きっと、分かっていた事だった

クマとシオマネキ

始まり 

 身体はユラユラ、頭をヘコヘコ薄ら笑い。

 ただ、悔しくて、堪えて、諦めて続ける。

 様々な経験をして、生きていく為にやってきた。

 気持ちの中で、僕という甘えから、俺というハリボテに変わった時に思った。


【お前のおかげで、今の俺がある事を認めない】


 金、女、コネ、喧嘩……

 ズルく賢く、人の道を外れても

 ただそれだけで、俺はここまで生きて来た。

 


『今日もハイジの為にシャンパン入れてくれた姫!ありがとぉ〜っ!ヨイッ!ヨイッ!〜!』


 マイクを持つ同期で仲の良い仲間の声に、手を上げだけで応える。


 俺と女が座るテーブルに、同僚がワラワラ集まってきて騒ぐ。

 俺も散々練習してきた身ぶり手ぶりと掛け声で、同僚達がその場を盛り上げる儀式…いわゆるシャンパンコール。


 今、俺のお客様、つまり姫が一本数十万のシャンパンを入れてくれた。だから同僚はコールする。 


 そんな儀式が一晩で何回も、そう、何回も。

 

 そりゃそうだ、ここはホストクラブ。

 俺はホストだ。

 女の子を姫として扱い、楽しんで貰い、俺等は金銭を得る。

 それは法律が変わろうが常識が変わろうが同じ。

 世間から見れば悪でしかない、それでも結構。


 だから、これがそこら辺の暇な資産家や夜職のメンヘラ女なら張り付いた笑顔の一つでも向けるが、彼女には向けない。

 昔は向けていた笑顔の代わりに、訝しげな顔を向けるだけ。

 何で分からないんだよ、何で来るんだよ…と。


 笑顔を向けられる訳ない、何故なら………


 しかめっ面で睨め上げる様に俺を睨みながら、並んで座り、ソファーの上に乗る互いの片手の、握る指に力が入り、怒りの感情を俺に全力で向ける女。

 どうかしてる、本当にどうかしてる。


 同級生、幼馴染、昔馴染み、色んな表現があるが彼女は俺にとっては子供の時から特別で、忘ようとした女。


 今まで沢山、失った。


 大事な家族、かけがえのない異性の親友。


 そしてこれから失うであろう、尊敬してる人。


 今さらこんな女、失おうがどうでも良い。

 外見は半端に東京に染まりながらも、無駄に派手で野暮ったい空気が残る田舎者の匂いがする金払いの良い姫の一人。


 あぁ、それでも昔の事を思い出す…めんどくせぇ


 『ハイジ!今日は私がアフターでしょ?他の女の所に行ったら駄目だから。枕だよ?枕しなさいよ、分かってる!?絶対だから!ねぇ聞いてる?』


 言葉は強がる、だけど他の姫…客と同じ

 そこには嫉妬と不安 負の感情が込められる

 昔、蔑ろにした男だとは気付かずに

 嫉妬心剥き出しの感情を向ける


 昔、俺はコイツに夢を見ていた。


 あぁ、勝手に幸せな未来を夢見てた

 思い出せば彼女の返事はいつも他人事で、俺は独り善がりだったな


 あぁ何にも見えてねぇ 今はどうだ?

 人の気持ちと感情と、一晩に何百万と動く金

 今ならよく分かる。


 今の俺はどうよ?過去の俺。

 全てを奪いながら これから奪われる

 煮えきらない行動 燻ぶる悪感情 

 過去の自分では想像してなかった今

 人から貰う毎日 他者から見れば 奪う悪者



 


―――――――――――――――――――――――


 何事もあまり上手くいかない青春だった。

 

 中学、勉強も運動も家の事も、何もかも。

 スポーツは勿論、頭は良くない

 家は母子家庭で、弟は病気がち

 外見はいつもボーズで太い眉毛に歯はガチャガチャ。


 そんな俺は札幌の外れで育ち、雪を見て育った。

 雪は嫌いだ、真っ白で何もないから。

 まるで自分を写してるようで、何とも言えない気持ちになる。


 なんて事を思う様な根暗な僕だが、自慢の友人がいた。

 小学校の高学年、東京から引っ越してきた、ナオイという女の子だ。


「皆〜、東京からやってきた平石直衣さんだ。仲良くする様に」


 雑な紹介の後、自己紹介も無しに、僕の隣に座らされるナオイ。


「と、隣の由良!由良トオルだよ!です!よろしく!」


「ふーん……トオル、教科書見せて」


 それから繋がる交友関係、学友か。


 東京から来たばかりのナオイは誰にでも少し斜に構えた様な態度で、それでいて、今思えばマセガキと言う言葉が似合う女の子だった。

 

