中
一日目、魔王は冥界に降り立った。
亡者たちはフラフラと荒野を歩き回り、カタカタと関節を鳴らしている。
「ふん、弱そうだ」
魔王はフードを被ったまま鼻を鳴らす。
自分の名前にも冠した呪文を呟く。
「
掲げた右手は亡者たちのなけなしの生命エネルギーを吸い、彼らを衰弱死させる、はずだった。
「効か、ない……?」
魔王は気付いた。
すでに死している者に、即死魔法は効かない。
亡者は身体を鳴らしながら近付いてくる。
地上。
魔王城に近いコーワ近辺へとレジスタンスは移動した。魔族を見つけ森の茂みに身を隠す。
「自分は独自に生態を研究しておりまして、今回の方法論も百二回ほど実験しました。少々お待ちを」
カカッセの姿が通信魔術の画面から消えて「あー」と呟きながら戻ってくる。
「こちらの、魔動戦車を使います」
持ってきたのは手のひらに乗るほどの小さな戦車だった。小枝と木の皮でできたキャタピラが備えられ、アンテナの先端にはハムスターのぬいぐるみがぶら下がっている。
「簡単に手に入る材料で作れます。たぶんその森でも……」
「これでいいか」
ナガラキが戦車を組み上げた。
「早いですね」
「わらわにはドワーフの血も流れている。この程度は手遊びよ。フワラ、毛を貸せ」
「はい」
フワラが制服の中から抜け毛を取り出し、ナガラキがアンテナの先に揉みつけた。
「良いでしょう。それを魔族の前に、つかず離れずの距離で動かしてください」
カカッセの指示に従い、ナガラキは戦車を地面に置き魔力を送った。トトトトと発進し毛玉が揺れる。
魔族が戦車に気付いた。
「グオ」
戦車を掴もうとした。しかし手をすり抜けて足の間に入り込む。魔族はムキになって、戦車を追いかける。
「コピー元の魔王はひどく飽きやすく、かつ目の前の報酬に飛びつきやすい特性があります。これは知能を下げられた魔族にも残っていて、フワフワの動くものを見るとこのように」
「どりゃっ!」
茂みの近くまで戦車を追いかけてきた魔族を、グクが棍棒で力いっぱい殴った。
「ヴァグッ」
頭蓋骨の割れる鈍い音がして、魔族は血を噴き出しながら倒れた。
「……このように、隙を作り出すことができます」
カカッセは眼鏡を直しながら言葉を締めた。
ナガラキは頷く。
「各都市の民に戦車の図面を送る。とどめの武器の作り方はわらわが教える。それでよいな、フワラ、グク」
フワラは輝く目で頷き、グクは荒い息を吐いた。
隙を生む戦車と老人でも使える棍棒の図面は二日目に完成した。
手描きの図面を見た魔王新聞社のスルンは増刷を始めた。
魔王を讃える新聞の折り込みに図面が挟み込まれ、馬で各都市に届けられた。
検閲業務は魔族の視界を通してフワラがおこなっていたため、図面は難なく都市間道路を駆け抜けていった。
ある朝、八百屋の親爺であるカーネギーは木こりのバッサの家を訪ねた。
「新聞を見たかい」
「あの折り込みだろう」
カーネギーは切株に座り、新聞に挟まっている図面を広げた。
「作れるよな」
「ああ、棍棒は斧でもいいのか」
「もちろん」
バッサは割った薪を手にすると、ナイフで円柱状に整えはじめた。
「で、誰が動かすんだい」
「カミさんが魔術にハマってるんだ」
「そりゃ結構」
木の皮を剥がしてきて、キャタピラにする。
バッサが頭を掻いた。
「考えたんだけどよ」
「どうした」
「こいつをもっとでかくすりゃ、俺たちを乗せて運べるんじゃないのか」
二人は顔を見合わせる。
魔族を倒した。その報告が次々と各都市から上がる。
西南のケイソや孤島のシッパでは魔族の視界に入って三名の民が死んだが、倒すことはできた。無策で挑んでいればもっと多くの被害が出ていただろう。
魔族は七日目に全て倒された。
冥界に時の概念はない。
ダークデスはあらゆる攻撃魔術を試した。
「業火よ!」
亡者が炎に巻かれた。焦げる様子もなく出て来た。
「氷の刃よ! 大地よ! ええい、水と風の精霊よ!」
間髪入れず氷柱を降らせ、大地をめくり、冷水を浴びせて竜巻で切り刻む。
「次元位相!」
空間が歪んで断絶した。時空の裂け目に巻き込まれたはずの亡者は平気な様子で歩いてくる。
あらゆる攻撃魔術を使いつくした。
魔王は右手を掲げた。
「くっ、『女神』よ!」
魔王は百九十年ぶりに女神を呼んだ。
改造された魔動戦車が人々を乗せて魔王城のはね橋を渡る。キャタピラは木の板をロープで繋げて魔術強化していた。
「女王様、これを見てくだせぇ!」
歯の抜けた男がナガラキの前に走って来た。長い丸太をくりぬいた筒が戦車に搭載されていた。
「火薬という素材がありまして、これが爆発するのです。鉄球を撃ち出します!」
「なるほど。考えたな」
「ウヒヒヒ、魔王など敵でねえっす!」
男は手を揉みながら笑う。
ナガラキは髪を翻して背を向けた。
「だが、その木は脆いぞ。鉄板で作り直してやる」
「ありがたき幸せ!」
