双子転生〜悪役令嬢に転生した妹があまりにもポンコツなので、兄が裏で全部なんとかしてます〜

@nanami_nanana

プロローグ

世界は不公平にできている。


俺――神崎悠斗は、物心ついた頃からそう確信していた。

隣を見れば、そこには自分と似たような顔立ちをした女がいる。だが、中身はまるで違う。

神崎明里。双子だというのに、まるでコインの表と裏のように性質の異なる妹。

明里は太陽だ。無自覚に人を惹きつけ、光を振りまき、そしてその光が強すぎるがゆえに、時に濃い影を落とす。

対して自分は、その影の中で本を読むのが好きなだけの、ただの学生だ。


明里が笑えば、周囲も笑う。

明里が泣けば、周囲も悲しむ。

彼女のまわりには、いつだって人が集まっていた。


俺が笑っても、誰も気づかない。

泣いたって、誰も気に留めない。

俺が何かをしても、世界は何事もなかったかのように流れていく。


いつもそうだ。何度も考えた。


どうして俺ばかりが、あいつの後始末をしているんだろう。

明里は無自覚にトラブルを引き寄せて、無自覚に誰かを泣かせて、それでも最後には“明里だから仕方ない”で許される。

俺が同じことをすれば、ただの悪意に見えるくせに。


明里が失敗すれば、俺が尻拭いをする。

明里が褒められれば、俺は比較対象になる。

努力しても、結局あいつの物語の脇役にしかなれない。


同じ母親から、同じ日に、ほとんど同じ時間に生まれたはずなのに――

どうしてここまで違うんだろう。

まるで最初から、俺たちの「役割」が決まっていたみたいだ。


けれど――皮肉なことに、俺たちが死ぬ時は同じだった。

同じ場所で、同じ瞬間に、同じ要因で。


しかしその不平は、たとえ死のうが、別の存在に「転生」しようが…変わることはなかった。


どうして双子のはずなのに、あいつが上流の令嬢として転生して、

俺はその令嬢に仕える、一介の召使として生まれ直さなきゃならないのか。


やはり、世界は不公平だ。



「悠斗〜!」


明里が、俺の名前を大声で叫びながら、いかにも何も考えて無さそうな顔で駆け寄ってくる。

肩にかけたスクールバッグに付けられた、桃色のキーホルダーが激しく揺れる。あれは明里の好きな「もぺもぺぽんた」だか「ぼけぼけごんた」だか、とにかく変な顔をした謎の生物の人形だ。半年ほど前、二人でモールに行った時に大喜びで買ってから、ずっとカバンにつけ続けている。そのせいかふわふわだったはずの繊維はパリパリに固まり、見るに堪えないほど薄汚れている。


