[短編小説]窓辺の女性とみお姉ちゃん

レネ

💐


 高校生の時、登校時に、駅前の商店街の一軒の写真館の窓辺に、たまに女の人が座っていることがあった。


 その方は、いつも素敵な和服を着ていて、端麗な顔立ちをしていたが、2階の窓からぼんやりと空を見つめるその顔は、明らかに普通じゃないというのが分かる表情をしていた。


 一体なにがあったのだろう、あんなステキな方なのに、もったいないな、などと、貴史はその方を見かける度に考えていた。

 うつろな目をして、鼻筋は通っているが、いつも赤い口紅をつけて、口を半分開いていた。


 しかしこんな例えが相応しいかどうかわからないが、写真館の娘さんというよりは、どこかいい家柄の令嬢といった雰囲気があって、人目を引く美しさがあった。


 その方がいるのは数日に1度で,それ以外はいつも窓は固く閉ざされていた。


 通行人は、狭い商店街の路地をせわしなく通り過ぎていくが、貴史もその波にもまれながら、時々、窓辺に悲しく放心したように座るその方を見ると、遠い親戚の、ある女性のことを思い出した。


 その女性とは、貴史が小学校3年生の頃、九段坂の病院に小児喘息で入院した時、時々会いに来てくれた女性で、実は、その病院の別の病棟で看護婦をしていたのだった。


 貴史はその看護婦さんのことを、みお姉ちゃんと呼んでいた。

 入院中は両親にも姉にもたまにしか会えなかったので、みお姉ちゃんの来訪はとても楽しみだった。


 プラモデルや本を買ってきてくれたこともあった。2人で病院の庭で、アイスクリームを食べたことは、今でも懐かしく貴史の心に残っている。


 アイスクリームを食べながら、

「たかしちゃん、お風呂に入らないんだって?」

 と、みお姉ちゃんが貴史に尋ねた。

「うん」

「何で?」

「だって、自分で入っちゃいけないんだもん。」

「そうだね。個室で看護婦の目から離れちゃうもんね」

「ぼく、いやだ」

「あっ、そうか、看護婦さんに洗ってもらうのが恥ずかしいんだ」

 貴史はコックリと頷いた。

「じゃあ、可哀想だから、みお姉ちゃんが入れてあげようか?」

「ううん、いい」

「恥ずかしいんだ」

「ううん、違う」

「じゃあ、なんで?」

 貴史は答えに窮した。言うまでもなく、理由は恥ずかしいからだ。

「まあいいや、退院まで我慢しようか」


「キミ、細いね」

 貴史は結局みお姉ちゃんに風呂に入れてもらった。しかしそんなみお姉ちゃんのひと言にも傷ついたりしていた。

 みお姉ちゃんは貴史の身体を洗ってくれた。だけどもう覚悟が決まっていたので、それほど恥ずかしいとは思わなかった。

「ほうら、やっぱり身体も頭も洗うと気持ちいいでしょう」

 そういいながら、みお姉ちゃんは貴史の背中をバスタオルで拭いてくれた。


 それからしばらくして貴史が退院すると、それっきりみお姉ちゃんに会うことはなかった。


 そして月日が流れ、母から、ある日みお姉ちゃんが男に騙されて、心を病んだと聞かされたのだ。


 貴史はまだ中学生だったから、心を痛めながらも、会いに行こうとか、見舞いに行こうなどとは考えなかった。


 男に騙されて心を病むというのが、どういうことなのか今ひとつ分かっていなかったせいでもある。


 とはいえ、みお姉ちゃんはその後どうしているのだろう。

高校生になった貴史は、駅前の、和服の女性を見かけるたびそんなことを思った。


 結局、みお姉ちゃんとはそれっきり会ってないし、どうしたかも分からなくなってしまった。今は両親もいないし、消息は途絶えたままだ。

どこかで、回復して元気にされているだろうか。


 写真館の女性も、それから間もなくとんと見かけなくなってしまった。

 何となく気にしてみると、窓はいつも固く閉ざされている。



 今は駅前もすっかり変わり、写真館ももうない。


 その女性がどうなったのか、みお姉ちゃんがどうしているのか、貴史は時々ぼんやり思い出す。


 駅前には、今ではすっかり様変わりした賑やかな光景が広がっている。


                了

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[短編小説]窓辺の女性とみお姉ちゃん レネ @asamurakamei

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