追放されたS級宮廷料理人、辺境で『究極の食堂』を開く ~見捨てられた俺の料理が、実はステータスを爆上げする神スキルだった件。今さら戻ってこいと言われても、美少女たちと大繁盛しているのでお断りです~
第1話 「たかが飯炊き」とSランクパーティを追放された日
追放されたS級宮廷料理人、辺境で『究極の食堂』を開く ~見捨てられた俺の料理が、実はステータスを爆上げする神スキルだった件。今さら戻ってこいと言われても、美少女たちと大繁盛しているのでお断りです~
@tamacco
第1話 「たかが飯炊き」とSランクパーティを追放された日
パチパチと、薪が爆ぜる音が静寂な夜の森に響いていた。
大鍋からは白い湯気が立ち上り、濃厚な香りが周囲に漂い始めている。
それは暴力的なまでの食欲を刺激する匂いだ。
オークキングのバラ肉を赤ワインと数種類の香草でじっくりと煮込み、隠し味に森で採れた蜂蜜と、コクを出すための味噌を少し。
スプーンで掬い上げれば、ホロホロと崩れるほど柔らかくなった肉と、野菜の甘みが溶け出した黄金色のスープが顔を覗かせる。
「おいリュート、まだかよ。腹減って死にそうなんだが」
背後から投げかけられた声に、俺――リュートは鍋をかき混ぜる手を止めずに答えた。
「あと少しだ。肉に味が染み込むまで待ってくれ。焦って食べても旨味が半減するぞ、ブレイド」
「ちっ、相変わらずうるせえ料理人だなお前は。たかが飯だろ、腹に入ればなんでも一緒じゃねえか」
吐き捨てるように言ったのは、このパーティのリーダーであり、【勇者】の称号を持つ幼馴染のブレイドだ。
金髪碧眼、輝くような聖剣を腰に帯びた彼は、誰もが認める英雄の風格を持っている。
……口を開かなければ、だが。
「そうよリュート。私たちがどれだけ高難易度のダンジョンを攻略して疲れてると思ってるの? 早く回復したいのよ」
続いて文句を言ったのは、魔導師のリリア。紅蓮の杖を弄びながら、不満げに頬を膨らませている。
「まあまあ二人とも。リュートさんも頑張ってくれているのですから。……でも、確かに少し遅いかもしれませんね。私の【ヒール】でも空腹は満たせませんし」
最後に聖女のフィオナが困ったように眉を下げた。
俺たちはSランクパーティ『天剣の輝き』。
王都でもトップクラスの実力を誇り、魔王討伐の最有力候補とされている精鋭集団だ。
俺はその中で、戦闘職ではなく【宮廷料理人】という肩書きで参加している。いわゆる、荷物持ち兼飯炊き係だ。
「よし、完成だ。オークキングの特製シチュー、召し上がれ」
俺が木皿に盛り付けて渡すと、三人は礼も言わずにそれを引ったくり、ガツガツと口に運び始めた。
「んぐ、むぐ……! 熱っ! でも……まあ、悪くねえな」
「魔力が……ふん、まあまあ回復する感じね。味付けはちょっと濃いけど」
「お肉が柔らかいですぅ……。んっ、んっ」
文句を言いながらも、彼らの手は止まらない。
鍋いっぱいに作った三十人前のシチューが、ものの数分で綺麗になくなっていく。
俺は自分の分のわずかなスープを啜りながら、彼らの様子を観察していた。
顔色が良くなり、肌にツヤが戻り、先ほどまで身体に刻まれていた細かい傷が塞がっていく。
これが俺のスキル、【神の調理】の効果だ。
ただ美味しいだけではない。俺が作った料理には、食べた者のHPとMPを全回復させ、さらには一時的に全ステータスを倍増させる『バフ』が付与される。
さらに、継続的に食べ続けることで、基礎ステータスそのものを底上げする永続効果まであるのだ。
ブレイドたちがSランクまで上り詰められたのは、もちろん彼らの才能もあるが、俺の料理によるドーピング効果が七割を占めているといっても過言ではない。
だが、彼らはそのことに気づいていなかった。
俺が何度説明しようとしても、「飯で強くなるわけないだろ」「素材がいいからだ」と取り合ってくれなかったからだ。
「ふぅ、食った食った」
ブレイドが空になった皿を放り投げ、ゲ満腹そうに腹をさする。
そして、焚き火の明かりに照らされた顔で、ニヤリと笑った。
「さて、リュート。腹も膨れたことだし、大事な話がある」
「大事な話? 明日のダンジョン攻略のルートか?」
「いや、違う」
ブレイドは立ち上がり、俺を見下ろした。
その目は、長年の友を見る目ではなく、不要なゴミを見るような冷たい目だった。
「お前、今日でクビな」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
クビ? 俺が?
