訴訟人・娘
なかむら恵美
第1話
吐き気がした。
「出社してんに、決まってんでしょっ!」
思わずの声が出る。
社長も驚く。専務もビックリ。
社内一同、わたしに注目。
「お母様からです」
出先から戻った途端の悪夢であった。
ガチャン!
受話器を置くと同時に、トイレに直線。本当に吐いた。
化粧が崩れる。
目尻に涙の線を伝わせながら、尚、気分の悪さに陥った。
やっと、やっとの思いで、家から独立。
歩いて10分の場所である。本当は、隣の市にでもしたかった。
けど、母が懇願。しつこい。しつこい程に懇願したのだ。
「お母さんに何かあったら、どうするの?あなたしかいないのよ」
納得したのが馬鹿だった。
母は超健康体で、風邪ひとつを滅多に引かない。
以後、何かと「心配だから」と、やたら電話を掛けて来る。
「いついつ帰るの?」「ご飯食べた?」
「日曜日、いらっしゃいよ」
3日と空けず、自宅と言わず、携帯を問わずに掛けて来るのだ。
気持ち悪くて、仕方がない。
「止めて欲しいんだけど」
やんわりとのお願いも、逆効果。
「もっと電話が欲しいのね。しょうがない子ねぇ」
ふふふ。不気味な笑みは、恐怖の笑いだ。
単身赴任している父が、早く戻るのを期待するけど、何せスイスだ。
期待薄。国際電話でも何でもいいから、あの、ノンビリした口調で制してはくれないだろうか?
兄が12歳、弟が5つで他界してからの兆候だった気が、どうもする。
それまでも「女の子だから」的な接し方はあったが、わたしが6歳。
中学校にあがる寸前の兄の他界は、かなりショックだったようだ。
1年後に、弟が事故死。5歳の誕生日を迎えた翌日であった。
「だからその分、心配なの」
「元太と雄太に出来なかった分、翠(みどり)には」
折に触れ、聞かされて来た。
息子2人を失った父は、一晩で白髪だらけとなってしまい、今も染めていない。
初めの頃こそショックを隠し切れなかったが、その分仕事に打ち込んでいる。
母の気持ちは分かるが、そういう年齢ではない。
「どうしたらいいんでしょう?」
「どうしたもんかね?」
友人・知人に相談しても、「愛されている証拠なんだから、感謝しろ」だの、「遠くにゆけば良かっただけ、自業自得」だの。
故郷が遠かったり、既に親が他界されいる人だと、
「贅沢だ!」逆ギレされてお終いで、気持ちが伝わらない。
警察から注意して貰えば少しはいいかと、一回、「悩み事相談」に出向いた。
「あ~っ、分かりましたぁ~っ。あなたの気持ちを、お母様に伝えておきますからぁ~っ」
「今、直ぐに?」
不安になって聞いてみると、「あ~っ、近くにですぅ。ここんとこぉ~っ、事件が多いンでぇ~っ」
永遠に近くないような気がした。
なので、訴訟。意を決意して、遂にわたしは訴訟しようと決めたのだ。
家庭裁判所でいいだろう。略式訴訟がいい。
「えっ?」
出廷を。その時、母はどんな顔をするであろうか?
どんな表情を見せるだろう?まして娘。娘から、訴訟されている。
訴訟人が、娘だと知ったら。
(・・・・・)
心苦しいが、仕方得まい。
訴訟人・娘 なかむら恵美 @003025
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