怪物シスター
ハタモト イチロー
ケモノのウタ
プーレ
プーレ
アタシの人生はそこそこ上手くいってると思う。
両親は惨殺されて、幼かったアタシは殺した奴らに捕まり、商品として売られた。19世紀のフランスは産業が活発化しているから、お金持ちがいっぱい。
アタシを買ってくれるパパは引く手数多って感じ。
両親を殺した奴らは、見世物小屋をやってる連中だった。
そいつらは、捕まることがない。
この世はピラミッド構造みたいに、食物連鎖っていうか、種としてのヒエラルキーが明確に決まってる。
人間は自分達が頂点だと思ってるけど、全く違う。
一番上にいるのは、【ケモノ】と呼ばれる奴ら。
ケモノを知ってる人間達は、【動物型】と【虫型】って区別しているみたい。世界で最も多いのは、一部の人間曰く【動物型】。
そして、人間は一番下。
でも、文明を作っているのは人間。
その中に溶け込んで生きてるのは、ケモノ。
しかも、ケモノは社会の中で良いポジションについてる。
だから、裁かれない。
と、まあ、アタシはケモノに売られて、名前を
プーレとして売られ、引き取ったのは中流の労働者。
洋服のデザイナーをやっており、自分で経営する店で服を売っている中年の男だった。
その人はアタシを見て、「おっふぅ。良い体してるねぇ。さ、脱ぎなさい。早く! 早く!」と常に脱衣をご所望した。
アタシのご主人様になるガストンさんは、ハッキリ気持ち悪い。
でも、手は一切出してこなかった。
常にアタシの体に合う服を作り、上半身と下半身に分けて衣服を作った。下は男性用のズボンになるし、上はグラマーな体形の婦人が着る衣装を作れる。なので、一石二鳥。
そこそこ大きな館で、メイドとして住ませてもらう事もできた。
両親と一緒に暮らしてる時は、わざわざ盗まないと食べれなかった。
母は肉体的に限界がきて、寝たきり。
父は鉄道を作るために労働で、たまに帰ってくるくらい。
その点、館ではたくさん食べることができた。
公衆浴場にも通わせてもらえたし、香水も貰えた。
寝てる時に、隙間風に悩まされることもなくなった。
まあ、そのせいか、以前よりも下半身が太くなり、別の悩みができた。
デブってわけじゃない。
むしろ、筋肉の方が発達しているせいで、下半身が太い。
ある日、洗面台の鏡で自分の体を確認した時、やっと自覚できた。
下着姿で片足を持ち上げると、筋肉のラインがいくつも浮かんだ。
元々、臀部の骨は幅が広かったので、尻は大きい。
運動は好きだけど、他の子に比べてムッチリというか、ガッチリというか、どっちも合わさってる自分の足に悩んでしまった。
鏡に映ったアタシの顔は、目尻が少しツンと持ち上がってる。
意識して鏡を見たので、自分の変わった体型に改めて気づいた。
頭が小さいので、肩幅の大きさとか、色々気になる。
成長に伴って伸びた髪の毛は、動きやすいように後頭部の高い位置で結んでる。長い前髪は自分で切って、目の上だけ切るようにしていた。
そして、切れない理由が他にもあるけど、アタシの髪は変わっていた。
紺色っぽい髪の色なのだ。
しかも、日光に当たると表面が青紫色の艶を放つので、目立ってしまう。
と、まあ、これがアタシの姿だった。
ある日のこと。
アタシが花瓶と食器を割って、ガストンさんが大事にしていた絵画をへし折った日に、それは起こった。
「おい。大変だ。ガストンさんが……!」
「え、あ、はい?」
玄関先には、馴染みの
用がある時、馬車を出してくれる人だ。
ガストンさん以外の人も乗せるため、館周辺で待機してる男の人なので、すぐに分かった。
アタシは証拠隠滅のために、使わなくなった麻袋に詰め込んでいたので、本当に焦った。
「ガストンさんが、ど、どうかしたの?」
「死体で見つかったよ……」
その瞬間、アタシのそこそこ良い人生が、
場所は、サン=ミッシェル橋。
監獄があるシテ島に渡るための橋だ。
死因は、首から上を切断。
ガストンさん以外の死体も並んでおり、死体は橋の上で直立したままだったとのこと。
アタシは泣き崩れた。
家を追い出される。
お金もないし、行く当てもない。
ただでさえ、生きるのに必死だというのに。
「あ”あ”……ッ! どうしてぇ!」
「お、い……。気を確かに……」
馭者に肩を掴まれるが、アタシは顔を上げれなかった。
もう温かいご飯を食べれないんだ。
ガストンさんの名前を出して公衆浴場を無料で使う事もできない。
たまに絵の具でガストンさんの寝顔に落書きもできない。
温かいシーツに包まって、惰眠を貪ることもできない。
アタシは、全てを失った。
街を歩く恵まれた他の女性には分からない。
あの人たちは生活ができているから、何でも好きに文句を言える。
でも、お金がなくて、生活ができないアタシからすれば、衣食住が確保できるのは、神様が食べようとしていたデザートを盗み食いした事と同等。この世の奇跡を全て集めたかのような幸福だ。
「あ、アタシ……これから……どうしたら……」
「実家に帰ればいいじゃないか。ここにも、警察の方が来るぞ」
「無理よ。すぐに盗めるように、駅の近くに住んでいたもの!」
「……たくましいな」
怖い。
怖くて、体が動かない。
「え、あ、ちょ、どこに!?」
アタシは、きっとどうかしていたんだと思う。
警察が来る前に、アタシはガストンさんの寝室に向かった。
シーツを使って、売れるものをありったけ詰め、ベッドの引き出しからは銀貨を貰った。
アタシは主人のいなくなったベッドを見て、お別れを口にした。
「ありがとうございました。生活をさせてもらった恩は忘れません」
玄関から行くと、馭者に見つかる。
なので、アタシは窓を開けた。
三階から見下ろすパリの風景は、今日も静かだ。
窓の縁を軽く踏むと、足元からパキパキと石の割れる音が聞こえた。
外壁が砕けているんだと思う。
たくさん食べたから、体が作られたんだ。
痩せていた時も、脚力は自信があったけど、成長したら格段に上がってしまった。
「嫌だけど……あそこに……行くしかないのかなぁ……」
荷物を抱えたアタシは、縁に乗せた足にもっと力を込めて、前に身を乗り出した。
行く当てはないけど、フランスには女性にとって最後の砦があった。
それが修道院。
19世紀の今、政府によって多くの修道院が封鎖されているのを知ったのは、ガストンさんの私物を売った時だった。
怪物シスター ハタモト イチロー @hatamoto333
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