元・無能令嬢、スキルが覚醒したので 私を金ヅルにしていた婚約者へ “強制取り立て” いたします! ——リボ払いで返せない?そんなの知りません。

@baudayo

元・無能令嬢、スキルが覚醒したので 私を金ヅルにしていた婚約者へ “強制取り立て” いたします! ——リボ払いで返せない?そんなの知りません。

 この国では、人は皆ひとつずつ、「スキル」と呼ばれる不思議な力を持って生まれてくる。

 そしてその力は大抵、家系や血筋となんらかの関わりがあると言われている。


 例えば、王都騎士団長のスキルは《炎剣》。

 抜いた剣に炎を纏わせ、竜の鱗すら焼き切るという、いかにも英雄らしい力だ。


 その息子のスキルは《火球》。

 手のひらから火の玉を撃ち出して敵を吹き飛ばす、これまた派手な攻撃スキルで、今は前線部隊のエースをしている。


 王城の侍女頭は《完全染抜》。

 どれほど頑固なシミでも、ひと撫ですれば瞬く間に消える。王妃様のドレス担当になってからというもの、侍女頭の家はちょっとした成金並みに潤っているらしい。


 そんな風に、この国ではスキルと生活が密接に結びつき、特に貴族にとってスキルは「価値そのもの」だった。


 ――にもかかわらず。


「……スキル、未発現ですね」


 十歳の誕生日。

 王都の大神殿で行われた「スキル覚醒の儀」で、神官にそう告げられたときの沈黙を、私は今でも忘れない。


「そんな、ばかな……」


「判定に誤りはないのですか?」


 父と母の震えた声。

 もう一度、光の陣に立たされたが、結果は変わらなかった。


「魔力の流れ自体は正常です。ただ、現時点で“スキルとしての形”を取っているものが見当たりません」


「後から発現する、ということは?」


「まったくないとは申しませんが、極めて稀です」


 父はオルティス公爵。スキルは《期待値可視化》。

 投資を行えば、その案件のリスクとリターンが、色と数字になって見えるのだという。


 兄は《超計算》。

 国庫の帳簿を一目見ただけで矛盾を見抜き、複雑な財政案を瞬時に組み立ててしまう。既に財務局に入り、次期財務大臣候補と目されている。


 母は騎士団長の妹であり、《ファイアドラゴン召喚》のスキル持ち。

 炎の精霊を竜の姿にして呼び出し、戦場に灼熱の奔流を走らせる。幼い頃、一度だけ小さな竜を見せてもらったことがあるが、恐ろしくて泣き出してしまい、それ以来封印されてしまった。


 実務系と戦闘系のスキル持ちの婚姻は前例がなく、父の親族はこの結婚に猛反対したらしい。それでも二人は、愛ゆえに結婚したのだと、父は照れくさそうに話してくれた。

 そんなスキル自慢の家系で――

 私だけが、「スキルなし」。


「……私のせいだわ」


 儀式の帰り道。

 大神殿の回廊の柱陰で、母が誰にも聞こえない小さな声でそう呟いたのを、私は聞いてしまった。


「戦闘系と実務系の血が混ざってしまったから……私がちゃんと産んであげられなかったから……。アメリアのスキルが歪んでしまった……」


(違うのに)

 喉の奥まで出かかった声を、飲み込む。


(悪いのは、私が“スキルなし”なことなのに)