その頃、書庫にある魔王対策本部。
フワラたちは各都市の知恵者たちと会議をおこなっていた。
「私を含めた歴代の側近たちは魔王の言葉を書き記してきました。その記録には戦車、大砲、大陸間弾道ミサイルなどがあります。我々には想像もつかないような兵器の知識もあります。この世界の魔術も彼は貪欲に調べ、解毒や蘇生術も手中にしてきました。彼の知識と想像力を超えるような兵器が必要なのです。作ることは可能でしょうか」
知恵者たちは頭を抱える。
フワラは指を組んで、祈るような姿勢を取った。
「どうかお願いします」
目を閉じて、フワラは彼らに願った。
「ええと、よろしいですか」
カカッセが手を上げた。眼鏡を直す。彼は城の蔵書を半日で読み尽くしていた。
「新たな兵器を発明をする必要はないと思うんです。というか、三日で都合よく思い付きはしません」
「というと?」
「つまり『攻撃などされない』と思わせればいいわけで」
本を閉じて、カカッセは子供が遊ぶような小さなコマを取り出した。
「わかりますかね」
カカッセはテーブルの様子をうかがう。知恵者たちは視線を交わし、やがてフワラが答えた。
「おもちゃに見せかけた、即死兵器を作る」
「はい。使うのはフワラ、あなたです」
視線が集中する。
緊張のあまりフワラはひげを立てて、顔をこすり始めた。
「作戦の起点となれるのは魔王に信頼された唯一の側近であるフワラしかいない」
「そんな、そんな……私には……」
激しく顔の毛をつくろいながら、フワラは縮こまってしまう。
「やるしかないんです」
カカッセは言った。
フワラはくしゃくしゃになった顔を上げて、それからうつむいた。
「考えさせてください」
「我々も兵器の案を詰めていきます」
フワラは肩を落として、てちてちと書庫を出た。
中庭には改造戦車が並んでいる。
「フワラではないか」
ナガラキは額の汗をぬぐって、渡り廊下を歩いていたフワラを呼び止めた。ドレスの端を腰のあたりで縛って、魔術を込めたハンマーで巨大な鉄板を丸めている。
「新兵器だ。ここから鉄の球を打ち出す。球も流線形にするつもりだ」
それは魔王が語った異世界の知識で言うところの『大砲』であると、フワラは言葉にしようとして、やめた。女王たちが希望に満ちた顔で打ち込んでいたからだ。
「話を聞いてくださいますか」
「ああ、仕事をしながらでもいいなら」
ナガラキの言葉に頭を下げ、フワラは作業場の隅に座った。
「私は魔王様をお世話するために生まれました」
フワラは語った。
ハムスター獣人の母は遺伝子操作されたフワラを産んだ。
生まれた時から魔王の側近として教育されてきたのだ。
一歳で簿記を覚えた。二歳で世界の仕組みを知った。三歳になって統治に限界が来ていることを悟った。
「魔王様を自分の手で殺めてしまうなど、私自身の存在意義を否定するようなものではありませんか」
「存在意義か」
ナガラキは空を見上げる。
「わらわは森の中で弓を削って一生を過ごすのだと思っていた。それが当時のわらわの、存在意義だったのかもな」
ハンマーを打ち鳴らす音が響く。
「ある時、村の子供に木彫りのユニコーンを作ってやった。彼女はたいそう喜んでな、宝物にすると言っていた。その翌日には人間に殺されたが」
フワラは驚愕して顔を上げた。
「それで、なぜ、人類の女王になろうと、思ったのですか」
「……」
ナガラキはただ、悲し気に笑うだけだった。
「亜人種の権利を王室に主張しつづけた。怖気づいたエルフたちにもだ。町で卵をぶつけられ森で泥をすすろうと、わらわは続けた。孤児を拾って精霊魔術と鍛冶技術を教え、職を見つけてやった」
赤く燃える鉄が、筒に曲がっていく。
「長い寿命のおかげで敵対勢力やライバルは全て死んだ。当時の王室も滅亡した。拾ってやった人間たちとその子孫に支えられ、わらわは人類の女王になることができた」
「……」
「なあフワラ。女王の責務は、わらわの存在意義などではない。わらわが成りたくて成りたくて仕方なくて、そう成ったのだ」
赤い鉄の端は対岸の端に近付き、繋がり、鉄の砲身になる。
「それこそが……、ぐっ……」
ナガラキが胸を押さえてうずくまる。
「女王様!」
「女王様、いかがしました!」
仕事をしていた者たちがハンマーを置いて集まってくる。
「なに、少し休めば……」
「ナガラキ女王……」
フワラは頭を撫でられる。ナガラキの手は優しかった。
「フワラ、お前がやりたいようにやれ。それだけが、後悔しない道だ」
次の更新予定
2025年12月20日 18:01
かえってくるな!魔王様 月這山中 @mooncreeper
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。かえってくるな!魔王様の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます