第1話 運命の出会いは、キノコ

時は過ぎ、魔法少女という存在が職業として一般化した現代。 とある高校の通学路にて、一人の男子高校生が頭を抱えていた。


「なーなー! 頼むわ、契約してくれなー!」

「…………」

「なぁって! お前しかおらんねん! これは運命の出会いなんや! 頼む! ワイの顔を立ててくれや!」


まとわりついてくるのは、奇妙な浮遊物体。 かろうじて「妖精」に分類されるであろうそれは、どう見てもキノコだった。 それも、妙に股間を連想させるような、なんとも卑猥なシルエットをしたキノコだ。


辰宮(たつみや)才牙(さいが)は、額に青筋を浮かべて怒鳴り散らした。


「だー! 五月蝿(うるせ)ぇ!!」

「ひえっ!?」

「だーかーらー! 俺は男だって言ってんだろ! 魔法少女はオンナがなるもんだろ! アホか! どっか行け!」

「そ、そんな殺生な~!」


才牙は深くため息をつき、天を仰ぐ。 (あー……助けて損した……)


事の発端は数分前。 帰宅途中だった才牙は、他校の不良たちが何かを囲んでゲラゲラ笑っている現場に出くわしたのだ。


『うわ、なんだこれマジで卑猥なんだけど』

『キノコ? こいつ妖精じゃね? 形ヤバすぎだろw』

『先っちょつついてみようぜー』


そんな下品な言葉と共に虐められていたのが、このキノコ妖精――チーポだった。 見かねた才牙が不良たちを追い払ってやったのだが、それが運の尽き。


「助けてもらった恩は返す! せやから契約しよ! な!?」

「恩を仇で返そうとすんな! 俺に付きまとうな!」


恩返しと称して強引な勧誘(キャッチ)をしてくる不審なキノコ。 これが、後に世界を揺るがすことになる「最悪の出会い」だった。

「頼む! 先っちょ! 先っちょだけでええから!」

「何だよ『先っちょ』って! お前ぶっ殺すぞ!」


 すがりついてくる卑猥なキノコに対し、才牙は殺意を込めて怒鳴り返す。  だが、チーポと呼ばれたその妖精は、つぶらな瞳から滝のような涙を流して泣き崩れた。


「なんでやー! 才牙しかもうおらへんのや……」

「知るか!」

「ワイが声をかけるとな、女はみーんな悲鳴あげて逃げるんや! 通報されかけるんや! お前しか頼める相手がおらんのやー!」

「…………」


 その理由は聞かなくても痛いほど分かった。  この見た目だ。年頃の女子からすれば、ただのセクハラ浮遊物体でしかないだろう。


 同情の余地はある。 だが、それとこれとは話が別だ。


「だーかーらー! 俺は男! 男な!」

「いけるいける! 何事も初めてっちゅーもんはあるんや!」

「いけるわけあるか!!」

「おまんが契約してくれんのなら、一生付きまとうで!」

「はぁ!?!?」


 ストーカー宣言。  しかも相手は、卑猥なフォルムのキノコだ。これほど恐怖を感じる脅し文句もそうそうない。


「だから、ワイと賭けをしようや」

「賭けだぁ?」

「せや。もし魔法少女になれんかったら、ワイはキッパリ諦めて去る。……でも、万が一魔法少女になれたら、才牙はワイと契約する! どうや?」

「いやいや! 俺に得がねえ!」


 即座に却下する。  勝ってようやく「マイナスがゼロになる」だけの、ふざけた条件だ。


 だが、チーポはニタリと笑った気がした。


「じゃあ、一生付き纏ってええんやな? 学校も、家も、トイレも風呂も」

「ぐぬぬ……」


 この見た目の物体が、四六時中視界にちらつく生活。  それは才牙にとって地獄以外の何物でもない。

そもそも、俺は男だ。それも身長180センチを超える強面の男が魔法少女になれるわけがない。

「……分かった。じゃあやってやる!」

「おっ!」

「ただし! 魔法少女になれなかったら絶対に去れよ! 二度と顔見せるな!」

「勿論や!」


 元気よく頷くチーポ。  その内心で、(こいつ、ちょっろ!)と舌を出していることにも気付かず、才牙は運命の契約(賭け)に乗ってしまったのだった。

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