 胸の奥がきゅっと痛んだ。


 その日から、私は心に決めた。

――自分が無スキルであることで、これ以上家族を苦しませない。ちゃんといつも笑顔でいるんだ。

 せめてそのくらいしか、私にできることはないのだから。


*****


「アメリア、今日は来てくれて嬉しいよ」


 柔らかな金髪をかき上げながら、エドガー様は微笑んだ。

 伯爵家の嫡男。スキルは「魅力」。視線を向けた相手の好意をほんの少しだけ、自分に傾けることができる。

 ほんの少し――なのだが、ほんの少しを積み重ねれば、彼の前では誰もが好意的になる。令嬢たちは皆、彼の笑顔に頬を赤く染め、侍女たちですら彼の頼みを断れない。


「スキルなんてただの飾りだよ。アメリアはアメリアであることに価値があるんだ」


 最初の顔合わせの時、彼はそう言って笑った。


 そんな彼と婚約が決まったとき、私は心の底から喜んだ。

 スキルなしの公爵令嬢でも、こんな素敵な方に選んでいただけた。


 ――そう思っていた。あの頃は。


「ちょっとした投資話があってね。必ず増やして返すから、少しばかり資金を貸してもらえないかな?」


 笑顔のまま、彼は当然のように言う。

 最初は、本当に「少し」だった。舞踏会用の新しい燕尾服が欲しい、友人に贈るワインの代金を一時的に立て替えてほしい……そんな程度。

 私も、婚約者としてそのくらいなら、と財布を開いた。


 エドガー様は律儀に、簡易的な「借用書」を書き、利子まで約束し、一部を返済してくれることもあった。

 だから、気づくのが遅れたのだ。


 彼の交友関係が変わりはじめたことに。

 夜会での姿が減り、代わりに、場末の賭場に出入りするようになっていたことに。

 そして何より――私自身への視線が、変わり始めたことにも。


「オルティス公爵令嬢って、知ってる?」


「エドガー様を“お金で買った”って、もっぱらの噂ですわよ」


 学院の中庭。

 昼休み、噴水の陰で休んでいると、視界の端で令嬢たちがひそひそと囁き合っているのが見えた。


「スキルなしだから、魅力スキル持ちを金で囲っているって」


「エドガー様も可哀想よね。“公爵家”っていう鎖に繋がれて」


「解放して差し上げるべきよ」


 わざと聞こえる声量だ。

 私がゆっくり立ち上がると、令嬢たちはびくりとして、すぐに立ち去った。


 別の日には、

『エドガー様を解放して差し上げて』

『お金で婚約者を縛るなんて、汚いですわ』

そんなことが書かれた手紙が匿名で届いたこともある。


(汚いのは、どちらでしょうね)

 心の中でだけ、そう反論する。


 両親には、言えなかった。

 母はきっと自分を責める。

 父は怒り、伯爵家に正式な抗議を行うかもしれない。

 そのどれも、望んでいなかった。


 だから私は、今日も笑ってやり過ごす。


*****


 その日、私は夜会に出ていた。

 煌びやかなシャンデリアの下、音楽が鳴り響く中――私は少し疲れて、バルコニーで風に当たっていた。


「まぁ、オルティス公爵令嬢様」


 背後から、聞き覚えのある声がした。

 振り向くと、淡いピンクのドレスに身を包んだ男爵令嬢が立っていた。

 彼女は最近、エドガー様と親しくしていると噂の人だ。


「先ほどは、エドガー様とご一緒でしたわね」


「ええ」


 彼女は夢見るように目を細めた。


「……エドガー様って、本当に素敵な方ですわよね。私、ずっと前から憧れていたんです」


「そうですか」


 扇子の陰で、私は微笑みを作る。

 男爵令嬢は一歩踏み出し、私に近づいた。


「エドガー様は私にこうおっしゃったの 『アメリアとは政略で決められた婚約だ。僕が本当に愛しているのは、別の人だ』って」


 心臓が、ぎゅっと掴まれたように痛む。


「別の人、とは」


「あら、そんなこともわからないの?」


 彼女は頬に手を当て、ほんのりと赤く染まった頬を見せつけてきた。


「――私のことですわ。“運命の人だ”と仰ってくださったんですの」


(運命の人)

 思わず、その言葉を心の中で繰り返した。


「ですから、オルティス公爵令嬢様」


 彼女は、ふっと笑みを深める。


「そろそろ“解放”して差し上げては? エドガー様は、お金や地位で縛れるような方ではありませんもの」


「…………」


 言葉が出なかった。

 彼女が去ったあとも、夜会の喧噪は続いていた。

 エドガー様は、何事もなかったように笑顔でダンスをし、社交の中心に立っていた。


(本当に、私との婚約を……そう言っているの?)

