異質な町~普通の僕らと異常なあなた~
@hakumaisaikou
第1話違和感だらけの町
子供の頃、肝試しと称して夜の学校に忍び込んだ。
仲のいいクラスメイト数名で。
目的地は職員室の奥に作られた校長室。
うちの学校は今時珍しいことに学校の怪談というものが存在した。
学校の怪談。
校長室に飾られた肖像画は夜になるとギョロギョロ何かを探すように瞳を動かす。
その噂が真実かどうか確かめる為に俺たちは忍び込んだのだ。
職員室の扉は年季が入っており、開けるにも相応の力を必要とした。そのうえ、開ける際にガタンガタンと音がする。
クラスメイトの内力自慢の少年が扉に手を掛けた。ガタンガタンと音を立てながら扉が開く。
仲間の一人がそっと中に入る。
俺たちも後に続く。
職員室には当然ながら誰もいない。警備員の人も見回ってはいない。田舎の小学校で空き巣の心配が少ないから態々雇っていないとまことしやかに囁かれていた。
教師も既に全員帰った後だろう。時刻は深夜の二時なのだから。
奥へと進み、校長室の扉を開く。
最後尾の奴が校長室の扉を閉めているのを視界の隅で捉えた。
この時の俺は退路を断つような真似はやめてくれと思ったものだが、そんなことを言えば俺が怖がっているのが、周りの奴にバレてしまうので言えなかった。
他の奴らは肖像画に視線を向けている。
俺もそれに倣い、肖像画に視線を向ける。
肖像画は――動かなかった。
視線もずっと俺達とは別の場所に向けている。当然だ。肖像画は動かない。
幽霊なんていない。誰かが適当に流した嘘っぱちの怪談。
それを暴いたことで得意げな気持ちになった――次の瞬間。
ガタンガタンと扉が開き、誰かが職員室に入ってくる音がした。
俺たちは校長室の机の下に隠れた。
けれど、足音は聞こえてこない。
勇敢なクラスメイトが校長室の扉を開き、辺りを見渡す。しかし、誰もいなかったようだ。手招きをしてくる。
「びっくりした。」「まぁ、古い学校だしな」「ほんと建て替えて欲しいよな」クラスメイト達が次々と息と共に苦言を吐く。
俺たちは職員室の扉をガタンガタンと開けて、学校を後にした。
これはそれだけの話。
けれど、お気づきになっただろうか?
職員室の扉が独りでに閉まっていることに、勿論、外から誰かが閉めた可能性もある。
けれど、警備員もいない学校で声もかけずに扉を閉めたのは一体誰なのか?
遅くまで残っていた教師の可能性もある。
けれど、もしかしたら…。
っと、ここまでの話で重要なのは実は心霊体験をしたかもしれない、ということではない。
このことに、俺だけが気づき他のクラスメイトが気づかなかったという点だ。
何が言いたい?と思われるかもしれないから単刀直入に言おう。
俺には霊感があった。
勿論、霊視や千里眼のような超常めいた力じゃない。
勘や虫の知らせと言われるような力、違和感を感じとる力だ。
俺はこれを霊勘と名付けたが、っとまた脱線だ。
霊勘を持っていた俺は面白半分で自分から違和感に飛び込み、…思い出したくもないくらい痛い目を見た。それ以降、違和感からは出来るだけ遠ざかりながら過ごしていた。いたのだが、両親の都合で引っ越した町が、これまた違和感だらけだったのだ。
それはもう、どうやって回避すればいいかも分からないほどに
☆☆☆
「え~、今日は転校生を二人紹介するぞ、皆仲良くするように」
(同じクラスに転校生が二人、違和感だ)
俺は黒板の前に立ちながら、隣の女子生徒に視線を向ける。
違和感だ。
人間じゃない、と仮定してもいい程の違和感。そもそも、同じ時期、同じクラスに転校生を配属させるなんてあり得るのだろうか?