明里は俺の隣に立つと、肩からずり落ちそうなスクールバッグを背負い直すやいなや、早々に文句を垂れはじめた。


「もー。一緒に帰るって約束してたのに、悠斗ったらどんどん一人で行っちゃうんだもん!マイペースなんだから!」

「早く帰るぞって何度も言っただろ。友達と話すばかりで中々動こうとしないヤツが何を言ってるんだ」

「うっ、それはごめんって!でも優しい優しいお兄ちゃんのことだし、きっと許してくれるはずだよね〜って思って。」

「調子のいいことを言うな」


俺がため息まじりにそう返すと、明里はまるで聞いていないかのように俺の腕にぴとっとくっついてくる。


「ねぇねぇ、今日の購買、メロンパン売り切れてたんだよ! ありえなくない? あれ買うために一限目から気合い入れてたのに!」

「授業より購買に全力出してどうするんだ」

「だって美味しいんだもん! あれ食べたら一日頑張れるの!」


頬をぷくっと膨らませる姿は、どう見ても真剣に怒ってるというより、単に構ってほしいだけ。

昔から変わらない。どんなに歳を重ねても、明里は子供のままだ。


「ほら見て、もけもけもんたも怒ってる」

そう言って例のパリパリぬいぐるみをぶらぶらと揺らす。

もけもけもんたが怒ってるのは、お前が洗ってやらないからだろ。


「『明里が買う予定だったメロンパンを食べたやつ、全員処刑!』だって」

「ぬいぐるみがそんな主張するか」


くだらない。くだらないけど、なんかこういう時間が妙に落ち着く。

明里の言葉に適当に返し、彼女の歩調に合わせて歩くのがいつもの帰り道。


夕陽が差し込む坂道。

明里の髪が光を反射して、まるで本当に太陽みたいだ。


「……なぁ、明里」

「んー? なに?」

「お前、たとえ生まれ変わったとしても、そうやって俺を振り回すんだろうな」

「へ? なにその厨二くさい発言。もしかして小説のネタ?」

「……ああ、そういうことにしておけ」


明里は笑った。屈託のない、眩しい笑顔で。

悪意なんて一切無さそうな、無邪気な笑顔。

その能天気さが羨ましいような、腹立たしいような。


明里ははっきり言ってアホだ。

テストの度に赤点を取って俺に泣きついてくるし、

課題の提出日を忘れては「悠斗助けて〜!」と土下座し、

自分でまいたトラブルを全部、俺に丸投げしてくる。


なのに、そんな奴に限って周りからは妙に好かれるんだから世の中どうかしてる。

先生には「明里さんは明るくてクラスのムードメーカーね」と褒められ、

男子には「ちょっと抜けてるところが可愛い」と言われ、

女子には「妹みたいで愛らしい」なんて呼ばれている。


……どこがだ。

その裏で、俺が常に後始末をしてるんだぞ。


「悠斗もさ、もうちょっと人と喋ったら?せっかくの高校生活だよ?」

「俺は静かに過ごしたいんだ」

「またまた〜。本当は寂しがり屋なくせに」

「誰がだ」


明里は俺の言葉を無視して、少し前を歩く。

夕陽が沈みかけ、空が茜色に染まる。

彼女の背中は、相変わらず眩しいほどに光を浴びていた。


(――ほんと、不公平だ)


胸の奥に、ちくりとした痛みが走る。

けれど、それを口に出す気にはなれなかった。

どうせこいつは、「悠斗ももっと笑えばいいのに!」とか言って、

あの無神経な笑顔で全部を吹き飛ばしてしまうのだから。


明里が笑っている限り、俺はその後ろを歩く。

影の中にいるのは慣れている。

光が強すぎるなら、俺がその影を整えてやればいい。


どうせ、俺の役割は昔から変わらないんだから。


「あっ、悠斗!家帰ったら数学教えてよ!今日の授業爆睡しちゃってさ〜」

「はいはい。またテスト直前にそれ言われるのだけは勘弁だからな」


そんな言葉を交わしながら、俺たちは横断歩道へ足を踏み出す。

黒いアスファルトの上、白い縞模様が夕陽を反射してやけに眩しい。


昔はよく、この白線を一本も踏み外さずに渡れるか勝負した。

「落ちたら死ぬ」なんて笑いながら。


まさか、その冗談が現実になるなんて。


歩道の向こうが見えてきた頃、明里が小さく「あっ」と声を上げた。

「もけもけもんたが」


次の瞬間にはもう、明里は踵を返していた。

横断歩道の真ん中、車道の上にぽつんと転がる、薄汚れた桃色のキーホルダー。

その向こうから、低く唸るエンジン音が近づいてくる。


――嫌な音だった。


俺の中で、何かが弾けた。

思考より先に体が動いた。

反射的に走り出し、明里の腕を掴む。


明里が何か言いかけた瞬間、

視界の端に、巨大な鉄の塊が迫る。


間に合わない。


その瞬間、俺は明里の体を抱き寄せ、

そのまま背中をトラックに向けて覆いかぶさった。


――世界が、白く弾けた。


轟音、衝撃。体が空を舞うような感覚。

内臓が浮き、世界の上下が逆転する。

なにかが潰れる音と、誰かの叫びが遠くで混ざる。


そして次に来たのは、静寂だった。


耳鳴りの向こうで、誰かが俺の名前を呼んでいる。

遠い。声が霞んでいく。


(……ああ、またか。)


結局、こうなるんだな。

俺はこいつのトラブルに巻き込まれて、尻拭いをさせられる。


腕の中で、血に濡れたもけもけもんたを握りしめながら、ぐったりと脱力している明里。

あたたかい。

けれど、その温もりが少しずつ、指の隙間から零れ落ちていくようだった。


口を開こうとした。

けれど、喉が焼けついて声が出ない。

息が漏れるだけだ。


(……明里……)


呼びかけたつもりだった。

だが、声になったかどうか、自分でもわからない。


明里の顔が視界にぼんやり映る。

血に濡れた頬、閉じかけた瞳。

彼女の唇がわずかに動いた。

「……ゆう…と……」

掠れた声が、鼓膜にこびり付いて離れない。


俺たちは、同じ場所で死ぬことになるのだろう。

同じ時間に、同じ理由で。


それなのに――


視界の端に映る空は、あまりにも……皮肉な程に綺麗で、

まるで俺たちの死を祝福しているみたいに輝いていた。


(……やっぱり、世界は不公平だな)


それが、俺の最後の思考だった。

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