狐の婿入り
白月 透過
第1話 妖怪変化
新月の夜。
ある山の中の街道で、ひとつの列が進んでいく。
彼らはすべて狐の面をしており、その表情を隠している。
全員が和装をしているが、それらはすべて見ればわかるほどに姿かたちが違っている。
先頭の二人は、背格好こそ少し離れているが、人の姿に狐の尻尾と耳が生えている。
その後ろには、背格好が先頭の倍ほどの背格好の者が二人。
その隣には、少し背が低くなるが狼のような耳と尻尾を持つ青年。
そしてその後ろには、ふわふわと浮く一枚の木綿が。
さらにその後方には、この町の住人全員が彼らを祝福するように大きな行列を作っている。
この国に古くから伝わる伝説の中に、これに近いものを表す言葉がある。
狐の嫁入り。
しかし、今回ばかりは少し違う。
正確には『狐の婿入り』、だ。
「こんにちはー、いますかー?」
通っている大学の近くにある小さな山、
木々に囲まれた山の中、木々の掠れる音や動物の鳴らす音が聞こえる場所にある日本家屋。
古い作りの家の周りは不自然に木がなくなっていて、マイナスイオンを全身で感じられる最高の場所だ。
「誰も、いないかな」
呼びかけても返答が無いことを確認して、その中に入る。
鍵がかかっていない玄関の扉を開くと、中にはやはり誰もいない。
靴を脱いで長い廊下を歩き、中の座敷に入ろうとした瞬間。
ふわり。
白いふわふわが、視界の端に映る。
すでに奥の部屋に入って行ったけれど、間違いない。
「何だ、いるじゃん」
思わずそう零して、持ってきていた荷物をそこに下ろす。
その中から、彼女の好物を取り出して呼びかける。
「おーい。出てきてくださいよっ!」
右手にいなり寿司のパック、左手にはベリーのジャム。
はたから見れば意味の分からない組み合わせを持って、彼女の興味を誘う。
すると後ろの戸が、がたり。と音を立てる。
そっちに振り替えると、またふわり、と白いふわふわが見える。
「そこだな……」
そこから先回りをして、庭前に出る。
すると奥から僕の方に、白い塊が走ってくる。
「よっと。捕まえましたよ、白狐さんっ!」
「キュッ⁈」
甲高い声を出したそれは、白い狐の姿をしていた。
両脇を抱えて持ち上げると、その姿がはっきりと見える。
全身が真っ白の毛に覆われている、綺麗な白い狐。
特に尻尾と耳が大きくきれいで、僕に持ち上げられながらふわふわと左右に揺れている。
「やれやれ、やはり君の見鬼の才は群を抜いているね。こんなすぐに見つかるなんて」
抱えられた白い狐が、尖った口をぱくぱくさせて『人の言葉』を話す。
もう見慣れてきたその姿を目の前に持って行って、『人に話すように』話しかける。
「暗斉さんならともかく、僕から隠れようなんて思わないでくださいね。
「はいはい。じゃあ、まず下ろしてくれないかい?ハクトくん」
「わかりました。よっと……」
その白い狐を下ろそうとした瞬間。
ぼふん。
目の前に大きな煙が現れ、手の中にいた重みが消える。
ゆっくりと煙が晴れていくと、そこにはさっきまでいた狐とは異なる姿があった。
さっきの狐と同じ真っ白な髪に、さっきの白い狐にそっくりな切れ長の瞳。
平均位の僕より少しだけ高いところにあるのは、余裕そうな女性の顔。
顔と同じようにシュッとしたスタイルの体には、白い着物を着ている。
そして、その腰と頭。
腰ひもの下あたりに真っ白な尻尾と、同じく真っ白な耳が生えていた。
「こんにちは、白狐さん」
「はい、こんにちは。ハクトくん」
僕は、狐野白斗。
地元の大学に通う、20歳になる前の男子。
最近の趣味は、この山に住む『白狐さん』と話すのが趣味だ。
そして……
「ハクトくん。耳と尻尾、また出てるよ」
「うわっ、急に触らないでくださいよ」
