風鈴
壱原 一
何かと悩み事が重なり、偶然見た旅行ブログを参考に、仏教系の精神修養を行える単身貸し切りの宿泊施設を訪れた。
還俗したお坊さんの晩年の隠居所だったと言う和風の邸宅で、
大きな
特に板の間を背にして正面左右に
3日もすると大分気持ちが
滞在後半、緑深い
角を折れると濡れ縁の床板は途切れ、池の水面に擦り替わり、横は板の間の外壁で、上に風鈴を吊るした軒が張り出す造りである。
果たして身を乗り出し覗き込むと、意外や縦にこんもりと陰りがある。生い茂った枝と思われた所、見れば首を吊られた人だった。
軒天から首を吊られている。
首を吊られて揺れている。
薄紙か靄の如くぼんやりと、有るか無きかの微風に吹かれ、仄かに揺れているのだった。
顔はくたりと下を向き、首は伸び、肩は落ち切っている。
着物らしき服の裾の奥から、一筋、
覗き込んだ顔を上へ向けると、下向きの死に顔と行き合う。
暗然と
死んでいると得心した時、穏やかに緑風がそよいで、吊られた人が揺れた口から耳慣れた音が鳴った。
澄んだ鋳物の風鈴の音。
去り際、吊られている人の真下の池の底の方に、吊られた人に両腕を伸べ、渋面で目を閉じる人が居ると気付く。
切々と水面を掻き寄せて、険しく厳しい顔をして、押し上げて救わんとしているのか、引き下げて絶やさんとしているのか、どうとも判じられないが、並みならぬ情念には違いない。
去り
*
浮き沈みは人の世の常、以来、
濡れ縁で風鈴を眺めて、清しい音を聞いていると、段々心が凪いでくる。
終.
風鈴 壱原 一 @Hajime1HARA
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