別に一クラスしかない訳でもないのに。
俺は辺りを見渡しながら、席に着く。
明らかに危なそうな人間はいないが、警戒した方がいいだろう。
――。
この日は気を引き締めて、どっと疲れた状態で一日を終えた。
☆☆☆
放課後、大きくて気持ちのいい河川を通ったので、土出で横になった。
違和感もない。今日は疲れたし、河川に映る夕焼けに目を奪われながら、風にあたっても良いだろう。
「きっと、俺が死んでも、誰かが俺を憎んでも世界は綺麗なままなんだろうな」
そのことを凄く当たり前に感じて、とても心が安らぐ。
自分が何者にも囚われていなくて、生きていくのに一々資格なんて必要ないと実感できる。
どんなクソ野郎も生きていてもいいのだと安心できる。
俺が体を倒し、空を見上げると、一人の少女が視界に入ってきて、俺を見下ろしてくる。
転校生である。何故俺を見下ろしているのか、違和感だ。
「なにか?」
「…お前も特別な力を持っているようだ。我と比べれば微々たるものだが」
(一人称が我?
違和感だ)
俺はこの場を後にすべく、体を起こし、荷物を持って立ち上がろうとし――、
「あの、邪魔なんですけど」
「我の話がまだ終わっていない」
少女に通せんぼされた。
俺は少女の言葉を無視して横を抜けようとする。気持ちは、その筈だ。
けれど、何故だ?何だ?やはり、幽霊?怪異の類か?
体が思うように動かない。
「ふん、全く聞く耳を持とうとしないから、動きを止めたぞ?」
「一体何の用なんですか?」
「率直に言おう。我と共にこの町の異変に立ち向かわないか?」
なんだ、そんなことか。
「お断りします」
「まぁ、最後まで話を聞け、お前も気づいている通り、我には特別な力がある。その名も心霊帝眼、霊視の力の他、向こう側の力を引き出し、一部扱うことが出来る目だ。」
「はぁ」
さて、どうしたものか、はいと言うまで返してくれる気はないように見える。嘘でもはいと言うべきか?
彼女の心霊…目の力に限界があるのなら、暫く待っていてもいいかもしれない。
約束を反故に出来ない、なんて力があったら厄介だ。下手に返事はしたくない。
「さて?返事は如何ほどか?」
「…」
面倒だな。
面倒だ。
適当に返事をして帰りたくなるくらい面倒だ。
…けれど、違和感に飛び込むのはもっと面倒だ。
「…悪いけど断るよ。俺の意見は変わらない。
このまま明日の朝まで我慢比べ、する?」
「むむ、困った。相棒枠にお前を選んでやったのだぞ」
勝手な奴。
「相棒なら別の奴をあたってくれ」
「しかしなぁ、他に霊能力を持つ者はうちのクラスにいなかったのだがなぁ」
俺と少女が睨みあう。
面倒だ。
早く折れてくれ。
段々と睨みあうのすら面倒になり、目を瞑り、世界をシャットアウトしようとして――、
「お~い!」
遠くから聞こえてきた声に瞳を開けた。
誰だ?
俺は転校生だ。知り合いもいない。目の前の少女も転校生友達はいない、筈だ。
今日作った可能性もあるか…。
声を掛けてきたのは少女だ。
黄色のショート
転校生の少女を見ていた。
「彩目真名ちゃんだよね?私も実は転校生なんだ」
「ふむ、そうか、だが、「名前は赤木陽菜!」
「う、うむ、そうか、しかしな陽菜、今はこの男と重要な話があってな」
「私の話も重要だよ!だって私、私!!真名ちゃんに一目惚れしちゃったんだもん!」
「は?」
拘束が解けた。
今なら逃げられるな。
赤木に感謝すべきか?
だけど。
(
…まぁいい、面倒ごとに巻き込まれる前にさっさと帰らせてもらおう。
「胸が張り裂けそうなほど好きなの!女の子同士だけど、そんなのこの愛の前には関係ないよね!」
「い、いや、ちょ、ちょっと待て!」
彩目真名の困惑した声と、赤木陽菜の興奮した声が聞こえてくるが、それらを無視して土手を登る。
俺には関係のない話――、
「ちょっと待て!七星空!」
「…」
俺を呼び止めようとする声、それを無視して、しようとするが、また摩訶不思議な力で俺の動きを止める。
「私の話は終わってないぞ!私の相棒になれ、七星空」
「相棒なら私がなるよ!真名ちゃん!」
「お前はちょっと黙っていてくれ、赤木陽菜!」
俺は唯一動く首を動かし、彩目真名を睨む。
「さっきも言ったがお断りだ。そもそも、なんでお前はこの町の異変を解決しようとしてるんだ?」
「む?そんなの特別な力を持っているからに決まっているだろう?