 黒い感情が、胸の奥で渦を巻く。

 でも、家に帰っても、そのことを誰かに打ち明けることはできなかった。

 心配させたくない、何も壊したくない。


 だが疑問は、少しずつ、しかし確実に膨らんでいく。

 その疑問が臨界点に達したのが、あの日だった。


*****


エドガー様は、明らかにいつもと違う顔で公爵家に現れた。

髪は乱れ、首元のボタンもいくつか外れたまま。

香水の匂いに混じって、酒と煙草と、どこか焦げ臭い匂いがする。


「……エドガー様」


応接室に通すより先に、思わず声が硬くなった。


「お顔色が優れませんわ。お加減でも」


「そんなことはどうでもいい」


 彼は手を振って遮る。


「それより――三千万ルク、貸してくれ」


「…………」


 耳を疑った。


「さ、三千……?」


「三千万ルクだ」


 彼は額を押さえながら、まるで当然のことのように言う。


「大きな勝負どころが来ている。ここで張れば、今までの損も全部取り返せる」


 スキルなしとはいえ、私にも分かる。

 その言葉が、破滅する人の常套句だということくらい。


「申し訳ございません、エドガー様」


 私は、両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。


「もう、私の個人資産からお貸しできるお金はございません。これ以上は――」


「は?」


 彼の目が、露骨に苛立ちを帯びる。


「君、公爵令嬢だろう? オルティス家の金庫を開ければ、それくらいどうということはないはずだ」


「家の財産は領地の人々のためのものです。私の独断で動かせるものでは――」


「なら兄上を動かせばいい」


 テーブルをドンと叩く音がした。


「お前の兄は財務局にいる。国庫の鍵のひとつやふたつ、どうにか――」


「エドガー様!」


 思わず、声が鋭くなった。


「それは、国に対する裏切りですわ」


「大げさだな」


 彼は鼻で笑う。


「元はといえば、君たちの家の金だろう? 君の父上がうまくやっているから、王国の財政は回っている。少しくらい前借りしたって――」


「そんなこと、できるわけがありません」


「できるさ。君は“僕を愛している”んだろう?」


 彼は、愉快そうに笑った。


「ああ、それとも……愛しているのは僕じゃなくて、“婚約者という肩書き”のほうかな? スキルなしの君をもらってくれる男なんて、そうそういないからな」


「違いますっ……!」


胸の奥で、何かがひび割れた音がした。


「…エドガー様」


私は、握りしめた手を膝の上でぎゅっと握る。


「エドガー様だって、浮気を、なさっているのでしょう?」


沈黙。

わずか数秒が、やけに長く感じられた。私は、バルコニーでの会話を思い出していた。


「こないだの夜会でご一緒だった男爵令嬢が、『エドガー様は私の運命の人』と仰っていましたわ。『政略婚約の婚約者より、自分を真に愛してくださっている』とも」


彼の肩がぴくりと震えた。


「私は、あなたを金で繋ぎ止めている悪徳令嬢なのだそうです。エドガー様を解放してくれと……はっきり、そう言われました」


「……あの女、余計なことを」


ぼそりと吐き捨てるような声。


「はぁ……仕方ないだろう?僕はモテてしまうんだ。君だって知っているはずだ、『魅力』のスキル持ちだって。」


「婚約者がいながら、ほかの令嬢に『愛している』と囁くのが、仕方のないことだと?」


「――婚約破棄、してもいいんだぞ?」


 ふいに、彼の目が冷えた。


「前から思っていた。金づるとしては優秀だが、嫁にするにはつまらない女だ。スキルなし。取り柄もない。顔だって、せいぜい多少整っている程度」


「…………」


 ひとつひとつの言葉が、刃となって胸に突き刺さる。


「君みたいなのをもらってくれる男なんて、他にいないだろうけどな」


「……そうですわね」


視界がにじむ。


「ですからこそ、私はあなたを大切にしようと……」


「なら金を出せよ」


 即答だった。


「今まで通り。いや、それ以上に。君の家の金で僕を守れ。それが“スキルなし”の君にできる唯一のことだろう」


 一瞬、視界が白く染まる。


(ああ、この人は)

 十年間、必死に守ろうとしてきた想いを。

 両親に心配させたくなくて笑って飲み込んできた悔しさを。

 「スキルなし」という烙印に耐えてきた時間を。

――こんなふうに踏みにじるのだ。


「……今まで、お貸ししたお金」


 喉の奥が焼けるように熱い。

 それでも絞り出す。


「返していただけますわね」


 エドガー様の眉が、面白そうにぴくりと動く。


「借用書も残っております。総額、一千五百万ルク。利子は、その都度お約束した通りに」


「ははっ」


 彼は、心底おかしそうに笑った。


「何を言い出すかと思えば。貴族が身内の間でやり取りした金を、本気で返せと言うのか?借用書も正式なものではないし。君、本当に空気の読めない女だな。――さすが、スキルなしの”無能令嬢”だ」


 その言葉を最後に、世界がぐらりと傾いた。

 熱が頭のてっぺんから足先まで駆け抜け、視界が暗く染まっていく。


(もう、いい)

