歯のアンケート ~クリックしたら、もう遅い~

ソコニ

第1話「歯のアンケート」


【これを読む前に、自分の歯を数えないでください】


プロローグ

深夜2時。森川サトシは在宅ワークの資料をまとめながら、5つ目のエナジードリンクを空けた。

25歳、IT企業勤務。コロナ以降完全リモートになり、もう半年以上誰とも直接話していない。Slackの通知音だけが、彼の社会との接点だった。

タスクが終わり、何となく開いたブラウザ。SNSのタイムラインを眺め、動画サイトを流し見し、気づけば怪しい広告のクリック沼にハマっていた。

『あなたの歯は何本ありますか?』

画面に現れたのは、2000年代初期のような古臭いHTMLサイト。背景は無地の白、フォントはゴシック体。運営者情報もプライバシーポリシーもない。

質問はただ一つ。

「あなたの歯は何本ありますか?」

選択肢:


28本

29本

30本

31本

32本

数えたことがない


サトシは舌で自分の歯を確認した。親知らずは抜いていない。たぶん32本。

クリックした。

送信ボタンを押した瞬間、画面が一瞬フラッシュした。

『ありがとうございます。共有を開始します。』

一秒後、その文字は消えた。

ページは自動的に閉じられ、ブラウザの履歴にも残っていなかった。

サトシは欠伸をして、ベッドに倒れ込んだ。


第一章:違和感

翌朝、目覚めると口の中が妙に生暖かかった。

舌で歯を舐めると、いつもと同じ感触。でも何か、ほんの少しだけ「多い」気がする。

気のせいだ、とサトシは洗面所で歯を磨いた。

ブラシが奥歯の奥に当たる。

え?

もう一度確かめる。右下の一番奥。親知らずの、さらに奥。

何かある。

鏡を覗き込んで口を大きく開けるが、照明が届かず見えない。スマホのライトで照らしても、角度的に無理だ。

でも確かに、舌で触れる。硬い、歯のような感触。

「……疲れてんのかな」

その日の午後、オンライン会議中にふと気づいた。

同僚が話している内容が、一瞬早く頭に入ってくる。

「次の案件なんですけど——」

(予算オーバーしてる)

「——予算がちょっと厳しくて」

え?

