React
東
第1話 ユニット。
俺が児童養護施設菫学園に入所してから7年ほど経った。
当時小学2年生だった俺は、いつの間にか中学校の制服を着ていて、何とその制服も今年度が終われば役目を終える。
早生まれだから来年だけど、事実今年度に俺は俺を庇って母に殺された兄と同い年になる。そして後1年したら、俺は母の代わりに面倒を見てくれた姉と同い年になるのだ。
そう考えると何とも言えない感情が沸き上がるが、感傷に浸っている間もなく、時間はただ過ぎていくのだと中学生になってから気付いた。この世界は俺の気持ちの整理がつくまでの時間を待ってはくれない。
それでも俺が何とか普通に中学校生活を過ごせるのは、ずっと隣にいてくれる幼馴染みの存在があったからだ。それから、少しだけわかったのだけど、大人の中にも信用してもいい人がいることを知ったから。自分の存在を許してくれる人がいる安心感を得られてからは、俺はほんの少しだけど外の世界のことも見れるようになった。ずっと喧嘩ばかりしていた同室の奴のことも適当にあしらえるようになってきたし、友人や先生の言葉も少しは聞くことができるようになった。
今年度、俺たちが過ごしていた7号室のユニットに新しい入所児童が来た。
双郷平和という珍しい名前の彼は、はじめての顔合わせのときから表情が固く、緊張しているのがヒシヒシと伝わった。彼は高校生の兄と一緒に入所したが、特別仲が良いわけではない雰囲気だった。何なら、平和の方は兄のことを不快に思っているようでもあった。
※
「光、お前今日トイレ掃除だろ。やったのか」
「いや、やってないけどさぁ。さっき希己が職員室で宮田と話してる間にピースくんがやってくれてた」
俺の問いかけに、ソファーに座りながらアニメを見ていた中並光は罰が悪そうに笑った。
ユニットでは掃除当番を決めていた。平日は学校があるため先生方がやってくれるが休日は自分達で掃除はしなければならない。
この小学生からの付き合いである光は、いつもトイレ掃除の当番になると決まってサボっていた。だからトイレ当番の日は必ず朝に言うようにして、サボらせないように気を付けていた。別に俺が掃除しても良かったが、それでは光のためにならないからと去年、担当の宮田先生に言われたのだ。
それでも、コイツは掃除を他人にやらせたのだ。
因みに、ピースというのは平和の愛称だった。本人は露骨に嫌そうな顔をしていたのだが、光と中学2年生の縫十が面白がって時々呼んでいる。
「お前な、平和にやらせるなよ」
「いや、やらせたんじゃなくてアイツが勝手にやりはじめたの。今日は俺だぞって言ったんだけどさ」
「そこはちゃんと変われよ」
「次はそうするって。てか、ピースくん、縫十の担当のキッチンもやってたし、年司の担当の廊下もやってたから」
「止めろよ」
「いいじゃん、縫十なんてどうせやらないんだし、年司はやり方雑だってお前いつも怒ってるじゃん。ピースくん、掃除丁寧だからやってもらおうぜ」
そういう問題ではないって、前に先生に言われただろと思ったが光に言っても無駄だとわかっていたのでやめた。
今、俺たち7号室は5人で生活していた。中学3年生の俺と光、2年生の縫十、1年生の年司と平和だ。
4月からこの5人での生活になっだが、正直ユニットの雰囲気は良くはなかった。特に縫十と年司の関係は最悪で、いじめっ子といじめられっ子のようだった。目につけば止めに入るが、どうやら学校でも縫十は年司を過剰にからかっているようだった。
「あ、ピースくんきた。ピースくーん! 希己から説教あるって!」
「は?」
「いや、説教はないわ」
階段を降りてきた平和を光が呼び止める。平和は目を細めた。彼が入所して2か月が過ぎたが、相変わらず周囲を警戒している。施設では特別親しい人間もいない。
「何」
「掃除の当番、守ってほしい。俺も他人のやったやつ気になって口出ししちまうからお前のこと言えた立場じゃねーけど。一応、全員で決めたことだから」
「わかった、気を付ける」
平和は淡々と言って、ユニットを出ていった。
「アイツって希己に似てるよな」
「顔が?」
「まあ、見た目も似てるっちゃ似てるけど。そーじゃなくて、中1の夏ぐらいのお前もあんな、何考えてるんだかわからん感じだった」
「それ、最悪だったときじゃねーか」
「そうそう、その時と一緒」
光は笑って俺の肩を叩く。俺は彼の言葉に何も返せなかった。
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