第9話 訓練と愛
2度死にかけて公爵家の療養所に入れられ、まともに外に出られるようになったのはあの騒動から1週間以上後のことだった。マリーは俺の病室にその間ずっといた。俺が外に出ようものなら寝ていてもすぐに起きて付いてきた。よっぽどあのことがトラウマになったようで……とはいっても俺もあの「死」と隣合わせだったことをたびたび思い出す。そのたびに手の震えを抑える。けれど、それでも、達成感の方が大きかった。無事な彼女が俺のあの選択が最適解ではなかったものの間違いではなかったことの証明だからだ
療養を経て、療養所からの退院が決まったので公爵領とはおさらばだ。最初は1週間で終える予定だったのが2週間以上も滞在していた。この期間は俺にとって大変有意義だった。世界一可愛い婚約者であるマリーと会えたし、自分の意地を作ることが出来た。後は……
【やっぱ君ンとこの馬車金掛けてるよね~。普通は馬を使うのに家畜化されたケンタウロスを使うなんて。行きは普通の馬車だったのにね。愛されてんねえ~】
妖精と契約し、こいつが話しかけるようになったことだ。偶に夢にまで出てくるというかこいつの世界に俺を引っ張ってくる。そこで寝てる時も魔法の練習をしている。父さんたちにあの魔法のことも聞かれたから、ありのままのことを言ったら驚かれた。喋る妖精は高位の存在であり、それと直接契約するのはとても珍しいらしい。というよりもそもそも妖精の声は大半の人間には聞こえないらしい。聞こえることがあるのは上質な魔力を持つエルフ、しかも魔法の才能が突出したハイエルフかギフトによるものらしい。俺の場合は後者だな
【おーい、無視するなよ~!代償の話だぞ~!】
まだ代償あるの?
【あー、言い方が悪かったね。代償というより維持費や積立金かな?維持費に関しては、僕が動くために契約者から魔力をもらうの。積立金に関しては僕という魔法装置を使うには多大な魔力が必要で、前回みたいに戦いの途中に使おうとすると使えない可能性もあるから魔力の積み立ての平常時にやるんだよね。幸い君は魔力が多いから平常時でも魔法は使えるけど、それでも中級まで、しかも中の下のものまでかな。まあゴブリンくらいまでは安定的に倒せるからね。オークも立ち回り次第でいけるよ。これもオークを倒して魔力量が上がったからだね。前のままなら維持費と積立で魔力全部使ってたよ。もし今の状況で上級魔法とかを使いたいなら魔物をもっと狩らないとね~。幸い君の領地は魔領ってやつと隣り合ってるからね。その影響で魔物が別の場所より強くなってるから人並み以上に上がるでしょ】
長生きしているだけあってこいつの知識量はすごい。わからないことあったら聞けて便利。実質この世界のWik●だ。それだけでアドだ
【もー、なんでコイツっていうの?名前つけてよ~】
名前はないのかよ。サラマンダーじゃねえの?