 もう、謝らなくていい。

 もう、我慢しなくていい。

 ――返して。

 ――私から奪ったもの、全部返して。


*****


 胸が焼けるように痛くて、息をするたびに熱を吐き出している気がした。

 どろりとした暗闇の底で、誰かが泣いている。


 母だろうか。

 違う、幼い頃の私だ。

 スキルがないと告げられた日。

 みんなの期待を裏切ったと、自分を責めた日。

 ――もう嫌だ。全部、嫌。


 そのとき。


『――だいじょうぶ?』


 ふわりと、柔らかい声が聞こえた気がした。

 目を開けると、視界いっぱいに、毛むくじゃらの塊があった。


「……え?」


 丸い体。短い手足。黒いビーズのような瞳。

 頬袋がぷくぷくと膨らんだ、茶色い小動物。


「……ね、ネズミ……?」


『ネズミじゃないよ。ハムスター』


 甲高い、けれどどこか愛嬌のある声が、耳に届いた。


『びっくりした? でもね、もう大丈夫だよ。君は、ちゃんとスキルを持ってるから』


 その瞬間、胸の奥で何かがぱちん、と弾けた。

 熱が、どんどん引いていく。


「あなた……誰?」


 問いかけると、小動物はほっぺをぷくっと膨らませた。


『ボクは、君のスキルの具現化。名前は……そうだな。君が決めてよ』


「……じゃあ」


 思わず、口からこぼれた。


「モフ……で、どうかしら?」


『もふ! いいね、それ!』


 ハムスター――モフは、嬉しそうに跳ねた。


『じゃあモフは、今日からモフだよ。よろしくね、アメリア』


「なぜ、私の名前を」


『スキルだから知ってるよ』


 なんとも雑な理屈だが、不思議と納得してしまう。


「私に……本当にスキルが?」


『あるよ。ちょっと変わった、ちょっとえげつないやつ』


 モフは、ぺたりと私の胸元に乗り、その小さな手でトントン、と叩いた。


『君のスキルの名前はね――』


 ハムスターとは思えないほど、瞳がぎらりと光る。


『“強制取立て”』


*****


「強制……取立て……?」


 何度聞き返しても、言葉の意味を脳が拒否する。


『そう。君の正当な債権を、絶対に取り立てるスキル』


「……どういうことか、説明していただける?」


『うん。簡単に言うとね』


 モフは、前足でぺちぺちと空中を叩いた。

 すると、光でできた板がふわりと現れる。そこには、エドガー様の名前と、これまでの借金の明細がずらりと並んでいた。


『これが、いま君が持っている債権の一部。簡易的だけど、ちゃんと借用書を作っていた君、えらい』


「……それは、エドガー様にお貸ししていた…」


『そう。君は、“貸したものは返してほしい”って本気で思った。あの瞬間に、スキルが形になったんだ』


 奪われてきたもの。

 お金だけではない。

 婚約者としての信頼。

 社交界での評判。

 家族に心配をかけないために、飲み込んできた本音。


『このスキルはね、返済を“強制”できるスキルだよ』


「返済を強制……?どういうこと?」


『君が、“これは正当に返してもらうべきものだ”って認識した債権に対して、相手から必ず返済させる。返せる範囲で、収入や資産から優先的に“天引き”していく感じ』


「…天引きって…その…利子…とかは…?」


『設定可能だよ!』


 即答だった。


「取り立て方は柔軟。毎月一定額を引き落とす“リボ払い”とか、一括でドカンといくとか。ただし、“あまりに不当な条件”を君が良心的に嫌がると、ボクは動かない」


「私の倫理観がブレーキになっているってこと?」


 モフはうんうんと頷く。


「……さっき言ってた、りぼ、ばらい?って?」


『毎月、一定額の返済をさせる仕組み。本来なら、便利な制度だよ? でもね、このスキルで結ばれたリボ払いは、ちょーっとだけ、利率が高い』


 モフは、にこにこと笑っている(ハムスターが笑っているように見えるのだから不思議だ)。


『返済のためのお金がなければ、資産や立場、信用を切り崩してでも賄われる。どうしても足りなければ――』


「足りなければ?」


『そいつの人生から、等価のものが削られていく』


 ぞくりと背筋が震えた。


「……それは、呪いではなくて?」


『違うよ。“正当な取り立て”だ。君には、貸したものを返してもらう権利がある。ボクはそれをちょっと強めに手伝うだけ』


「……強めに、ですのね」


 苦笑すると、モフは『えへへ』と笑った。


「対象はあるの?」


『“実際に貸し借りが発生しているもの”だけ。相手に無理やりサインさせたような契約書を元に“さらに搾り取る”のは、ボクの守備範囲外だよ。あくまで、“返ってくるべきものを返させる”だけ』


 モフはそこまで言って、ふと私を見上げた。


『さっきの伯爵の坊ちゃんへの貸付は、典型的な正当債権だね。借用書もあるし』


「……もし、私が“もういい”と諦めたら?」


『契約は解除される。だから、使うも使わないも、君の自由だよ』


 モフはころんと転がり、私の掌の上で丸くなった。


『ねえ、アメリア。君は、どうしたい?』


 どうしたいか。

 そんなもの、決まっている。


「……返して、もらいたいわ」


 私は、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「私の金銭も、評判も、今まで笑ってごまかしてきた侮辱も。全部」


『うん』


 モフの瞳が、闇夜の星のように瞬く。


『じゃあ、取り立てに行こうか』


*****


 数日後、私は王都大通りの喫茶室でエドガー様と会った。


「アメリア。こんな庶民の店で会おうなんて、どういう風の吹き回しだい?」


 半笑いで席につく彼に、私は丁寧にお辞儀をした。

 胸の上では、モフがちょこんと座っている。

 エドガー様にも、その姿は見えているらしい。


「……なんだ、その毛玉は」


『毛玉とは失礼だなぁ』


 モフがほっぺをふくらませる。


『ボク、モフ。よろしく』


「しゃ、喋った……? 召喚獣か何かか?」


「私のスキルですわ」


「スキルだって……?ようやくお前にもスキルが発現したのか。ーーにしても、どんなものかと思えば……ハムスター召喚?そんなもの、何の役に立つんだ?」


『なんかムカつく』


 モフが小声でつぶやいた。


「エドガー様」


 私は、そのまま表情を崩さずに続ける。


「今日は、今までのお話の清算に参りましたの」


 私は丁寧に借用書を並べる。


「こちらがそれぞれの日付と金額。合計一千五百万ルク。こちらが、あなたの署名と印」


「……」


 エドガー様は、しばらく紙から目を逸らさなかった。


「しかしだな、アメリア。これはあくまで身内同士の好意の貸し借りだ。そこまできっちり返す必要が――」


「では、これからは正式な契約にいたしましょう」


 私はあらかじめ準備しておいた契約書を取り出す。


「今までの借金をまとめて、一つの“返済契約”に。あくまで“お優しい条件”でございますわ。毎月、一定額の支払い。期間も余裕を持たせました」


 モフが、小さな前足で契約書をぺちぺちと叩く。


『ここにサインすれば、法的にも“返済義務”が明確になるよ。ボクとしても、そのほうが動きやすいな』


「ふざけるな」


 エドガー様の顔がさっと赤くなる。


「こんな契約、結ぶわけがないだろう! 公爵家が伯爵家を潰すための罠だ。そんなもの――」


「では」


 私は、静かに彼の目を見つめた。


「今ここで、エドガー様ご自身の口から『借りたものは一切返さない』と宣言なさいますか?」


 周囲の客たちが、ざわり、と空気を揺らした。

 入り口近くの席で新聞を読んでいた紳士が、こちらに視線を向ける。

 窓際でお茶を飲んでいた夫人たちも、扇子の陰からこちらを覗いている。

 狙い通りだ。

 ささやかながら、証人を用意するために、この場所を選んだのだから。


「……君」


 エドガー様は、歯噛みするような表情になった。

 

「脅しているのか?」


「いいえ?」


 私は首を傾げる。


「ただ、お貸ししたものを返していただきたいだけですわ。それとも、返すおつもりがないと皆様の前で――」


「分かった! 分かったよ!」


 椅子をきしませて立ち上がりかけた彼は、慌てて座り直した。


「返せばいいんだろう!? その契約書を寄こせ」


 乱暴にペンを掴み、名前を書きつける。


「ここにサインすればいいんだな!?」


「はい」


 私は心の中で、そっとモフの名を呼んだ。

(モフ)


『了解』


 テーブルの下から、茶色い影がぴょん、と飛び乗る。


『確認っと……正当な債権、契約の内容も妥当。――《強制取立て》、発動』


 モフが契約書をちょん、と叩くと、薄い光の鎖が紙から伸び、エドガー様の胸元に絡みついた。


「……っ!」


 彼がわずかに肩を震わせる。


「どうかなさいました?」


「い、いや……なんでもない」


 彼は胸元を押さえ、深く息を吐いた。


『これで、毎月の返済義務が“世界のルール”の一部に組み込まれたよ』


 モフが、私の耳元で囁く。


『払えるあいだは、ちゃんとお金から。払えなくなったら、資産、土地、名誉……そういうのからも“削られていく”』


 (あとは、彼次第ね)

