星の虜囚

川上いむれ

第1話

 僕の家は広い浜辺に建てられている。昼間はどこまでも続く青い海が見える。太陽が水平線の向こうに落ちると、海は黒く変わり、星辰の横たわる夜空が頭上に現れる。

 ──夜になると、僕は砂浜に足を踏み出す。砂浜には色んなものが落ちている。貝殻、空き瓶、片方だけのサンダル、奇妙な形の流木。それらが月の明かりに照らされて白っぽい砂の上に姿をさらしている。


 でも、僕が探しているものはこれらではなかった。


 僕は波打ち際に立つ。波の音だけが聞こえるなか、それが見えるのを待つ。上の方を向き、無数の光る小石を暗い紺色の布の上にばら撒いたような星空を眺める。


 は流れ星のように、天から落ちてくる。暗い空を光り輝きながら、本物の流れ星のように空を裂く。

 その物体は時々天から降ってくる奇妙なものだった。それは海に落ちることもあるし、稀に砂浜に落ちてくることもある。形は球状であり、大きさは自動車1台分ほどもある。それがなぜ地上に落ちてくるかは分からないし、どこからやってきたのも僕は知らなかった。


 と、今日もそれが落ちてきた。それは斜めの角度から、光り輝きながら地表を目指して落下していく。どうも今回は僕がいる地点に近い位置に落ちるらしい──。

 轟音を立てて、僕がいる砂浜にその球状の物体は落ちてきた。砂煙に咳き込みながら、僕はそれに近づいた。今まで落ちてきたものと同じように、それは大きな球状をしていた──だが、今までと違うところが一つあった。


 それは、開いたのだ。ハッチのようなところが開き、その球の中身が見えた。僕はその中に見えたものに驚く。


 中にいたのは、女の子だった。一糸纏わぬ裸体の女の子が、そこにいた。歳の頃は僕と変わらないぐらいだろうか。


「………」


 瞼を閉じていた彼女は、外気に触れたことによってか、ゆっくりと目を開けた。この世のものではないような、夢見るような目つきだ。

 僕は慌てた。彼女は白い裸身を惜しげもなく晒しているが、この状況、どう反応するべきだろうか。


「……ここはどこ?」

 夢見るような目つきの彼女は、ついに口を開いた。目はやや虚ろなままだが、焦点はこちらを向いている。僕はため息をついた。短く答える。

「ここは地球だよ。──たぶん、ね」


 とりあえず僕は彼女を自分の家にまねき入れた。適当に見繕った僕のシャツとズボンを着せ、水を飲ませた。見たところ健康そうだったけど、お腹が空いていたりしたらいけないから保存してあったパンも食べさせた。


「……で、君はどこの誰なの?」

 当然の疑問を聞く僕。

「………」

 彼女はまた、ぼんやりした目つきをしたまま、少し黙り込む。しばらくしてから答える。

「遠いとこ──。そこから来たの。それだけ」

「遠いとこって──結局どこなの?」

 彼女は少し窓の外に視線を移した。そしてこちらを見て答える。


「星の向こう」



 彼女と過ごし始めてから、3日が過ぎた。他に行くところもない彼女は、自然と僕の家に住み着く形になった。あまり蓄えのない僕だったけど、2人分の食糧ぐらいはなんとかなった。彼女も居候の見返りに、家事や焚き木拾いなんかを手伝ってくれるのだった。