「この学校の生徒って何だか幼いし暗いよね」


 雪国の外れ、娯楽は無い。

 近くに歓楽街あるとは言え、栄えているそれは大人の世界の話。

 東京に比べれば雲泥の差だろうな。


「平石さんは東京から来たんだもんね、教えてよ。東京の事」


「平石?あぁ、私、苗字あんまり好きじゃないの、だからナオイで良いよ」


 娯楽が無い、つまり人との関わりしか、やる事が無い。

 そんな僕の地元では孤独になるか、人と関わるかしか選択肢がなかった。

 だから僕とナオイはよく話をしていた。

 東京関係なく彼女は色んな事を知っていた。


 ナオイの家は、この街の中ではお金持ちで、後から考えれば、歓楽街の店のオーナーか、もしくは権利があったんだろう。

 元々ブラックな仕事なのかも知れない。

 東京から札幌に来た理由も何となく分かる。


 更に言えばナオイにも問題があった。

 僕から見れば、彼女は協調性が無い。

 良く言えば変わり者、悪く言えば常識が欠けていた。

 善悪も曖昧で、学校のルールは守れない。

 自分ルールが強過ぎてそれを強要する。

 勿論、人間関係のルールなんて守れる訳ない。

 何よりも人を見下す悪癖がある。


 子供心に、親関係なくナオイは東京の小学校に居場所は無かったんだろうなと思った。

 勿論、札幌の小学校でも孤立した。


 ただ、僕は元々嫌われては居ないけど、友人も少なかった。

 放課後、家の手伝いがあったから。

 片親…シングルマザーで弟のスグルは入院続きの難病。

 子供は医療費がかからないと言っても、医療費以外はかかる。

 だからは母親は夜の仕事で、僕は家の事と弟の事で手一杯だった。


 父親はタクシードライバーだったが、スグルが生まれて事故ですぐに死んだ。

 僕らが生まれた時はたいそう喜んだそうだが、僕の記憶には居ない。

 だから父親を哀れむ気も憎む気にはなれない。


 元からこの環境に生まれたんだと、そう思っている自分がいる。


 ナオイも放課後は真っ直ぐ家に帰るので、遊ぶ事は無いから放課後何をやっているのか知らないけれど、学校では自然と一緒にいた。

 

 中学まではずっとそんな感じだった。

 ナオイは都会の事、綺麗な事、悪い事、色んな事を知っていたから僕はそれを聞いていた。

 態度が悪いナオイを皆は影で嫌っていたが、僕は不思議と嫌いになれなかった。


「僕の学力じゃナオイと一緒の高校は厳しいかもなぁ」


「もっと頑張りなよ。トオルがいた方が私も楽しいし」


 そんな言葉に一喜一憂してる自分もいて、この人とこれから先も一緒にいたいという感情が努力を結び、同じ高校に入学した。


 ナオイは高校でも帰宅部で、学校では浮いていた。

 家庭教師が付いて東京の大学に行く為に毎日勉強していると言っていた。

 

 高校に入って変化と言えば、放課後、都会の様に帰りにファーストフードとは言えないけど、地元の家の様な喫茶店に行くようになった。

 

 そこでいつもの様に、ナオイの話を聞く。

 僕は自分でも聞き上手になったなと思った。

 自分の話なんて大変だとか、辛いみたいな話しかない。

 だから僕から出す言葉は⋯⋯


――いつまでもナオイと一緒に居たいからさ、だから頑張るよ、勉強も、運動も。だから一緒に東京でさ…――


――そう?そっか、うん、分かってる。頑張って――


 自分の気持ちと相手への想い。

 高校、俺は彼女と一線を越えたいと思っていたし、ずっと一緒にいたいなんて思っていた。


――弟の事とか、お金の事とかあるから今はキツいけど…いつか付き合って欲しいな。ナオイの事、好きなんだ――


――トオルは私の事好きだったの?ふーん…私はさ……ん、同じかな?付き合おうか――


 ある意味必然だと思っていた。

 僕には彼女しかいないし、ナオイにも親しい仲の友人は居ないように見えたから。

 それに、彼女はこの街を、家を、出たがっていた。


 毎日は代わり映えの無いものだった。

 付き合っているのに何をする訳も無く、ナオイもまだ距離を縮めるのを嫌がっている様に見えたから。


 何となく、彼女はこの街から出るまでは誰とも距離を詰めないモノだと勝手に思っていた。

 だから⋯⋯この街から出れば何かが変わると本気で思っていた。




 あれはセンター試験前だったか、もう忘れたな。

 よくある話かも知れない。

 なんて事は無かったかも知れない。

 

 でも僕にとっては衝撃だったな。

 ナオイは家庭教師と駅前でキスをしていた。

 家庭教室かも分からない。

 垢抜けた、明るそうな男性とキスしていた。

 そして、とても楽しそうに笑った。


 それだけだった、僕が知ったのは。

 それだけで僕は何も出来なくなった。


 元から嫌われていたナオイだ。

 実は、噂はたくさん聞いていた。


 『繁華街で男と歩いてた』とか『ラブホから出てきた』とか、全部嫌われ者だから流される悪い噂だと思っていた。


 真実は分からない、でも噂と現実が繋がった。

 何も考えられなくなって、ナオイと話せなくなった。

 暫くして、ナオイとは一緒にいなくなった。

 俗に言う自然消滅の様なものだった。

 僕が何もしなければ、何も起きない関係だったと気付いた。


 受験も気付いたら終わってた、結果は不合格。


 高校卒業の頃には母親も弟の事でおかしくなって、酒に逃げた。


 母親の代わりに入院費を稼ぐために、結局高卒の僕は札幌の夜の街に行くしかなかった。


 あっという間に転落する。

 いや、元から落ちていたのかも知れないな。

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きっと、分かっていた事だった クマとシオマネキ @akpkumasun

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