 私は静かに紅茶を口に運んだ。


*****


 当然のように、エドガー様は返済をしなかった。

 最初の一、二ヶ月は、渋々ながらも振り込みがあった。

 しかし、やがてその額は減り、ついには途絶えた。


「ちょっと計算が狂ってしまってね。来月まとめて払うよ」


 そんな言い訳ばかりが届く。


『さて、と』


 ある夜、モフが窓辺でひげをぴくりと動かした。


『ちょうどいいタイミングだし、見に行ってみる?』


「どこへ?」


『賭場』


 王都の裏通りにある、貴族御用達の“会員制遊興場”。

 エドガー様が頻繁に出入りしていると噂の場所だ。


 その夜、賭場は大いに盛り上がっていた。

 ルーレット、カード、サイコロ。

 金貨と紙幣が飛び交い、酒が注がれる。


「エドガー様、さすがですわ!」


「今夜も連勝ですね!」


 テーブルのひとつで、彼は誇らしげに笑っていた。

 今日は運がいいらしい。

 積み上がったチップの山を見て、取り巻きの令嬢たちが黄色い声を上げている。


「ここで何をするの?」


『大丈夫。君はここで。ボクが行ってくる』


モフはするりと人々の足元をすり抜け、エドガー様の足元へ。


『……さて。返済期日は、とっくに過ぎてる』


 小さな前足が、チップの山をちょん、と叩いた。

 その瞬間――


「……あれ?」


 エドガー様が目を瞬かせる。

 目の前のチップが、ぽろぽろと崩れ始めたのだ。

 紙幣に姿を変え、次の瞬間には煙のように消えていく。


「ちょっ、ちょっと待て!」


「な、何だこれは……?」


 ディーラーが慌てて帳簿を確認する。


「お、おかしいですね……。控えには、そもそもそんな大勝ちの記録が――」


「そんなはずはない!! 見ていたはずだ、今さっき……っ!」


 取り巻きの令嬢たちがざわめく。


「エドガー様?」


「まさか、イカサマじゃ……?」


「違う! 僕は、僕は……!」


 その夜を境に、奇妙な噂が広まった。


「グレイソン伯爵家の坊ちゃん、賭場で勝った金が全部消えたらしいわよ」


「しかも、それからというもの、何をやっても“現金”が手元に残らないんですって」


「借金の返済に追われているそうよ。“公爵家から借りた金”だとか……」


 彼の遊興費は、すべて《強制取立て》に吸い込まれていく。

 帳簿上は「借金の返済」として処理され、賭場側にも一銭も残らない。

 やがて、賭場からも出入りを拒まれるようになったという噂も聞いた。


『リボ払いだからね。元金が減らないように組んでるから、返済しても返済しても、なかなか減らないよ』


 モフは嬉しそうに言う。


『でも安心して。破綻しそうになると、勝手に“整理”が入るから』


「整理?」


『うん。不要なものから順に、売却・手放し・格下げ。例えば――』


 モフが尻尾で空中をくるくるとなぞると、そこに小さな映像が浮かび上がった。

 エドガー様の屋敷。

 庭園の噴水が撤去され、宝石がちりばめられていたシャンデリアが外される。

 高価な絵画が次々と壁から外され、荷馬車に積み込まれていく。


『贅沢品、次に趣味の品。どうしても足りなければ、爵位の格下げや縁談の破談なんかも“換金対象”』


 映像の中で、伯爵が顔を真っ赤にして怒鳴っていた。


『お前のせいで家が傾くのだ!』『なんということをしてくれたのだ、愚息め!』


「……少し、やりすぎではなくて?」


 さすがに、私は眉をひそめた。


『えー? でも、貸した分をきっちり返すだけだよ?』


 モフは小首をかしげる。


『君が「もういい」と言えば止まるけど、止める?』


「……」


 映像の中のエドガー様は、己のスキル「魅力」が効かなくなったと嘆いていた。


『最近、誰も俺の頼みを聞いてくれない!』


『あなたの魅力なんて、とっくに薄れていたのよ。今まで周りが忖度していただけ』


『もう、うちの娘に近づかないでください』


 彼の魅力は、“余裕”と“自信”があってこそ輝くスキルだったのだろう。

 財産も地位も失い、醜態を晒す彼に、取り巻きは誰ひとり残らなかった。

 胸のどこかが、少しだけ痛んだ。

 かつて憧れた面影が、ほんのわずかに残っていたからかもしれない。

 けれど――


「私は、何度も止める機会を差し上げたはずですわ」


 ぽつりと呟く。


「ギャンブルをやめてくださいと。お金を返してくださいと。浮気はやめてくださいと。婚約者として向き合ってくださいと。それでも、聞こうとしなかったのはあの方です」


『……そうだね』


 モフは、私の指先に頬をすり寄せた。


『君は、やるべきことをやった。だからこれは”正当な清算”だよ』


 不意に、胸の奥の重石が少しだけ軽くなった気がした。


*****


 エドガー様の没落劇は、社交界を瞬く間に駆け巡った。