 その晩、僕らは再び砂浜に出てみた。空には相変わらず満天の星、銀河の地図が現れていた。

「──こうして夜空を見てるとさ、いやでも死について考えちゃうよね。」

「ふうん」

「無限の怖さ、ていうかさ。この宇宙にはって、いやでも意識しちゃうからね」

 彼女はくるりと僕のほうを振り向いた。

「きみは死ぬのが怖いの?」

 一瞬、答えに詰まる。

「──怖くない人なんかいるのかな?逆に聞くけど」

 彼女は不可解な表情をして答える。

「私たちは、この世に生まれてくるまでは無だったんだよ。だったらなんで再び無に戻ることを恐れるのかな?」

 やれやれ、哲学問答は僕には向いていない。僕はその質問には答えず、彼女の手を引いて家に戻った。たおやかな手の感触が自分の意識に残った。


 彼女がこの地に降り立ってから、一ヶ月が過ぎた。とくに変わったことはない。僕らは穏やかにお互いの日常を紡いでいた。ある晩、僕はちょっとしたサプライズを仕掛けた。

「……じゃーん」

 夕食時、僕は銀の皿に乗せた鶏の丸焼きを食卓に乗せた。彼女は目を丸くする。

「どうしたの?これ」

 少々照れくさいが、正直に答える。

「いやね、君がこの家に来てもう一ヶ月じゃないか。その記念にと思ってさ。少し奮発したんだ」

「……ふふ」

 彼女は微かに笑った。

「ありがとうね、私のために」


 夕食を食べ終わったあと。僕らは寝室に引っ込んだ。部屋の数が少ないので一緒の部屋で寝ているが、一応ベッドは別々である。僕は彼女のために藁を詰めたマットレスで即席の寝床を作ったりもしたのだ。

「おやすみ」

「うん、おやすみ」

 すぐに寝息が聞こえる。僕もうつらうつらと眠りに誘われた。


 どん、という轟音で目が覚めた。この音には聞き覚えがある。そう、彼女が乗っていたカプセルが着陸してきた時の音によく似ているのだ。僕は跳ね起き、靴をはいた。隣の彼女を見ると、ぐっすりと眠りこけている。

 僕は用心のために壁に立て掛けておいた猟銃を手にとり、外に駆け出した。


 砂浜には、いつかのカプセルに似たものが二つ落ちていた。二つともハッチが開いている──そして、そのそばに二人の人物がいた。妙ちくりんな黒い鎧のような服を着ている。

 僕は猟銃を固く握りしめる。その二人の人物のうち、右の方が口を開いた。

「おい、お前──地球人。お前に聞きたいことがある」

「……なんだよ」

「最近、こんなカプセルが落ちてこなかったか?中に女が乗っていたと思うのだが」

 彼はそう言って、自分が搭乗していた丸いカプセルを指差した。

「……知らないな。見たこともないよ」

「そうか。ならいい」

 それだけ言うと、二人は僕を置いて歩き出す。僕は少し迷ってから、その背中に声をかけた。

「──いや、もしかしたら見たかもしれないな。最近妙な女がここにやってきたんだ。もしかしたらあんたらを案内出来るかもしれない」

 星から来た男たちは僕を振り向いた。


 砂浜を歩きながら、僕は尋ねる。

「なんだってその女を探してるんだ?」

 今度はさっき口を聞いた男とは別の男の方が答えた。

「そいつは逃亡者なのさ。我々の星の人間は、言うなればこの星の人間の子孫たちだ。何世紀も前に放棄された植民星が我々の住むところだ」

「……へえ。全く知らなかった」

「我々は、我々の星の支配者に仕える義務を持つ。不死の占い師が私たちの君主なのだ。そして、不死の占者たる我が主は、肉体の維持のために、遺伝子汚染の少ないヒト属の雌生命体の素体を必要としている。彼は、一公転周期ごとに一人そのような生贄を必要としていた」

「………」

「あの女は、光栄にもその役目に選ばれた。だが、奴は我らが主と一体になり、永遠の生命を享受する特権を踏みにじり、この星に逃げてきたのだ。『逃亡主義』は我らの世界では重罪だ」

「………へえ。そうなんだ。ところでもうすぐ彼女の居場所につくよ」

 僕はぶっきらぼうにそう言った。僕らの家は、カプセルの着地点から見て西側にあった。


 東側の砂浜が終わる場所、海と断崖の境目に僕らは来ていた。崖には一つの裂け目のような洞穴があった。

「彼女はそこにいるはずだよ……行って確かめてきたらいい」

 僕は彼らに告げる。彼らは疑うことなく洞穴の入り口に向かった。


 やれやれ、せっかく星から星へ旅しに来たのだから、もう少し疑い深くなればいいのに。地球というのはそれなりに怖い惑星──怖い場所でもあるはずなのだ。


 僕は猟銃を構えると、二人の背中に向けて引き金を引いた。



 僕らの小屋の寝室に戻ると、彼女はベッドで目を開けていた。僕を見ると、尋ねる。

「どこに行っていたの?──それに何か、音が聞こえたようだけど」

 僕はかぶりを振る。

「さあね、夢でも見てたんじゃないかな。──僕は星が綺麗だから、外に行って夜空を眺めていた」

 彼女は安心したように微笑む。

「……そうなんだ。じゃあ、もう一度眠るね」

「それがいいよ」

 僕は自分の右手で、しずかに彼女の両の瞼を閉じた。




               ──完

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