「だから、お前はもうこのパーティにいらないって言ってんだよ。追放だ、追放」
「ちょっと待てよ。いきなりどうしたんだ? 俺がいなくなったら、食事はどうするんだ」
「あ? そんなの携帯食料でいいだろ。それに街に戻ればレストランなんていくらでもある」
ブレイドは鼻で笑う。
「いいかリュート、よく聞け。俺たちはSランクだ。これから魔王城に挑もうってレベルなんだよ。なのに、お前ときたらなんだ? レベルは低いし、戦闘スキルはゼロ。ただ飯を作るだけ。はっきり言って足手まといなんだよ」
「そうよ。戦闘中にあなたを守るこっちの身にもなってほしいわ。魔力の無駄なの」
リリアが冷ややかな声で追撃する。
「フィオナ、君もそう思うのか?」
俺が視線を向けると、聖女は申し訳なさそうに、けれどはっきりと頷いた。
「ごめんなさい、リュートさん。でも、私たちにはもっと強力な火力職が必要なんです。実は、『雷帝』の称号を持つSランク魔導師の方が、加入を希望してくださっていて……」
「パーティの枠は四人までだ。飯炊きの枠を、その雷帝に譲りたいんだよ」
ブレイドの言葉に、俺の中で何かが冷めていくのを感じた。
怒りではない。呆れと、諦めだ。
俺たちは同じ村で育ち、一緒に冒険者になった。
最初は泥水をすするような生活だった。安い食材を工夫して美味しくし、彼らが少しでも強くなるようにと、俺なりに必死に支えてきたつもりだった。
今の彼らの強靭な肉体も、尽きることのない魔力も、全て俺が毎日毎食、計算して作り上げてきたものだというのに。
それを「たかが飯」と切り捨てるのか。
「……本気なんだな?」
「ああ、本気だ。手切れ金として、今日の素材の残りは全部やるよ。それで田舎に帰って定食屋でもやればいい」
足元に放り投げられたのは、オーク肉の余りが入った麻袋ひとつ。
俺はそれを拾い上げ、埃を払った。
不思議と、涙は出なかった。
むしろ、肩の荷が下りたような清々しさすら感じていた。
俺には前世の記憶がある。
日本という国で、料理人として生きていた記憶だ。
客の笑顔を見るのが好きだった。
「美味しい」という言葉を聞くのが生きがいだった。
この世界に転生してからも、その思いは変わらなかった。
だからこそ、幼馴染たちのために腕を振るってきたのだ。
だが、味も分からず、作り手への敬意も持たない奴らに、これ以上料理を作る義理はない。
俺の料理は、もっと美味しく食べてくれる人のためにあるべきだ。
「分かった。抜けてやるよ」
「おっ、話が早くて助かるぜ。やっぱお前も自分の実力不足を感じてたんだな?」
「……まあ、そう思っておけばいいさ」
俺は愛用の調理器具と、魔法の鞄(マジックバッグ)を背負い直した。
この鞄の中には、俺が世界各地で集めた至高の食材や調味料、そして調理器具が詰まっている。これだけは誰にも渡さない。
「忠告しておくが、俺の料理を食べなくなったら、お前たちのステータスは下がるぞ。体調も崩しやすくなる。後悔するなよ?」
最後通告のつもりで言った言葉に、三人は腹を抱えて大笑いした。
「ギャハハハ! 何言ってんだこいつ! 飯食わないと弱くなるって? 当たり前だろ、腹が減るんだから!」
「違う、そういう意味じゃなくて……」
「はいはい、負け惜しみはそこまでにしてね。見苦しいわよ」
「お達者で、リュートさん。田舎でもお元気で」
聞く耳持たず、か。
俺はため息を一つ吐き、焚き火に背を向けた。
「じゃあな。二度と会うことはないだろう」
俺は暗い森の中へと歩き出した。
背後からは、まだ彼らの嘲笑う声が聞こえていた。
◇
一人で森を歩くこと数時間。
普通なら危険極まりない夜の森だが、俺には【気配遮断】のスキルがある。
これも料理人として、危険な場所にある希少食材を採取するために覚えたものだ。