 借金まみれで爵位を守れなくなったグレイソン伯爵家は、王家の監査を受けることになり、その過程で、エドガー様が裏賭博組織と繋がっていたことも明るみに出た。

 浮気相手の令嬢たちは一斉に距離を置き、彼は一瞬にして「国一番の有望な青年」から「国一番の反面教師」へと転落した。

 そして、公爵家と伯爵家の間で、正式に婚約破棄が決まるのに、そう時間はかからなかった。


「アメリア。辛い思いをさせたね」


 破棄の書類にサインをしたあと、父は静かに言った。


「もっと早くに気づけていれば……」


「いいえ、お父様」


 私は首を振る。


「私が望んで婚約したのです。スキルの有無に関係なく、私自身の選択の結果。だから――」


 そこで、一瞬迷ったが、決心して口を開いた。


「そういえば、お父様。お母様。私、スキルが発現しましたの」


「なに?」


 父と母の目が、ぱっと見開かれる。

 兄も、隣で書類を束ねる手を止めた。


「本当かい、アメリア?」


「どんなスキルなんだ?」


 期待に満ちた視線が痛い。

 私は一瞬だけモフと目を合わせ、小さく頷いた。


「……“強制取立て”と申します」


 部屋に、妙な沈黙が落ちた。


「きょ、強制……?」


「と、取り立て……?」


 父の眉間に、深い皺が刻まれる。


「それは……借金取りのスキルということか?」


「簡単に申し上げますと、債権の回収を“絶対に”遂行するスキルですわ。先ほどのエドガー様への貸し金も、その力で――」


 事情を、できるだけ端的に説明した。

 父の顔が本人史上最大レベルで引きつっていくのを、私は生まれて初めて見た。


「……お前、本当にグレイソン伯爵家をスキルで破滅させたのか?」


「破滅というほどではありませんわ。ただ、身の丈に合わない生活や不正を清算させて差し上げただけで――」


「ふむ」


 沈黙して聞いていた兄が、ぽん、と手を打った。


「確かに、国への損害は出ていない。むしろ、裏賭博組織との繋がりが洗い出されたという点では、国益だ。……父上、これは使える」


「……ユリウス?」


「“国の金を食いつぶす不正”を、根こそぎ洗い出せるスキルですよ。しかも、返済を強制できる。財務省どころか、公安も欲しがるレベルです」


 お兄様の目が、危険なほどきらきらしている。

 父もすぐに表情を引き締めた。


「アメリア。お前のスキルは、非常にデリケートだ。間違えばただの呪いにもなりうる。だが――」


 そこで彼は、ゆっくりと笑った。


「正しく使えば、この国を守る強力な武器になる。……王城に一度、相談してみようか」


「お父様……?」


 母は、涙ぐみながら私に抱きついた。


「よかった……本当によかった……! あなたにスキルがあったなんて……! 今まで、辛い思いをさせてきてごめんなさい……!」


「最初から、お母様のせいではございませんわ……!」


 その日、公爵家の執務室にはしばらく、よくわからない喜びと混乱とで、妙な空気が漂っていた。


*****


 そして数週間後。


 「――面白い」


 王城の一室で、私の説明を聞き終えた第三王子殿下は、そう言って笑った。

 ヴィンセント・アルステラ殿下。

 三人いる王子の中で最も表舞台には出ず、主に情報戦と公安を司る部署を取り仕切っている方だ。

 穏やかな黒髪に、鋭い灰色の瞳。

 エドガー様のようなきらびやかさはないが、どこか底知れなさを感じさせる。


「本当に、そのネズミが“債権”を可視化してくれるのか?」


『ネズミって言った』


 モフが、私の肩の上でむっと頬をふくらませる。


「“強制取立て”……か。財務局から話を聞いた時は、物騒なスキルだと思ったが、実際には“権利の保護”に特化した力というわけだ」


「はい。ですから、あくまでも“正当な”債権にしか使えません。詐欺のような契約や、相手を陥れるための虚偽の債権には、モフが反応しませんわ」


『するけど、君が嫌がるからやらないよ』


「モフ、余計なことを言わないで」


 小声で窘めると、ヴィンセント殿下がくすりと笑った。


「なるほど。君の倫理観が、スキルのブレーキにもなっているわけだ」


「えっと……」


「アメリア・オルティス」


 殿下は椅子から立ち上がり、私の前に歩み寄った。


「君のそのスキル――“国のために”使ってみる気はないか?」


 灰色の瞳が、まっすぐに私を射抜く。


「最近、この国では詐欺めいた投資話や、貴族を食い物にする闇組織が増えている。表向きは慈善事業や投資組合を名乗り、裏では搾取を続けている連中だ。彼らを一掃するには、“証拠”と“資金源”を断つ手がいる」


「……私のスキルなら、それができると?」


「ああ」


 ヴィンセント殿下は頷く。


「君が“カモ”としてその組織に近づき、彼らの“借金”や“不正な資金の流れ”をスキルで可視化する。そして、“強制取立て”で資金源を枯らす。その隙に、我々が一気に証拠を押さえる。――どうだろう?」