ノブレスオブリージュ。持つ者の義務さ。それに私にはこの平穏は退屈過ぎる。もっと死と隣り合わせのスリリングな非日常を味わいたいのさ」
「…ああ、成程」
(こいつは昔の俺と同じだ。
自分が特別な力を持っているからそれを使いたくて仕方がない。自分が特別な存在であると証明したい。
まぁ、つまり中二病だ)
「…それなら、赤木に頼めよ。俺はそんな面倒ごとには首を突っ込まない」
「む、勿論特別な力があれば陽菜でも良かったが、彼女は普通の女の子だ。」
(普通?
違和感だ)
俺は赤木陽菜に視線を向ける。
俺と話すために俺の近くまで登ってきた彩目真名の後をついて土手を上がってきた赤木陽菜。彼女が彩目真名の肩を掴んでいる。
直談判でも初めるのだろうか?
そう思った直後。
ドンっと赤木陽菜が彩目真名を押した。軽くじゃなく、思い切り、押した。
彩目真名は土手を転がり落ちる。けれど、勢いはそれでも止まらない。地面の終わり、河川へと身を乗り出した。
彩目真名の意思とは別に彼女の体が河川へと吸い込まれていった。
ぼちゃんと体が沈む。
直ぐに顔を出したようだが、手をジタバタと動かしている。
泳げないのだ。
彩目真名の拘束が解けた俺は思わず赤木陽菜を睨みつける。
「なんてことを!」
「ふふっ!真名ちゃん喜んでくれてる!私、真名ちゃんに死と隣り合わせの非日常をプレゼントしたよ!
…で、でも、ど、どうしよう。この後べ、ベッドに誘われちゃったら!
だ、駄目だよう。まだ早いよう。最初はもっとお互いのことを知ってからじゃないと」
駄目だ。赤木陽菜には彩目真名を助けに行く気がない。俺のことも見えていないし、彩目真名が死にかけているのも、分かっているのかどうか、溺れている彼女をジッと見てはいるものの、何を考えているのかが皆目見当もつかない。
俺はブレザーを脱ぐと、それを持って河川ギリギリまで走る。
まだそこまで流されてはいない。
ブレザーをロープ代わりにすれば引き上げられる筈だ。
「掴め!」
俺の意図を察した彩目真名はブレザーを掴む。
俺は思い切り、それを引っ張る。
軽い。
予想以上に。まるで羽だ。
「た、助かったぞ!」
ゲホゲホと咳き込みながら、彩目真名は礼を言ってくる。
「真名ちゃ~ん、褒めて~」
まるで、主人を前に走り寄る犬のように彩目真名に駆け寄る赤木陽菜。
それを、彩目真名は睨みつけるが、本人はどこ吹く風だ。
「ね、ね?どう、私なら真名ちゃんにスリリングな毎日を届けてあげられるよ?私を相棒にしてみない?
勿論、一足飛びに恋人でも私は全然いいけどね!」
赤木陽菜はその美しい容姿を更に際立たせる満面の笑みを咲かせる。
けれど、言っていることは滅茶苦茶だ。
普通、こんな誘い文句、誰も乗ってこない。誰もが分かることだ。
ただ、誰もが分かるということは――、
「……は、良かろう。だが後悔するなよ」
特別を求める彩目真名は確実にこの提案を乗ってくる。
ここまで、計算づくならとんでもない悪女だ。赤木陽菜という人間は。
まぁ、どっちでもいい。
俺には関係のない話だ。
この赤木陽菜という人間に違和感がある。
彩目真名は違和感に飛び込む馬鹿、お似合いだ。
もう、俺には関係がない。
二人で楽しく異変とやらに飛び込んで欲しいものだ。
それで、この町を渦巻く違和感が消えるのなら良いこと尽くめだな。
「ただし!一つ条件がある!」
「な~に?真名ちゃん」
「私は、我は!七星空も得難い人材だと思っている。
故に二人を相棒にして、真にどちらが、相棒に相応しいか決めたい。因みに、七星が辞退した場合は七星の勝利とする!
だから、真名の最初の仕事は七星を頷かせることだ。」
は?
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