怖い話してあげる

川詩夕

また来たんだね

 怖い話してあげる。

 子供の頃、誰でも一度や二度は家で一人きりで留守番することってあったでしょ、その時の話。

 私の家は母子家庭で月曜日から金曜日までの放課後はお母さんが仕事から帰ってくるまで一人きりで留守番してたんだ。

 昭和の時代に建てられた二階建ての古いアパートの二階にある部屋に住んでたんだけど、経年劣化のせいなのか窓の建て付けが悪くて知らない間に台所に面する窓が少しだけ開いてることがよくあったの。

 一人で留守番してる時に限ってその開いた窓の外から誰かが部屋の中をじっと覗き込んでる気がしてた。

 部屋を覗かれても別に困ることなんて何もないから、まあ良いかなんて思いながら過ごしてた。

 ある日のことなんだけど、その日も部屋で一人きりで留守番してたらね、台所の窓がいつもより少し大きく開いてたんだ。

 そこにはっきりと見えたのは、アパートの一階に住む一人暮らしをしてる中年のおじさんの顔だったの。

 おじさんは薄くなった頭髪と額にじっとりとした嫌な汗を浮かべながら、血走った目で私の顔に穴が開くほど睨め付けていたの。

 おじさんは玄関のドアをガチャガチャと鳴らしながら開けると小汚いスリッパを乱雑に脱ぎ捨てながら家の中へと勝手に入ってきた。

 お邪魔しますの一言も言えないおじさんに嫌悪感を抱いたし、何だか妙に焦ってるみたいで荒い鼻息が聞こえてきたのを今でも覚えてる。

 カーペットの上に座って人形遊びをしていた私の腕をおじさんが掴み、強引に引っ張り上げてその場で私を立ち上がらせると部屋の外へ連れ出そうと必死になってた。

 靴を履く間もなく玄関を通り越えて階下のおじさんの部屋に連れていかれ、私は強く抱擁された。

 おじさんの体臭は泥臭いし頭皮から独特の匂いもするし私は何だか息苦しかった。

 でもね、おじさんは私に乱暴しようとしたわけじゃなかったの。

 怖かったろ、もう大丈夫だからな、トイレの前に首がだらりと垂れ下がった女がいるって、今日は目を開けてたって、いつもは目を閉じてるんだって、兎に角よくないって、だからおじさんは私を部屋から連れ出したんだって言ってた。

 その日の夜、私は今日の出来事をお母さんに話したの。

 お母さん、青ざめた顔して全く元気がなかったな。

 一週間後、おじさんは一階にある自分の部屋で死んじゃったの。

 近所では自殺って噂が流れてた。

 お母さんはね、おじさんは件の女に呪い殺されたのかもしれないって。


 でもそれは違うの……私は本当のこと全部知ってるから……。


 おじさんは私のお母さんに殺された。

 おじさんは私と同じで死んだ人が視えていたから。

 お母さんは件の女がおじさんに告げ口するかもしれないって一人きりで思い詰めてたの。

 元々この部屋に住んでた件の女を殺したのもお母さん。

 殺した理由はこの部屋を瑕疵かし物件にして家賃を大幅に下げるため。

 私は引っ越しした日から件の女の存在に気付いてた。

 家で一人きりになることが多かったからか、気付かない内に件の女と仲良くなって、何故トイレの前に現れるようになったのかを直接教えてもらったの。

 それに、お母さんが子供の頃からの友達だったみたい。

 相変わらずトイレの前に現れては項垂うなだれてる。

 台所の開いた窓からは死んだおじさんが毎日部屋の中を覗き込んでくるの、生前も私が一人きりで留守番していた時を見計って毎日毎日覗き込んでいたのは知ってたけど。

 お前のお母さんに殺された、お前のお母さんに殺された、お前のお母さんに殺された、お前のお母さんに殺された。

 おじさんは何度も何度も繰り返しそう言ってくる。

 私はお母さんが好き。

 お母さんは何も悪くない。

 死んだ人が視える私が悪いの。

 死んだ人に毎日話し掛けられる私が悪いの。

 あなた……。

 まだ気付いてないの……?

 自分が死んじゃってることに……。

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