裏山にある穴に入ったら、いつの間にか超人になっていたおっさんの話

タビサキ リョジン

第1話

「ありゃー、下ブレしちゃったかあ~」


柴田課長の暢気な声が響き渡る。


「ねえ、高槻君、これどうする?」


「いや、どうするもなにも……、規定値がでなかったんだから認めるわけにはいかないでしょ」


俺は、そう答えるが、課長の次の言葉はわかってる。


翠川環境分析は、環境や構造調査の会社だ。


河川や地下水の水質調査、建築構造物の劣化試験まで幅広い調査を請け負っている。


そこには当然、その数値を必要としているクライアントがいるわけで……


「でもさあ~、数値は基準値ギリギリだし、誤差じゃないかな~、納期は迫ってるし、いままでこれで事故は起きてないしさ~、適当に数字丸めちゃってよ~」


「いやでも、それで事故おきたらウチの信用問題になりません?」


「まあそうなんだけど、他の案件も詰まってるし、よろしくやっといてよ~」


そう言うと、柴田課長はへらへらと笑いながらどこかにいった。


まあ、悪い人ではないんだけど、なにかといい加減な人だ。


俺はひとつ、ため息をつくと、分析課に足を向けた。



白衣姿で試験官を振る女性が、入ってきた俺を見つけ手を止めた。


「あ、高槻主任。どうしました?」


軽く整えられて、自然に納まっている黒髪は肩までかかり、サイドを残して耳にかけている。


幼さの残る顔立ちはニコニコとしていて、親しささえも感じさせるが、こちらは40代のおっさんで、向こうは20代。


変に親しくしても迷惑だろうと、なるべく話しかけないようにしているのだが、なにかと接する機会が多い。


「あー、審庭さにわさん。ごめんけど、これ、再試験お願いできる?」

「あー、これですか。でも届いた試料もうほとんどないですよ?」

「うん、だから、俺、ちょっと行って採ってくるよ」

「え、これからですか?」

「うん。そんなに時間かかる試験じゃないけど、もしかしたら残業させちゃうかも。今度埋め合わせはするからさ」

「いや、それは全然いいんですけど……、高槻主任こそ、そんな事してる場合じゃないんじゃ……」

「まあクライアントがお急ぎだそうだから……来週までかかりたくないんだよね」

「お疲れさまです……、あの、ほんとに私は大丈夫なので」

「うん。ありがとね」


そういって、分析課をでると、若い男性社員が審庭さんに話しかけているのが聞こえた。


「凛ちゃん、今日さー、飲みに行こうよ。いいお店見つけたんだ!」

「あー……、すいません。私、今日も残業で……」

「えー、明日、休みじゃん。少しくらい遅くなってもいいよ。まってる」

「ありがとうございます。でも明日用事があって、朝早いんですよね……準備もあるし……また次の機会に誘ってください」


審庭さにわりんは、若手のホープで、一言で言えば才色兼備。その明るい物腰から、若手社員にモテまくっているらしい。


まあ、同業他社はそうでもないらしいが、うちの会社は女性が少ないから、男性社員も必死だ。


しかし、その数多の誘いをあの手この手で断っていると聞いている。


接する機会が多いだけに、無意識にセクハラやパワハラにならないように意図的に距離をとっているので、それ以上の情報はないのだが……。


まあ、上下関係や年齢差というのは無意識にでも支配関係を作りやすいので、気をつけすぎるくらいでも丁度良い。


俺は、クライアントに電話を入れると試料採取の許可をとり、社用車を借りるべく、使用簿を確認すると、使用申請を出しに総務課に向かって歩き出した。




―――――――――――――――


なぜか残業終りに


「埋め合わせしてくれるんなら、お食事奢って下さい!」


と、にっこり笑いかけてきた審庭さんと、ハンバーガーを食べにいった。


ハンバーガーといってもジャンクなチェーン店じゃなくて、アメリカンダイナー風の内装で、一個2000円もする、クラフトバーガーだ。


モグモグと美味しそうに、切り分けたハンバーガーを食べている審庭さんは、俺からみても相当に可愛い。



「なんれすか?」


もぐもぐとハンバーガーを食べながら、審庭さんが聞いてきた。


いかんいかん。少し見過ぎていたかな?


「いや……、その……、奢るのは全然いいんだが……、その、よかったの?明日は早いから準備があるとか言ってなかった?」

「あれ?そんな事言ってましたっけ?……あ!あれはですね……その……、嘘なんです」


そういって、ハンバーガーを飲み込むとペロリと可愛く舌を出す。


「あたし、グイグイくる男の人って苦手で……、その点、高槻主任はあんまりそういうのないので大丈夫なんですけど」

「ああ、そうなのか」

「はい!主任になら下の名前で呼ばれても平気ですよ」

「下の名前……凛ちゃんとか?いやそれは流石に」

「急に呼んだら会社の人たちびっくりしちゃいますかね?あれ、そういえば主任の名前ってテツロウでしたよね。私がテツロウさんって呼んじゃおうかな」


「おじさんをからかうんじゃないよ」


そういって、ハンバーガーを一口。美味いな。高いけど。


「それに実は俺、テツロウじゃないんだ」

「あれ?でも先輩方がテツロウって呼んでるの聞いた事ありますよ?」

「ああ、本当は徹朗とおるって言うの。徹に朗でトオル。徹だけだったら素直に呼ばれるんだろうけどねー、へたに朗がついてるからテツロウって読めちゃうんだ」

「あー、間違って呼ばれてそのまま定着しちゃったパターンですか」

「そんな感じ」


なんか、この子とこんなに長く話したの初めてだけど、喋りやすいな。社内で人気になるのもわかる。


「それでー、私の予定は嘘だったんですけど、主任は明日なにするんですか?」

「んー、俺か、俺はね……」


喋りやすい雰囲気につい口が滑ったのは認める。


「俺は、明日、ダンジョンにいくんだ」

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