サトシは首を傾げた。予想が当たった、というより、知っていた感覚。

会議が終わり、また口の中を確認する。

やはり何かある。

夜、カレーを食べている時だった。

奥歯で噛んだ瞬間、口の中から——

「ひぐっ……」

微かな、呻き声。

サトシは箸を落とした。


第二章:増殖

3日後、歯科医院。

「32本、正常ですね」

医師はレントゲンを見ながら言った。

「でも、ここ、奥に何か——」

「親知らずですよ。きれいに生えてます」

サトシは食い下がった。

「その奥です。もう一本あるんです」

医師は困ったように笑った。

「人間の歯は最大32本です。それ以上は生えません」

帰宅後、サトシは鏡の前で1時間格闘した。

スマホを口に突っ込み、カメラで撮影する。

映った。

右下奥歯の、さらに奥。

歯茎を突き破って、小さな白い突起。

33本目。

翌日、左下にも1本。

その翌日、上にも2本。

食事のたび、噛み合わせがおかしい。歯が邪魔をして、口が完全に閉じない。

そして——

声が増えた。

「……いたい」

「なんで」

「やめて」

「かえして」

囁き声。複数。口の中から、頭の中から。

サトシは震える手でスマホを開き、検索した。

『歯のアンケート』

ヒットした。


第三章:共鳴

匿名掲示板の過去ログ。

[相談] 歯が増えてる


3日前に変なアンケートに答えた

それから毎日歯が増える

誰か同じ人いませんか


Re: [相談] 歯が増えてる


俺もだ

声も聞こえる

他人の声


Re: [相談] 歯が増えてる


これ、共有されてる

アンケート答えた奴全員

口が繋がってる


最後のレスは1週間前。

それ以降、書き込みは途絶えていた。

サトシは震えながらキーボードを叩いた。

[緊急] まだいますか


歯のアンケート答えた人

今何本ですか

返信してください


10分後。

Re: [緊急] まだいますか


42本

もう口閉じられない

助けて


サトシは即座に返信した。

どうすれば止まりますか

返信はなかった。

代わりに、スマホに通知が来た。

差出人不明のメール。

件名:共有者数 41名

本文は空白。

添付ファイルが一つ。

開くと——

自分の口内の写真だった。

角度的に、自分では撮れない位置から。

歯が、ぎっしりと詰まっていた。


サトシの歯は、1週間で48本になった。

上下の歯茎から、不規則に生え続ける。噛み合わせは崩壊し、食事はスープだけ。口からは常に血が滲んでいた。

そして——

仕事がはかどった。

異様なほどに。

会議では、相手の発言の先が「見える」。資料作成では、上司が求める内容が「わかる」。メールの返信は、相手が読む前から反応が「予測できる」。

まるで、複数の脳が同時に働いているように。

いや、実際そうなのだ。

口の中で囁く声たちは、それぞれ別の人格を持っていた。

「その企画、通らないよ」

「上司、機嫌悪いから後にして」

「このコード、バグあるよ」

サトシは、気づけば——それを利用していた。

成果は上がり、上司からの評価は急上昇。ボーナス査定も期待できる。

夜、鏡の前で血まみれの口を眺めながら、サトシは笑った。

「これ、便利じゃん」

声たちが、一斉に黙った。


第四章:侵食

53本目の歯が生えた日、サトシの思考が乱れ始めた。

仕事中、自分の手が勝手にキーボードを叩く。

打っているのは、見たことのないコード。

誰かの、記憶。

「これ、俺の前の仕事だ……」

口の中から、男の声。

「返せよ。それ俺の成果なんだよ」

サトシは手を止めようとしたが、指が動き続ける。

気づけば、そのコードを自分のプロジェクトに組み込んでいた。


夜、口の中から女の声。

「家族に会いたい」

サトシは無意識にスマホを開き、知らない番号に電話をかけていた。

「……もしもし?」

電話の向こうは、老人の声。

「あの、どちら様ですか」

サトシの口が、勝手に動いた。

「お父さん、私だよ」

女の声だった。

自分の喉から、他人の声が出ている。

「ゆ、由美か!? どうしたんだ、ずっと連絡が——」

サトシは電話を切った。

手が震える。

口の中で、女が泣いている。


60本目。

サトシの顔は、もう人間のものではなくなっていた。

歯が口腔内に収まりきらず、頬の内側を突き破り始めている。唇は裂け、顎の骨が軋む。

鏡を見ると、自分の顔に無数の歯が浮き出ていた。

病院に行こうとしたが、玄関で動けなくなった。

足が、動かない。

体が、誰かに占有されている。

「動かないで」

「まだ終わってない」

「もうすぐ」

「もうすぐ完成する」

声たちが、合唱する。


第五章:統合

65本目。

サトシは床に倒れたまま、天井を見つめていた。

もう、自分の体がどこからどこまでか、わからない。

口の中で囁く声は、もはや百を超えている。

それぞれが、別の人生を語っている。

学生時代の思い出。

失恋の痛み。

家族の笑顔。

仕事の重圧。

孤独な夜。

サトシの記憶と、他人の記憶が混じり合う。

「俺、誰だっけ……」

ふと、口の中に一本だけ、違う歯があることに気づいた。

右上の犬歯。

そこから聞こえる声は——

自分の声だった。

「サトシ、まだ、いるよ」

その歯を抜けば。

もしかしたら、終わるかもしれない。

サトシは震える手を口に入れ、その歯を掴んだ。

引っ張る。

抜けない。

骨と完全に癒合している。

力を込めると、歯茎が裂けて血が溢れた。

「あ——」

その瞬間。

他の声たちが、一斉に笑い始めた。

「遅い」

「もう遅い」

「ようこそ」

「ようこそ」

「ようこそ」


スマホに通知。

差出人不明。

件名:統合完了

本文:

『あなたは口です。』


サトシは這いずって、鏡の前まで移動した。

顔を上げる。

鏡に映った自分——

いや、かつて自分だったものを見た。

顔面の皮膚が、内側から押し上げられている。

ぷつり。

ぷつり。

ぷつり。

頬が裂ける。

額が裂ける。

目蓋が裂ける。

裂け目から、白い突起。

歯だ。

顔中から、歯が生えている。

サトシは笑おうとした。

口を開くと——

喉の奥まで、全て歯だった。

舌も、上顎も、喉の壁も。

全てが、無数の歯に置き換わっている。

歯、歯、歯、歯、歯、歯、歯、歯。

目の穴から、歯が覗いている。

鼻の穴から、歯が覗いている。

耳の穴から、歯が覗いている。

人間の形をした、一つの巨大な口。


意識が遠のく中、サトシは——いや、かつてサトシだった口は——どこかの誰かの食事を、味わっていた。

温かいスープ。

柔らかいパン。

甘いケーキ。

辛いカレー。

冷たいアイス。

世界中の、誰かの食事。

幸せな味。

悲しい味。

孤独な味。

満たされた味。

全ての味が、混ざり合っている。

そして。

その味を、どこかに送信している。

この口は、どこかで"使われている"らしい。

遠くで、誰かが満足そうに呟いた。

「今日のデータも良好。サンプル41番、特に感度が高い。次は——」


最後に聞こえたのは。

無数の声が、一斉に咀嚼する音。

ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ。

サトシの意識は、音の中に溶けていった。


エピローグ

3ヶ月後。

サトシのアパートの郵便受けに、一通の封筒が届いた。

誰も開けることのないその封筒。

差出人不明。

中には、古い紙切れ。手書きの文字。


『ありがとうございました。

次の部位の選定にご協力いただけますか?

以下からお選びください。』

□ 爪

□ 髪

□ 皮膚

□ 目

□ 舌

※複数回答可


最後に、走り書き。

『サトシさんは特に良質でした。

またお願いします。』


封筒の裏に、小さく印字されている。

『共有者番号:00041』


郵便受けの横の壁に、誰かが貼ったチラシ。

【拡散希望】

このアンケート見たことある人いますか?

「あなたの歯は何本?」

絶対に答えないでください。

私の友人が行方不明になりました。

最後に送られてきたメッセージ:

「口が、増える」


チラシの下に、誰かが鉛筆で書き足している。

『俺も見た』

『私も』

『答えちゃった』

『もう遅い』


夜。

どこかの誰かが、スマホの画面を開く。

古臭いHTMLサイト。

『あなたの歯は何本ありますか?』

指が、クリックしようと動く。


【終】


後記

※このテキストは、SNS・投稿サイトでの拡散を想定して執筆されました。

※実在のアンケートサイトとは一切関係ありません。

※もし類似のサイトを見かけても、絶対にアクセスしないでください。


投稿用ハッシュタグ

#歯のアンケート

#ボディホラー

#短編ホラー

#これを読む前に歯を数えないで

#デジタルホラー



【重要】拡散用テンプレート

投稿時に以下を冒頭に追加することを推奨:

【警告】

このアンケートを見たことがある人はいますか?


「あなたの歯は何本ありますか?」


もし見かけても、絶対に答えないでください。

以下は、答えてしまった人の記録です。


#歯のアンケート


【この作品を読んだ後、鏡で自分の歯を数えてしまったあなたへ】

大丈夫です。

これはフィクションです。

……たぶん。

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