魔物に見つかることなく、俺は街道沿いの安全な場所まで移動していた。
「さて……」
適当な岩場に腰を下ろし、俺は夜空を見上げた。
二つの月が輝く異世界の空。
無職になった。宿もない。明日からの予定もない。
だが、心は驚くほど軽かった。
「腹、減ったな」
あいつらにシチューを全部食われたせいで、俺はまだ何も食べていない。
俺はマジックバッグから、自分用のとっておきの食材を取り出した。
コカトリスの卵と、黄金小麦のパン、そして新鮮なミルクだ。
簡単な魔導コンロを取り出し、フライパンを熱する。
バターを溶かし、卵を割り入れる。
ジュウウウッという小気味よい音が響き、バターの芳醇な香りが立ち上る。
塩と胡椒を軽く振り、半熟のとろとろ加減で火を止める。
それを軽く炙ったパンの上に乗せれば、『コカトリスの極上エッグトースト』の完成だ。
「いただきます」
熱々のパンにかじりつく。
サクッとした食感の後、濃厚な卵の黄身が口の中で弾け、バターの塩気と絡み合う。
シンプルだが、素材の力がダイレクトに伝わってくる味だ。
「……うん、美味い」
一人で食べる食事は、少し寂しいが、味は格別だった。
誰に急かされることもなく、文句を言われることもなく、純粋に味を楽しめる。
噛み締めるごとに、身体の奥底から力が湧いてくるのが分かる。
【神の調理】の効果は自分自身にも適用される。
俺のステータスは、実のところSランク冒険者を遥かに凌駕しているのだ。ただ、戦闘スキルがないだけで、単純な筋力や敏捷性ならブレイドの倍はあるだろう。
「これからどうするか……」
パンを平らげ、温かいミルクティーを飲みながら考える。
宮廷料理人の肩書きを失った今、俺はただの料理人だ。
王都に戻れば、他のパーティや貴族からスカウトが来るかもしれない。
だが、もう誰かの『専属』になるのは御免だった。
権力争いや魔王討伐なんて面倒ごとも沢山だ。
「自分の店、か」
ブレイドの捨て台詞が頭をよぎる。
『田舎に帰って定食屋でもやればいい』
あいつは馬鹿にして言ったが、それは俺の前世からの夢でもあった。
自分の城を持ち、自分の好きな料理を作り、それを心から美味いと言ってくれる客に振る舞う。
常連客と他愛のない話をしながら、「また来るよ」と言ってもらえる場所。
最高じゃないか。
「決まりだ。店を持とう」
そうと決まれば場所選びだ。
王都は土地代が高いし、競争も激しい。貴族の干渉もうるさいだろう。
かといって、人が全く来ないド田舎では商売にならない。
俺は懐から世界地図を取り出し、広げた。
指でなぞりながら、条件に合う場所を探す。
魔境に近く、珍しい食材が手に入りやすい場所。
冒険者や旅人が立ち寄るが、まだ未開拓な場所。
指が止まったのは、王国の最果て。
『辺境都市オルト』。
魔物が蔓延る『奈落の森』に隣接し、荒くれ者たちが集う最前線の街。
危険度は高いが、その分、質の高い食材の宝庫でもある。
「ここなら、俺の料理を必要としてくれる奴も多そうだ」
俺は地図を畳み、立ち上がった。
目指すは辺境。
そこで俺は、世界一の食堂を作る。
ブレイドたちを見返すためではない。
俺自身の幸せのために。
「待ってろよ、まだ見ぬお客さんたち」
新たな目標を見つけた俺の足取りは、羽が生えたように軽かった。
◇
数日後。
俺は辺境都市オルトに到着していた。
高い城壁に囲まれたその街は、王都の華やかさとは無縁の、煤と鉄と血の匂いがする場所だった。
通りを行き交うのは、傷だらけの鎧を着た冒険者や、怪しげな素材を売る商人たち。
活気はあるが、どこか殺伐としている。
「さて、まずは物件探しだが……」
冒険者ギルドで紹介された不動産屋に向かう。
だが、提示された物件はどれも予算オーバーか、狭すぎるものばかりだった。
