転生したら女になったけどほとんど「日本」だった

勝馬匠太

第1話 眠り

 陸奥涼真(みちのくりょうま)は今年で40歳になるのに結婚もしていなければ彼女もいなく、もちろん子どもも居ない。今日もコンビニでバイトだった。


 〇ブンイレブン鷹司本条店ではクリスマスのためのチキンやケーキのフェアをやっている。


 一か月前からチラシやポップで告知し、予約を取っていたがあまり売れ行きはよくなく、十二月に入ってからホットスナックの什器の中にチキンをぶち込み、100均で買ったリボンやら草やらなんやらで飾り付けをし、クリスマスの雰囲気を醸し出している。

 もちろんのことだが、本社には内緒である。


 陸奥涼真はやってきた客のレジを打ちながら目の前に立つ女性の胸の膨らみを周辺視野で見ていた。


 ニットを脱いで、下着になって、それが無くなればたわわなおっぱいが、と、チョコレートとグミとハンドクリームとガムテープとスムージーのバーコードをピッピしながら想像していた。


 童貞。


 陸奥涼真は40にもなるのに童貞だった。彼女いない歴=年齢という魔法使いも驚きの経歴である。


 コンビニバイトは十年やっている。

 実家暮らしなので、生活には困っていない。



 夜の八時に退勤し、家に帰った。

 母親が作ったカツカレーを食べる。


 テレビではお笑い芸人がネタを披露していたが面白くはなかった。


 そもそも、面白いとはなんなのだろう。


 今までの人生で面白いことなんてほとんどなかった。


 三十代後半からはお腹も出てきて、鼻毛も出てきた。


 彼女はもちろん欲しい。


 でも、たぶんぜったい無理だろう。


 風俗に行くことも考えたが、よく分からないプライドもあった。


 数万円で買えるセックスなんて何の価値もない。


「嗚呼、イケメンか美少女に生まれていれば」と、陸奥涼真は半分のカツをスプーンで持ち上げながら思った。


 

 転生したい。


 そう、思った。


 転生してイケメンか美少女に生まれて頭も良くて魔法も使えて無双できたらどんなにいいだろう。


 ところでなんでこのカレーは甘口なんだろう。辛口が食べたいっておふくろには言っていたのに、いつも甘口が出てくる。


 たぶんそれは、自分が小さい頃に「星の王子さまカレー(甘口)」が大好きで「買ってかって」と何度もねだったからだろう。


 そんな昔のことなんて……。


 むかし、か。


 おれが生まれてきたとき、おふくろや親父は喜んだのだろうか。


 こんなおっさんになってしまって、どう思っているのだろう。


 妹はもう二人も子どもがいるのに、おれは……。


 カツカレーを食べるスプーンが止まった。涙が出てきた。テレビでは芸人のネタに受けたのかあははと笑い声が聞こえる。


 今すぐ外に出て車か何かに跳ねられれば転生できるだろうか。


 いや、さすがにそれはないし、親父もおふくろもそれは望んでいないだろう。


 はあ、とため息をついた。


 カレーを食べ終えて自分の部屋に入って敷きっぱなしの布団に横になった。


 人生とは何なのか……、いや、やめよう。そういうことを考えるのはよくない。


 陸奥涼真は薬箱から「ジプレキサ」を飲んで目を閉じた。



(おや? ブタみたいな人間がおる。膝を抱えて泣いているではないか)

「おい」


(寝ているのか)


「おい」


 ぼんやりとした意識の中で陸奥涼真は目を開けた。


「おまえ、泣いているのか?」


 涼真の目の前にはヘビが立っていた。白いローブを着ている。


 なんだこいつ、と思いながら陸奥涼真は「いや」と答えた。


「いや、泣いていた」と、ヘビは言った。


 なんだよこいつ、と思いながら陸奥涼真はもうどうでもいいと思った。


「まあよい」とヘビは上を見ながら言葉を発した。


「ようやくコンタクトできた人間がおまえなのは私にもよくわからないが、仕方がない。神のお導きだろう」


 ぼやっと涼真はヘビの顔を見ている。


「均衡が、崩れてきているのだよ」と、ヘビは目を細めて言った。


「きんこう?」


「バランス、のようなものだ。世界のバランスが、崩れ始めている」


 はあ。


「そこで私は知恵の森の神殿で勇者を探していたのだ」


 はあ、あー、これ、夢だ。


「人間の意識というのはなかなかに難しいものでね」


 めんどくさいなー、明日は遅番だったなたしか、いま何時だ?


「こほん」とヘビは咳払いした。


「まあよい。君は選ばれたのだ」


 ぼんやりとした意識の中陸奥涼真はヘビの言葉を聞いていた。


「君は、選ばれたのだ。世界を救え勇者よ」


 …………。


「明日、目が覚めれば君は勇者となる」


 ……。


「ん?」とヘビは眉間に皺をよせた。


「時間がない。私はセカイに戻る。君、お主に、いや、お前に託した。さらばだ」


 陸奥涼真の意識はすでに眠りの中にあった。


 

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