【それは君らが僕のことを勝手にそう言ってるだけ。僕に名前はないの!付けろ!】
ええ……じゃあカグラで……
【カグラ……カグラ……いいね、今日から僕はカグラ!ちゃんとそう呼んでね!】
ああ、はいはい。わかったよカグラ
【ああ、いい響きだ。さすが僕の契約者。ずっと見てた甲斐があったよ……】
領地に帰ったら兄とリシュリーノに泣かれた。特にスヴォーフに関してはガチ泣きしてた。リシュリーノも泣いていたが、其れよりも「安心してください。主を一人であの世に行かせません。必ず後追いします」という言葉が怖かった。眼もガチだったし、この年齢でガンギマリは怖いよお……。けど、マリーも帰るとき引き留める目が怖かったんだよなあ……5歳で病むとは、読めなかった。愛が重い。療養所の日々は冗談抜きで四六時中一緒にいたもん。もし離れようものなら目のハイライトを消して手を握ってきたもんなあ……これ成長したら刃物とか取り出さない?今から怖いんだけど
帰っても、それまでとあまり変わらなかった。いつも通り勉強して、いつも通り遊ぶ。変わった点と言えば無理を言って騎士の訓練に参加させてもらっていることだ。先の戦いでは俺よりもマリーの方が、身体能力が高かった。彼女は公爵の近衛兵の訓練に参加しているらしい。彼女に身体能力で負けるのは個人的に嫌なので俺も鍛えることにした。訓練に参加した最初の方は最初のマラソンでダウンして素振りなどのそれ以降の訓練どころではなかったし、そのあとの授業もマジできつかった。寝て起こされたことは10から数えるのをやめた。けれど6か月が過ぎたころから圧倒的最下位入選ではあるが同じ距離を走れるようになった。授業では寝た。けれどそれは漸くスタートラインに立っただけで、その後の素振りでダウンした。最初のころはまともに振れないし、皮が剥がれたり筋肉痛が発症したりで日常生活にも支障が出た。けれどその痛みで眠気が覚めたのは不幸中の幸いなのかもしれない。訓練を途中で投げ出したくなったこともある。俺、魔法士タイプだから止めようかと思いながら、けれど成功体験があったおかげでなんとか折れずに済んだ。1年が経つと型に嵌ってきた。魔闘の影響か武器の苦手もなかった。けれど体格の影響で槍よりも剣の方が使いやすかった。身体強化をつかえばロングソードや大剣も使えるが、万が一、魔力切れになった際でも使えるように短剣の練習をしている。訓練で身体強化を使う場合は大剣を使い、使わない場合は短剣を使っている。後は投石。人間の歴史で過去から現代において使われる伝統的な戦法だ。この身体はコントロール抜群で動く的にも当てられる。もしこの世界にプロ野球があるならピッチャーとしてドラフトに掛かっていたであろうと思えるくらいの精度だ。けれど弓はあまり上手くなかった。苦手ではないが平凡。魔闘は武器に適性があると思ったのに弓はできないのか。てかよく考えたら御伽噺に出てくる魔法戦士が使う武器も大体近接武器だな。後でエルザさんに聞いてみよう
「エルザさん、質問があります」
「お、どうしたの?なにかギフトに成長があったの?」
「あ、いやそうじゃなくて。御伽噺に出てくる魔法戦士ってなんで近接武器しか使わないのかなって」
「あーなるほどね。確かに疑問に思うよね。魔法戦士のギフト、その上位の魔闘にもいえることなんだけど近接武器が扱いやすくなる場合もあるし、遠距離武器が扱いやすくなる場合もあるの。これは最初に扱う武器に影響を受けると言われているね。魔闘は伝説的なものなのになるけどそっちも同じ」
なるほど。けど俺が使った最初の武器と言えるのはオーク戦の石なんだよなあ。じゃあ遠距離武器になるんじゃねえの?石は近接にも使えるから近接武器判定?……考えても仕方ねえ。今は訓練をするしかない。素振りが終わって模擬戦だ。体格差がえげつないが回復魔法を使える魔法士が常駐しているので多少乱暴しても大丈夫だ。最初のころは攻めることに集中しすぎて足払いからの武器を弾き飛ばされたり、足払いを警戒してたら投げられたり、両方警戒して防御に集中したらフェイントで腹に蹴りを入れられるしでぼこぼこにされた。なんなら現在進行形でされてる。一本も取れたことがない。大剣を投げて、それを盾に突っ込んで短刀で切ろうとしたら避けられた。そのことについて聞くと「投げようとしていたので回避の体制を取っていました。坊ちゃんはわかりやすいですね」と言われた。たった1,2年で勝てないと思ってたけど一本を取ることもできないとか……。職業軍人はすごいなあ。強さの感想としてはオーク>一般騎士>>>ゴブリン・ヴェロード>スライムという感じ。騎士の訓練の一環として魔物狩りに参加したことがあるがこんな印象だった。当時の俺は魔法を使えるならゴブリンたちにも安定的に勝てるが剣だけとなると五分。単純に近接戦に慣れていなかった。今なら7,8割の確率で勝てると思う。俺が必死にゴブリンたちと戦っている横で一般の騎士が収穫のごとく討伐していた。その騎士たちが束になってようやく勝てるオークはやっぱバケモンだなと思った。そんなオークを消し飛ばせる妖精はチート。これが転生特典なんじゃね?と思うくらい【もっと褒めろ~】
ある時ふと考えた。カグラならあのクソ神のことを知っているんじゃね?っとそこで聞くと
【ああ、アレ?神であることはわかるんだけどそれ以上はわからない。私を作った魔法の神様のトリテイア様に聞いても教えてもらえなかったし】
神と繋がってんの?
