩をこんなに簡単に壊す。だけど僕は違う」
ツカサは彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、続ける。
「僕は、先輩が凡庸な瞬間も独占したい。僕なら、先輩を唯一無二の存在として見続けられる。その依存先を、僕に移せばいい」
彼は言葉に力を込めたのと同時に、握っている彼女の手に、わずかに圧を加えた。
「僕と、付き合いましょう」
ミナトは、ツカサの言葉を拒絶するでも、縋るでもなく、ただ俯いた。
視線は彼ではなく、床に落ちたままのスマホに向けられている。
画面は暗い。
だが、そこに何が映っていたかを、彼女ははっきりと覚えていた。
賞賛。
失望。
怒り。
正しさを装った断罪。
どれも、自分を「定義」していた。
ミナトはゆっくりと呼吸を整え、細い指で涙を拭った。
ファンは危険。数が多すぎる。気分で正義が変わる。昨日までの味方が、突然敵になる。
それに比べて──。
顔を上げ、目の前の少年に視線を戻す。
この人間は、もっと分かりやすく危険。
悪意を装わない。優しさを装わない。
でも。
今、ミナトははっきりと理解した。
この少年は、私を正さない。
立ち直らせようともしない。
ただ、壊れたままの自分を、観測しようとしている。
それは救いじゃないけど、少なくとも、裏切りでもない。
「……ねえ」
彼女は、掴まれたままだったツカサの手を強く握り返した。
「さっきのは、きみが私の失望を埋めてくれるってこと?」
「そうです。今の先輩は、誰かに定義されないとどうしようもないでしょう」
弱った隙に付け込もうとしているのは明白だった。
ミナトは、小さく笑った。
「……気持ち悪いね、ほんと」
だが、その声には先ほどまでの混乱はなかった。
「でも、ファンに縋るよりは……」
ツカサの唇の端が、微かに上がった。
それを見て、ミナトはすぐに言葉を重ねた。
「勘違いしないで。信じるわけじゃない。好きでもない」
「あなたの告白は受ける。その代わり」
ツカサの手を握り返す力を強めた。まるで、命綱を食い込ませるように。
「私を凡庸だと見限るまで、絶対に、私を逃さないで」
それは懇願ではなく、命令に近かった。
だが、ツカサはそれを心地よい服従だと解釈し、この上ない優越感に満たされた。
「ええ、決して」
次の更新予定
2025年12月21日 21:00 毎日 21:00
永遠の放課後 結弦 @enamon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。永遠の放課後の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます