文芸部室で捕まえて

anko

第1話 文学少女は五人目の夢をみるか?

 「鈴原、お前まだ部活決めてないだろ。クラスでまだ入部届を出していないの、お前だけだぞ。」

 

 僕の目の前にいる担任の柴里先生がそう言う。わざわざ職員室に呼び出され、何か叱られるのかと身構えて損した。


 「えっと…帰宅部じゃ駄目なんですか?」


 「前にも言っただろ、ウチは部活動が強制だって。話、ちゃんと聞いてたのか?」


 「いえ…そんなことは…」

 

 勿論聞いてません。


 「とにかく、もう仮入部期間は過ぎてるんだ。今週中にどこか選んで入部届を出すように。」


 「わかりました…」


 そう乾いた返事をして職員室を後にする。


 「部活か…」


 鞄の中に突っ込んであったしわくちゃの部活動一覧表を取り出して見てみる。漫画研究部とかアーチェリー部とかやたら数が多いが、運動神経皆無の僕にとって運動部は論外だし文化部も興味を引くものはない。


 先生の話を重要なもの以外殆ど聞き流してしまったから部活動強制なのを知らずに仮入部期間中もそのまま直帰していた。


 どうすべきか頭で考えながら一覧表に目を通していたらある部活に目が留まった。


 ― ―文芸部


 書くのは好きじゃないが読むのなら好きだ。活動も大抵は本を読んであとはちょっとした部誌を書くだけだろう。ここなら入ってみてもいいかもしれない。


 もし変に意識の高い集団だったら困るから見学して雰囲気だけでも知っておくか。


 僕は一覧表の裏に書いてあった校内の地図を頼りに文芸部の部室へと向かった。


 ◇


 文芸部の部室は第一校舎の三階にあった。このエリアは資料室とか備品庫が集まっていて普通に生活していたら滅多に寄り付かない。そのため周囲に人気は全く無く本当にここで合っているのか不安になる。


 突き当たりまで進むとドアに文芸部と書かれた紙がセロハンテープで無造作に留められていた。


 …中からは全く話し声がしない。

 僕はドアの前で数回深呼吸をしたあと、軽いノックをしてドアを開けた。


 「…失礼します。」


 部屋を見回してみる。そこら中に本が置かれており、古い紙の匂いが部屋の中に充満している。

 

 奥の方に目を向けてみると積み上げられた本の中からひょっこりと顔を出した女子生徒と目が合う。


 「…あの。」

 

「ひゃいっっ!?」


 声の裏返った悲鳴が上がる。驚いた拍子に女子生徒が立ち上がると机の上に積み上がっていた本の塔がバタバタと倒れる。しかし女子生徒はお構いなしに僕の方に近づいてきて言う。


 「あ、あのっ!ぶ、部員確保の催促ならあと3日…いえ、あと2日だけ待ってくれませんか…!?」


 は? 催促? 

 

 呆気に取られる僕を余所に、女子生徒は必死の形相で両手を合わせ、拝むように何度も頭を下げた。


 「お願いします!今必死で部員を探している最中なんですっ!だから…廃部だけは!」


 …なんとなくだが状況が掴めてきた。見た感じここには彼女以外いなさそうだし、彼女はきっと僕を部員確保とかの催促に来た生徒会の手先かなんかだと勘違いしているんだ。


 「あの…僕は文芸部の見学に来たんですけど…」


 「へ?見学?」


 女子生徒はしばらくポカンとした後、状況を理解したのかみるみるうちに顔が赤く染まっていった。


 「ふぇ!?あ、あああ、ご、ごめんなさい!私てっきり生徒会の人がまた催促に来たのかと…」


 女子生徒は間違いに気づき申し訳なさそうに頭を下げる。頭を下げた拍子に髪に埃がついたが気にする様子はない。


 「あの…とりあえず、これ…」


 「あっ、ありがとうございます…ここには私以外あまり立ち入らないから…」


 女子生徒は受け取る際に少し指を震わせながら、今にも消え入りそうな声で言った。

 顔を見てみるとどこか不安そうな目でこちらを見つめている。


 「それで…見学の方ですが…」


 「あっ、そ、そうだったよね。私は二年の日村志乃。他にも部員が二人いるんだけど今はいないの。でも部員の数が5人以上にならないと廃部になっちゃうから必死に探してて」


 あれ?これ僕が入部しても部員1人足りなくない?


 「それで…文芸部って普段どんなことをしてる部活なんですか?」


 そう尋ねると日村先輩は少し表情を和らげて言った。


 「えっと…文芸部は普段は本を読むんだけど、二ヶ月に一回部誌を発行するからそれに自分の書いた作品を投稿するの。あとは文化祭で部誌とかの展示をするくらいかな。」


 二ヶ月に一回…まあそのくらいなら許容範囲だろう。


 「そうですか…執筆には慣れてませんが二ヶ月に一回くらいなら僕にも出来そうです」


 そう言うと日村先輩はパァっと顔を明るくして詰め寄り言う。


 「そ、それじゃ、入部してくれる!?」


 「え、ええ、まあ、他に入りたい部活もないですし…」


 日村先輩の突然の豹変に気圧されて思わずyesと言ってしまう。だって家族以外の女性と話したことなんてほとんどないんだからしょうがないじゃないか。


 「あ、ああ、ごめんね。もう少しで廃部を免れると思ったらついはしゃいじゃって…」


 それだけこの部に対して強い思い入れがあるということだろうか?


 「あ…いえ、大丈夫です。ちょっとびっくりしただけですから。」


 そうフォローすると日村先輩は「ホント?良かったぁ…」と安心して胸をなで下ろしていた。


 「あの…それでさっき言ってた部員数の話ですが…」


 この学校の部活の最低人数は5人だ。日村先輩によると他に二人いるらしいが僕が入部してもあと一人足りない。


 「あ、ああ…」

 

 そのことを尋ねると日村先輩はまだ残っている宿題を見つけたときの小中学生のような何とも言えない顔になった。


 「わ、私も友達とかに聞いて回って必死に探してるんだけどさ…2年にしか知り合いがいないから…だ、だからさ、君も協力してくれないかな?」


 そもそも僕には友達と呼べる存在がいないし、正直そんな面倒なことしたくないが、日村先輩の純粋な目に見つめられると、とても断れそうになかった。だって結構可愛いんだもん。この人。


 「…わかりました、ご期待に添えるか分からないですけど努力はしてみます…」


 「ホント!?ありがとう!」


 日村先輩は満面の笑みで礼を言う。

 …この人はちょっと眩しすぎるな。


 「それで、期限とかはあるんですか…?」


 「ええと…次の部総会までだから…ゴールデンウイーク明けまでかな?」


 …確か今日は4月24日でゴールデンウイーク明けは5月6日だから…

 大分ギリギリじゃね?大丈夫なのか…?


 「そ、そういえばまだ君の名前を聞いていなかったよね!?」


 「そ、そうでしたね。1年の鈴原優と言います。」


 「鈴原くんだね…うん、覚えた!これからよろしくね!」


 ま、なるようになるか。

 

 こうして、僕の前途多難な学校生活が幕を開けた。

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