俺の手持ち資金は、Sランクパーティ時代の貯金があるとはいえ、一等地に店を構えるには心許ない。それに、改装費や当面の運転資金も必要だ。
「もっとこう、広くて安い物件はないんですか? ボロくても構わないので」
俺の注文に、不動産屋の店主――髭面のドワーフが渋い顔をした。
「広くて安い、ねえ……。そんな都合のいい物件、普通はねえんだが……一つだけ、あるにはある」
「本当ですか? 見せてください!」
「いや、やめといた方がいいぞ。あそこは『呪いの館』なんて呼ばれててな。前の持ち主も夜逃げしたし、その前は謎の失踪だ。幽霊が出るとか、魔物が巣食ってるとか、ろくな噂がねえ」
店主が指差したのは、街外れの丘の上にある一軒家だった。
メインストリートからは外れているが、ダンジョンへの入り口には近い。
立地としては悪くない。むしろ、腹を空かせて帰ってくる冒険者を狙い撃ちできる最高の場所だ。
「案内してください」
「知らねえぞ……」
店主に伴われて現地に向かうと、そこには想像以上の『廃墟』が待っていた。
二階建ての石造りの建物だが、壁は蔦に覆われ、窓ガラスは割れ、庭は雑草が伸び放題。
看板が傾いてぶら下がっており、辛うじてそこがかつて店だったことが分かる。
「どうだ、酷いもんだろ? ただ、元は貴族の別荘兼レストランだったらしくてな。造りだけはしっかりしてるし、厨房も広い。裏には井戸もある。値段は……土地代だけでいい。建物はタダだ」
破格だ。
王都のワンルーム家賃数ヶ月分で、この屋敷が買えてしまう。
確かにボロボロだが、俺には魔法がある。
【生活魔法】の応用で掃除や修繕は可能だし、何よりこの広さが魅力的だ。
ギィィ……と錆びついた扉を開けて中に入る。
埃っぽい空気が舞うが、広々としたホールには太い梁が通り、磨けば光りそうな床材が使われている。
奥の厨房を確認すると、大型の魔導コンロや、広大な調理台、さらには地下倉庫まで完備されていた。
料理人として、直感が告げている。
『ここだ』と。
「気に入りました。買います」
「はあ!? 正気かあんた!?」
「ええ、大真面目です。ここを、俺の城にします」
即金で代金を支払うと、店主は呆れながらも鍵を渡してくれた。
「物好きなこった……。まあ、死なないように頑張んな」
店主が去った後、俺は一人、薄暗いホールに佇んだ。
静かだ。
今はまだ、廃墟でしかない。
だが、俺の目には見えていた。
ここが多くの客で賑わい、笑顔と「美味しい」という声で満たされる未来が。
俺は窓を開け放ち、淀んだ空気を入れ替えた。
爽やかな風が吹き抜け、埃を攫っていく。
「よし、やるか!」
俺はマジックバッグから掃除用具を取り出し、まずは窓拭きから始めた。
スキル【洗浄】を発動させながら、一心不乱に磨き上げる。
ガラスが輝きを取り戻し、外の景色がクリアに見えるようになる。
その時だった。
グゥゥゥ……と、地鳴りのような音が響いた。
空腹の音だ。俺のではない。
「ん?」
音の出所を探ると、店の裏口の方からだ。
警戒しながら裏口を開けると、そこには予想外の光景があった。
雑草に埋もれるようにして、一人の少女が倒れていたのだ。
ボロボロのローブを纏っているが、その隙間から覗く肌は白磁のように白く、髪は燃えるような真紅。
そして、額からは小さな二本の角が生えている。
「……腹……へった……」
少女は力なくそう呟くと、俺の方を見て、涙目で訴えてきた。
「ご飯……くれる……?」
その姿は、かつての俺たちが拾った捨て猫のようであり、同時に、隠しきれない強者のオーラも漂わせていた。
これが、俺の店『辺境食堂リュート』の、記念すべき最初の客との出会いだった。
(第1話 完)
次の更新予定
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