◆ episode2.
最初の視線は青だった。
放課後。
昇降口の光はすでに低く、
床に長い影が伸びていた。
友達に頼まれて、
俺はそこに立っていただけだった。
告白する側の緊張。
告白される側の困惑。
そういう空気は、何度も見てきた。
今日も同じだと思っていた。
女子が一歩前に出る。
「あの、朔くん、付き合ってほしいの。」
きちんと聞いていた。
無駄に傷つけないように、
断る言葉ももう用意していた。
そのとき。
視界の端に、
“余計なもの”が入った。
告白している女子の少し後ろ。
付き添いだろうか。
一人、壁にもたれて立っている女の子。
興味なさそうに、
外の光を見ている。
応援もしない。
気遣いもしない。
緊張もしていない。
ただ、
そこにいるだけ。
思考が一瞬、止まった。
(……なんだ、あれ)
明るいとか、暗いとかじゃない。
かわいいとか、地味とかでもない。
存在の輪郭が、
背景に溶けかけているのに、
目だけが妙に澄んでいる。
光を映しているのは、
外側じゃなく、
内側だった。
告白の言葉が、
耳に入らなくなった。
視線を逸らし、
一歩、前に出た。
告白している女子を、
そのまま横に流すように。
距離を詰めたのは、
後ろにいたほう。
唐突に、
まっすぐに。
「……おまえ、名前は?」
空気が止まった。
告白していた女子が、
言葉を失う。
付き添いの女の子は、
瞬きをした。
「……え?」
驚きも、怒りもない。
ただ、少しだけ不思議そうな声。
「名前」
繰り返した。
この人の名前を知らないまま
通り過ぎることが、
ひどく間違っている気がした。
「……まつり」
短い返事。
その瞬間、
胸の奥で何かが
静かに合致する音がした。
(ああ、やっぱり)
理由はわからない。
でも確信だけがあった。
この子は、
放っておくと
消える。
告白していた女子の存在が、
完全に遠のいた。
気まずい沈黙。
だけど俺は
まつりから視線を外さないまま言った。
「まつり。」
それだけ。
名前を呼んだ。
確定した。
俺の中で。
まつりが。
まつりであることに。
それ以上は何も言わず、
踵を返した。
彼女はその場に残り、
風に揺れる光をもう一度見た。
何かが始まった実感は、
まだ、なかった。
歩きながら思った。
(……見つけてしまった)
恋じゃない。
興味でもない。
ただ
世界に定着させるべき“青”を、
先に見てしまっただけだった。
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