赦しの光 ー京都の風によせて

king of living water

赦しの光 ー京都の風によせて

冬の京都。その静けさの中を包む凛とした冷たい風は、奈央の身体だけでなく、心にも染み入るようだった。息を吐くと白い霧となり、どこか確かめることもなく空へと溶けていく。


奈央の手には一通の手紙があった•••、少し色あせ、何度も折り返されたその紙は、彼女が長い間向き合うことを避けていたものだった。


[奈央へ。君を深く傷つけたことを本当に悔いている。]


それはかつての恋人、湊からの最後のメッセージだった。その短い一文が奈央の頭の中を占領し、まるで心を縛るように離れなかった。


あの別れから長い時間が経った。それでも奈央の中には、湊に対する憎しみが消えずに残っていた。どうしても呪縛のような感情を手放すことができないでいる。


それは湊との過去の些細な行き違いと、奈央自身の未熟さによる感情的な言葉のせいだった。いつしか、無意識に彼を責める心が自分自身をも追い詰めていたのだ。


奈央はその憎しみが、自分を蝕み、前に進めない原因であることをうすうす感じていた。しかし、それでも赦すということがどうしてもできなかった。


湊とは、京都の旅の中で出会った。奈央がまだ仕事にも自分にも疲れ、逃れるように向かった旅先での偶然だった。


その日、奈央は祇園の端にある石畳の美しい小路を歩いているところだった。そこで湊と軽い言葉を交わしたのがすべての始まりだった。


湊は穏やかで、人を包み込むような温かさを感じさせる人だった。旅先の時間はゆっくりと流れ、二人は互いに特別な存在となる時間を共有した。奈央にとって京都は、湊との出会いと思い出の象徴だった。


しかし、日常に戻り二人の関係は変化した。奈央の心には、湊が自分を真剣に見ているのだろうかという不安が生まれ、それがある日に爆発した。些細なすれ違いの中で、奈央は感情的になり、湊を責め立てた。


「あなたはいつも私の気持ちを後回しにしてる!ひとりで何かを抱えこんで、私に何も話してくれない!」


ふいを突かれた湊は、押し寄せる言葉に沈黙しか返せなかった。そしてその言葉に打たれたかのように背を向け、こう呟いた。


「ごめん……奈央。でも、もうこれ以上話し合うのも苦しい。」


その瞬間、二人の間の糸は完全に切れ、湊は去っていった。奈央は泣きながらその場に立ち尽くした。



奈央は、自分の中の変わらない憎しみを断ち切ろうと思い、再び京都を訪れることを選んだ。


かつての優しい思い出の場所が、何か違う景色を見せてくれるのではないか•••、どこかそんな曖昧な期待を抱いて。


歩き回るうちにたどり着いたのは、小さな石造りの教会だった。観光地とは少し離れたその教会は、外の冬景色の中にひっそりと佇んでいた。


奈央は心をひどく掻き乱されながらも、高い天井と光が差し込む祭壇に吸い寄せられるように、中へと足を踏み入れた。


中には、年配の牧師が腰をかがめて椅子を整えていた。奈央が気づかぬうちに立ち止まっていると、牧師は優しく微笑みながら言葉をかけてきた。


「どうされましたか。迷いがあるとき、人はこういう場所に足を運んでしまうものですよ。」


その言葉に奈央は不覚にも胸が熱くなった。どう答えればいいかわからず、ただ短く問いかけた。


「赦すって……どうやったら、できるんでしょうか。」


牧師は静かに椅子に座り、奈央へと話しかけた。


「赦しはね、まず自分の中の痛みを認めるところから始まる。あなたが傷ついたのなら、それは否定せずに抱きしめていい。

でも、赦すことは相手のためだけじゃなく、自分自身を解放するためでもあるんです。」


奈央はその言葉に耳を傾けながら、心が少しずつほぐれていくのを感じた。そして涙が一筋、頬を伝った。


京都を後にするころ、奈央は手紙をそっと川沿いに置いた。


「さよなら」


と呟きながら、冬の澄んだ風に吹かれるようにして静かに歩き出す。

その背中には、いつかまた明日の光が差し込むようだった。


(完)

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