【え、うん。けど妖精を創造されたトリテイア様とだけね】
そうか。まあ別の世界から俺を連れてくるくらいだから結構上の存在なのか?いや、邪神だから普通の神様たちからはぶられている可能性もあるな
【……。君は本当に罰当たりだなあ。まあそれでいい!それがいい!あと、手紙を出さないともっと溜まるよ?】
わかってるよ……と山積みにされた手紙を見る。マリーが送ってくれるのだ。毎日。前世でも仲のいい友人が恋人からの連絡が楽しみといっていたが同時に毎日返信するのは疲れると惚気ながら言われたことを思い出す。それと似たようなものなのだろう。ただ手紙ではちょっと怖い。王都では連絡用の水晶……ビデオ通話のようなものが作られたらしいが実用的ではないらしい。100m以上離れたらノイズで全然聞こえなくなるらしいが、それでも大発明だ。けれど実用的になるのは少なくとも10年は掛かるだろう。それまでは手紙が毎日届く。返事も書かなきゃいけないけど毎日は無理!相手は毎日出してるのに俺は1週間に1回出してるのは申し訳ないが毎日書くのは無理だ。申し訳ないがそれでもいいと言ってくれたのでお言葉に甘えている
Side マリー
「お嬢様、婚約者様からお手紙が届いています」
「ありがとう。フフ、今回はどんなお話かしら?」
私は彼のことが好きだ。最初は陰気で私と合わないと思っていたけど話してみたらびっくり!話が弾んだ。楽しかった。彼の話すときの笑顔を見ると私も笑顔になった。彼の笑顔を自然と追いかけていた。初対面だったけれど、彼となら一緒に過ごしてもいいと思えた。彼が過ごした1週間は全てが新鮮だった。彼となら何でもできると思った
森に入ってはいけないとは言われてなかった。だから彼を誘って冒険しようとした。遭難なんて考えてなかったし、魔物なんて出ると思ってなかった。多少の魔物なら私たちなら倒せると思っていた。けれどオークが現れた時私は理解を拒んだ。立ちすくんでしまった。それをみた彼は私の手を取って逃げた。逃げて、逃げて、それでも追いかけてきて、怖かった。そして、なによりも彼を巻き込んでしまったことが嫌だった。私の我儘で彼を死なせてしまう。そう思ってしまったら涙がこらえきれなかった。責められてもしょうがないし、婚約を解消されても文句は言えなかった。けれど彼は私を慰めてくれた。あまつさえ、彼自身が囮になって私を助けようとしてくれた。彼も震えていて怖かったはずなのに。「好きな女の子にかっこいい姿を見せたい」彼はそう言った。私は嬉しかった。こんな状況でも私を好きと言ってくれる。彼のはにかむような表情に救われた。彼は侯爵家、私は公爵家と私の方が家の立場は上。お父様は立場が上の者が逃げてはいけない、責任を取らなくてはならない場合があると常々教えてくれていた。それが今だと直感的に解った。だから私は彼と残ることを選んだ。2人一緒に奮い立たせた。御伽噺ならここで英雄が助けに来てくれる。けれどもここは現実。英雄なんて来ず、こちらが消耗するばかり。彼は前に立ち続けた。私を守るように。彼はどんなに傷が出来ても、血が流れても、私を守るようにした。突然、彼が何かを唱え始めた。魔法の詠唱であるとすぐ理解はできた。肌でも感じられるような高濃度の魔素が彼の右腕に集まりその瞬間目の前が真っ白になった。爆風が吹き荒れ、私が飛ばされそうになっても彼がかばってくれた。戦いが終わったことを直感的に理解した。それを喜んで彼に報告した。けれども彼の返事はなかった。その直後お父様がやってきて、私は叫ぶように彼の名前を連呼した。彼の状態はわかっていたが、わかりたくなかった。だからその状態を言いたくなかった。お父様はポーションを飲ませて回復魔法を彼に掛けるように指示を飛ばし、応急処置が終わると急いで療養所に連れ込んだ
