永遠の放課後

結弦

第1話

高校に入って半年。

ツカサは、自分が「思っていたほど面白くない人間」だという事実に、ようやく気づき始めていた。


友人はいる。毎日笑っている。部活にも顔を出す。

だけど、どの瞬間も誰かに自分の「代わり」が務まりそうで、胸に残るものは何もなかった。


僕、このまま終わるのか。

そこまで絶望したわけじゃない。ただ、ふとした拍子に、そんな言葉が脳裏に浮かんでは沈んだ。


その日も、昼休みの喧騒に紛れてヒロと弁当をつつきながら、いつも通りの自分を演じていた。


「ツカサ、次の数学どうする?俺はもう諦めて赤点覚悟で特攻だわ」

ヒロが笑いながら言う。ツカサ自身何度も交わしたことのある、テンプレート通りの凡庸な会話の始まり方だった。


ツカサは、返事をする前に一瞬、箸の動きを止めた。

彼は無意識に、ヒロの弁当箱の中身と、自分の弁当箱の中身を比べていた。

既製品の冷凍食品。安価なウインナー。

似ている、と感じた。


ツカサの視線は、ヒロの顔から、弁当、そしてヒロが操作しているスマホへと、データを集めるように素早く移動した。それら全てが、「高校生」としての平均値の範囲内に収まっていた。


僕もこいつも、同じだ。

僕の言葉、思考、好み。どれ一つ取っても、僕だけの軌跡は残らない。

このまま誰にも気づかれず、ただ時間だけを消費して死ぬ。その確信がツカサの胃袋を掴み、喉の奥から這い上がってくるような吐き気を催させた。


「僕?まあ、なんとかなるでしょ」


絞り出した言葉は、またしても凡庸な返答だった。

ヒロはそれを聞いて安心したように笑う。その笑顔を見て、ツカサは自分が安全な檻の中にいることを再認識し、唇の内側を噛んだ。


校内放送から流れる音楽が、教室のざわめきに押されて薄く消えていく。


あれ、また違う曲だ。

なんとなく耳がそっちに向いた。少し前から、昼の音楽が定期的に変わっている気がしていた。

どれも聞いたことがない。流行曲でもない。それなのに、不思議と耳に残る。


「そういやヒロって放送部だったよな。これ、部で選んでる曲なのか?」

スピーカーを指して訊いた。


「昔はね。今は違うよ」

「昔は?」

「一つ上の先輩に作曲してる人がいてさ。部長がお願いして使わせてもらってるんだって」


その瞬間、胸の奥を細い針で刺されたような感覚があった。


この学校の中に、「作る側」の人間がいる。


自分にない「特別」を、すぐ近くにいる誰かが持っている。

その単純な事実だけで、息がつまるような焦りが込み上げた。


「それで、そのミナト先輩。かなりの変人らしくてさ。……?聞いてる?」



放課後。

ツカサは教室に残り、開いたままの参考書を視線だけで追っていた。

数字は頭に入らない。昼のあの曲と、ヒロの言葉ばかりが反芻される。


明日の昼なんて待てない​───もう一度、ちゃんと聴かないと。


そう思っているうちに、下校時刻の18時になっていた。


静まり返った教室に、昼と同じ旋律が流れ始める。

細い音が空気に滲んで、夕方の光と混ざった。


音楽のことは詳しくない。

それでも、この曲が「誰にでも作れるものじゃない」ことだけは分かった。

それが分かってしまったことが、ひどく胸に触れた。


自分が持っていない何かを、確かに誰かが持っている。


「……無理だ」


曲の途中で、ツカサは椅子を引いて立ち上がった。

このまま最後まで聴いていたら、何かを突きつけられる気がした。

昼間感じたざわつきが、もう誤魔化せない形で胸に沈んでいく。


背中を押されたように、教室を出た。

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