 そんな危険な役目を。

 そう思う一方で、胸の奥がじん、と熱くなる感覚があった。

 スキルなしと思われ、無能と陰口を叩かれてきた私が。

 今度は、自分のスキルで誰かを救えるかもしれない。


「……やってみたいですわ」


 気づけば、口が勝手に答えていた。


「かつて、私が見逃してきた“奪う側”を、今度は止められるのなら」


「いい目をしている」


 ヴィンセント殿下の唇に、わずかな笑みが浮かぶ。


「君のような人材を、ずっと探していた。――ようこそ、王国公安局特別捜査室へ」


 そうして、私の新しい人生が始まった。


*****


 その後、私はヴィンセント殿下の下で、いくつもの組織犯罪の摘発に関わった。

 賭博組織。違法薬物の流通網。王都の影で、弱者から金を巻き上げていた連中。

 彼らの帳簿はすべて、モフの力で暴かれ、“強制取立て”によって資金源を断たれていった。


『ねえアメリア』


 ある日の帰り道。王城のテラスで、モフがぽつりと言った。


『前の君だったら、きっとここまでやらなかったよね』


「そうかもしれないわね」


 夕焼けに染まる城下町を眺めながら、私は答えた。


「昔の私は、自分が“スキルなし”であることが恥ずかしくて、ただうつむいてやり過ごすことしかできなかった。奪われても、笑ってごまかしていたわ」


 それが優しさだと、思い込んでいたのかもしれない。


「でも今は違う。不正に奪う者がいるなら、それを止めたい。奪われた側に、正当に取り戻してほしい。……そう思えるのは、きっと」


『エドガーっていうダメ男のおかげ?』


 思わず吹き出してしまった。


「そうね。皮肉だけれど」


 エドガー様は今、小さな地方の屋敷で、ひっそりと暮らしていると聞く。

 爵位は男爵に格下げ。

 かつての豪奢な生活は失われ、毎月の“返済”のために地道に働いているらしい。

 私は、彼への“強制取立て”を途中で緩めた。

 全てを奪い尽くすのではなく、“誠実に生きれば返済できる程度”に調整したのだ。


『優しいね、君は』


「公爵家として、あまりにも悲惨な元婚約者を出すのは体裁が悪いですもの」


 そう言いつつ、心のどこかで本当にそう思えた自分に、少し驚いていた。

 そのとき。


「ここにいたのか、アメリア」


 背後から声がした。振り向くと、ヴィンセント殿下が歩いてくるところだった。


「殿下。お疲れ様ですわ」


「今日の任務も見事だった。被害者たちからも、感謝の声が多数届いている」


 彼は私の隣に立ち、同じように城下を眺めた。


「君がいなければ、ここまで早くは片付かなかっただろう。心から礼を言う」


「私は、ただスキルを使っているだけですわ」


「そのスキルを、正しい方向へ使える人間は、そう多くない」


 ヴィンセント殿下の灰色の瞳が、まっすぐに私を捉える。


「君が自分の傷を知っている分だけ、他人の痛みも分かる。だから、そのスキルを“正しく”使えるんだろう」


『そうそう』


 モフが、私の肩によじ登る。


『ボクがちょっとえげつない分、アメリアのブレーキがちょうどいいんだよ』


 思わず笑ってしまう。

 ふと顔を上げると、ヴィンセント殿下の横顔が夕陽に照らされて、どこか柔らかく見えた。


「君は、自分が“無能”だと思っていたそうだね」


「……ええ。長いこと」


「だが、今の君を見て“無能”と呼ぶ者がどこにいる?」


 そう言って、彼はわずかに笑った。


「君は、誰よりも有能だよ、“強制取立て”の令嬢」


「……そんな呼ばれ方は、少しだけ心外ですわ」


 思わずむくれて言い返すと、ヴィンセント殿下は笑みを深めた。


「では、こう呼ぼうか。“この国の守銭奴女神”」


「もっとひどくなっております!」


 思わず二人で笑ってしまう。

 モフも肩の上で、ぷくぷくと頬を膨らませながら笑っていた。

 ふと、ヴィンセント殿下が真顔に戻る。


「君が来てくれてから、この部署の空気がだいぶ変わったよ」


「そうですの?」


「ああ。今までの公安の仕事は、“悪いものを潰す”ことが中心だった。もちろんそれも必要だが、それだけでは人は疲弊する。君のスキルは、“奪われたものを返す”という、少し前向きな側面を持っている」


灰色の瞳が、私を捉える。


「君自身も、そうだろう?」


「……そう、かもしれませんわね」


かつて“無能令嬢”と陰口を叩かれ、婚約者に利用され続けていた頃。

私の世界は、きっともっと暗かった。

今は違う。

自分のスキルで、誰かの人生を立て直す手助けができる。

自分で選び、自分で動ける場所にいる。


「アメリア」


不意に、殿下の声が少しだけ柔らかくなった。


「はい?」


「これは、個人的な話だが……」


 彼はわずかに視線を逸らし、珍しく言い淀んだ。

 彼は、少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。


「君との婚約を、正式に打診しようと思っている」


「……………………はい?」


 思わず固まる。


「も、もう一度、お願いできますか?」


「君との婚約を望んでいると言ったんだ」


 ヴィンセント殿下は、驚くほど真っ直ぐな目で見つめてくる。


「君は、自分を“無能令嬢”だと思っていたらしいが、私から見れば、誰よりも有能だ。数字と感情の両方を見て判断できる人間は、そう多くない」


「評価が過分すぎますわ」


「王家としても、オルティス家との縁は心強い。だが、それ以上に――」


 殿下は、私の手の上にそっと自分の手を重ねた。


「一人の男として、君に隣にいてほしいと思っている」


 胸が熱くなる。

 モフが肩の上で、『おお〜』と小さく拍手した。


「……少し、考える時間をいただけますか?」


 やっとそれだけを絞り出すと、ヴィンセント殿下は柔らかく笑った。


「もちろん。投資判断は慎重に、だろう?」


「殿下、そういうところですわよ」


 そう言いながらも、胸の内は不思議と軽かった。

 かつて“無能令嬢”と陰口を叩かれ、婚約者に金ヅルとして利用されていた私が――

 今は、自分のスキルで不正を暴き、誰かの未来を守る仕事をしている。

 そして、私自身の未来も、自分で選べる場所に立っている。


『ねえアメリア』


 モフが、耳元で囁いた。


『今度は、君自身への“投資”も、ちゃんとしてあげてね』


「ええ。そうしますわ」


 夕陽に染まる空を見上げながら、私は静かに微笑んだ。

 「無能令嬢」?

 いいえ、今の私は――

 “強制取立て”のスキル持ちとして、この国の未来に投資し続ける、公爵令嬢なのだから。



~fin~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元・無能令嬢、スキルが覚醒したので 私を金ヅルにしていた婚約者へ “強制取り立て” いたします! ——リボ払いで返せない?そんなの知りません。 @baudayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画