「いいじゃない。減るもんじゃないし」
「触られるの、まだ慣れないんですよ……」
セクハラおやじみたいな口調と手つきで触れているのは、僕の腰にあるもの。
白狐さんと同じ位置に、茶色の尻尾を持っている。
僕と彼女は、言わば同族だ。
「尻尾と耳、ちゃんと隠せてる?大学に行くとき、大変でしょう」
「どうにか。耳の方は、帽子かぶっていれば隠せるんで」
「そう……でも、心配だよ」
白狐さんの綺麗な手が、今度は頭にある狐の耳に触れる。
まだ慣れないくすぐったさに体を震わせると、白狐さんがにこりと笑う。
相変わらず美人だな、白狐さん……
目を細めると、さっきの狐の姿の時とそっくりだ。
その顔が、ゆっくりと僕の顔に近づいてくる……
「あ、ハクトくん!」
「……タイミング悪いな、君は」
綺麗な顔を子供みたいに膨らませ、声の主の方を見る白狐さん。
それに倣って声の方を見てみると、これまた顔見知りの男性がいた。
「暗斉さん、こんにちは」
「こんにちはじゃないよ、ハクト君。邪魔をしてすみません、白狐さん」
頭を下げる男性は、まさにサラリーマンといった風体のスーツを着込んでいる。
初対面の時は胡散臭いと思った四角い眼鏡と糸目、幸薄そうな顔が特徴的な苦労人だ。
人と妖怪の関係を取り持つ組織、現代陰陽局の局員をしている。
だから僕がここに迷い込んでから、よくお世話になっている。
「ほら、ハクトくん。行くよ。君には、話すことがある」
「ちょ、なんですか急に」
「いいから!お邪魔をしてしまい申し訳ない、白狐さん」
「いいよ。大事な話なんだろう」
珍しくすぐに引き下がって、僕を暗斉さんの方へ押す白狐さん。
どかどかと入ってきた暗斉さんは僕の腕を掴んで、そのままどこかへ連れて行こうとする。
抵抗しようにも、非力な僕じゃすぐに連れていかれてしまう。
家屋から外に出て、家の中の白狐さんの顔を見る。
そうだ、言い忘れていたことがあったんだ。
「お土産、ちゃんと食べてくださいね!白狐さん!」
そう声をかけると、にこりと笑って小さく手を振る白狐さん。
その笑顔は、少し辛そうに歪んでいた。
「ちょっと、痛いですよ。暗斉さん。どうしたんですか」
「どうした、じゃないよ。何度も言っているだろう……!」
白狐さんの家から離れて、少しした場所。
連れてこられた理由は、なんとなくわかる。
そこで立ち止まり、暗斉さんと正面から向き合う。
森の中、暗斉さんに両肩を強く掴まれ顔をまっすぐ覗かれる。
「ハクト君、君はここに来てはいけないとあれほど」
「大学が終わった後、暇なんです。祖母の見舞いも終わった後だと、やることがなくて」
「なら、アルバイトでも何でもすればいいさ!白狐さんに会いたければ、ウチでアルバイトだってさせてやれる。だから」
「両親が残した金が残ってます。まだ、苦労はしていませんよ」
「金の話じゃない!君は、早く陰陽局で処置を受けるべきだ!そうしなければ……」
僕の肩を掴む暗斉さんの手に、力が入る。
その理由を、僕は痛いほどよく知っている。
正確には、僕の体が。
「これ以上白狐さんの強い妖気を取り込み続ければ、君は人ではなくなってしまう!」
眼鏡の下で、悲痛に顔を歪める暗斉さん。
ここ最近、耳と尻尾を隠しきれなくなってきた。調子が悪い日は、大学どころか外に出ることすら難しい。
おとといは、朝起きたら体がほとんど狐の姿になりかけていた。
これ以上白狐さんの傍にいれば僕は、あと数週間で……
「君は彼女と同じ、
――ごめん、トキ婆ちゃん。
僕はもうすぐ、人じゃなくなる。
狐の婿入り 白月 透過 @t0k4
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