その日の夜彼はうめき声をあげた。医師を呼んでくると「高濃度魔力症」であるとわかり、私は、お母様の力と自分のギフトを使ってそれを治した。これくらいしか私は彼にできない。彼はあの騒動から2日目にようやく目を覚ました。私は幸い打撲程度で済んだけれど彼は全身にダメージを負い、医師からは植物状態か、良くても付きっきりの介護が必要な状態になるといわれた。私たちはまだ5歳。あまり強いポーションは使えず、お父様が飲ませたポーションでも本来は子供に飲ませることは推奨されていない。医師の診断を聞いて私は責任を痛感した。私のせいで彼はこうなってしまった。私はどんなに周りが反対しても彼とともに添い遂げる。そう決心した。これは私の罪。何を言われようと私はこの罪を背負う。だから
「愛してます。ずっと、ずっと愛してます。私を守ってくれってありがとう。大好き」チュッ
初めてのキスは血の味がした。けれどもその味はとても特別なものだった
彼が起きて2日が経った。彼は動いて散歩をしようとした。彼は医師が介護も無しに歩き、走り、果ては木に登った。医師はありえないという表情を浮かべた。彼になぜ歩けるのかとお父様が聞くと大妖精様と契約したらしい。私を守るために、代償があってもすぐに契約したら気に入られて回復を早めたと。彼はどれだけ私を落とせば気が済むのでしょうか。彼は私を大好きと言ってくれた。だから私も彼に大好きを返す。いえ、彼からもらう以上の好きを彼に返す。だってそれくらい好きなのだから
彼はリハビリをすぐに終え、侯爵領に帰る日が来た。2週間ばかりではあったがそれ以上に濃い2週間だった。私は泣いた。貴族の子供であるとか関係なしに泣き喚いた。ずっと一緒に居たい。私も侯爵領に行きたい。けれどもそれは許可されなかったので毎日手紙を送ると宣言した。そこから私は毎日のように手紙を送った。何気ないことから面白かったこと、怒られたことなどを書き記した。彼は訓練に勤しんでいるらしい。私を守れるようにと書いてある手紙は額縁に飾ってある。彼の手紙は訓練や授業、面白かったことや怒られたこと、そして友達のことが書いてあった。恐らくこの友達は女子なのだろう。これがわかったのは女の勘だ。その友達のことを見るたびに激しい嫉妬に支配される。彼は私の婚約者、いやもう夫だ。婚約破棄なんてしないし、だから私たちは結婚する。つまり、もう実質夫婦だ。夫に女の影がチラつけば嫉妬に狂うのは仕方ない。お母様もお父様に認めた相手以外の女の影が少しで見えたら嫉妬し、お父様をやつれさせる。やつれさせる方法はわからないが、愛する者同士はそれが普通なはずだ
「ミリー……私の英雄、私の夫、私のミリー。ずっと、ずっと永遠に私たちのつながりは切ることが出来ない。何回生まれ変わっても私たちは夫婦になる。それを阻むなら、神様だって、家族でさえ、裏切れる」
(ミリーバーブ様のことになるとそれに夢中になってしまう。奥方様のようだ。けれどもいささか早熟すぎますね。ミリーバーブ様、頑張ってください)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
こんにちは、月照です。1日に2回更新!明日は多分ないです。あるとしても夜になります。誤字脱字、誤記等ある場合は報告してくださると幸いです。そしてこの作品のコメント・評価も是非ともお願いします
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます