攻めの防具
白猫商工会
攻めの防具
町の外れに、小さな鍛冶工房がある。
そこが、俺の仕事場だ。
もう若くはない。
いつの間にか、未来よりも過去を眺める時間のほうが増えていた。
けれど、情熱の形は一つじゃない。
岩窟のようなこの砦で、鉄と向き合う日々。
それだけは、今も変わらない。
いつしか、火に入れる前から形が見えるようになっていた。
お前は、そうなるために大自然から生まれ落ちた存在だ。
俺はただ、霊感に導かれるままに、一筋の火花を散らすだけでいい。
ほとばしる激情は、もう過去にある。
いまは、ただ声のままに。
防具というものは、生き延びるためにある。
それが第一だ。
当たり前の話だろう。
――けれど。
俺が作るのは、攻めのための防具だ。
前へ出るための翼。
退かないための、覚悟。
その矛盾に惹かれて、
俺はいまだに、この場所に張り付いている。
「攻めの……なるほどな」
背後で、老人がぽつりと呟いた。
うちの店に、立派なショーウインドウはない。
老人はふらりと入ってきて、商品を一瞥すると、今度は俺の手元を興味深そうに眺めている。
皺だらけの痩せ型の男。
だが、その目に宿る光は穏やかで――どこか深い。
見て楽しいかは知らないが、
見たければ、好きにすればいい。
しばらく放っておいた。
すると、いつの間にか椅子を引き寄せ、背後に腰を下ろしている。
なんとはなしに、途切れ途切れの会話が始まった。
「守りというのはな……心だな。
虚と実、静と動。
相反するものが、そこで一つになる」
俺は答えず、
ただ、わずかに口角を上げた。
そして、凹凸を整える。
厚みは均一ではない。かといって、ムラがあるわけではない。
そのあたりの手触りの妙は鎚を振るった歳月が教えてくれた。
そうして、曲線が生まれる。
背後から、「ほう……」と息が上がった。
「てっきり、型でもあるのかと思っていたがな」
老人の声に、淡々と答える。
「まあ、そのやり方も否定はしないさ」
俺の修行時代なら、
そんな横着をしようものなら、親方からヤットコが飛んできただろう。
だが、いまは違う。
いまだに職人の手触りだ、こだわりだ……などと。
分かってはいる。
それでも、これ以外の道はない。
とかく大量生産品が幅をきかせる時世だ。
なるほど、値段も手ごろ。
機能も悪くない。
だが、俺には――。
俺の作った防具に身を固め、
夢と希望に胸を膨らませて、
ダンジョンへ潜っていったあいつの笑顔が、
どうしても忘れられない。
つまるところ、それだけの話だ。
俺は立ち上がり、
出来上がったそいつをテーブルに置いて、伸びをする。
老人は目を細めて、尋ねてきた。
「完成……かな?」
首を回し、「あー」と応じる。
「ここから先は、彫金師の仕事だ。
昔馴染みの……そいつもたいがい、
金にもならない仕事ばかりやってるやつだが」
テーブルの上の水差しから、
コップに水を注ぎ、一気に飲み干す。
軽く息をつき、
額と首すじの汗を拭った。
「ただ、そういうやつじゃなきゃ、いけなくてな」
そして、また新たな鉄の塊を炉にくべる。
こいつも、何になりたいのか、
俺には分かっている。
「……ひとつ、もらおうか」
不意に背中へ、声が落ちてきた。
俺は目も手も止めずに答える。
「爺さんが? あんた――」
その年で冒険するのか。
そう言いかけて、
野暮な言葉を、喉の奥へ引っ込めた。
それも、覚悟……だな。
老人は代金を置くと、棚からひとつ手に取り、静かに通りへと消えた。
俺はまた鎚を振るう。
あの爺さんが使うのかは知らないが。
だが、俺の手によって本来の形を得たそいつが、翼を与えるなら。
それなら、それでいい。
そうだろう――
火花の先に、ダンジョンへと消えたあいつの顔が見えたような気がした。
俺の鍛えた、ビキニアーマーの記憶とともに。
攻めの防具 白猫商工会 @omiso8
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