学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。

沙悟寺 綾太郎

第1話  入学と姉妹と同棲と。


 朝の陽ざしが眩しかった。ひどく重い瞼と体。余程体は、休眠を求めているようだった。まあ、色々あったのだからそりゃあそうか。


「……あ、一度言ってみたかったんだよな」


 俺は瞼を開けて、深呼吸ののちに呟いてみた。


「知らない、天井だ」


 やはり、いい響きだ。うん。なんというか、全ての始まり、みたいな感じがする。新生活の開幕にここまであったものはそうそうない。


「そのセリフ、知ってる」


「ああ。これは超有名なSF作品の……ん、あれ?」


 この部屋は、僕の部屋だよな。間借りしているとはいえ……シェアルームなどしていないぞ?


 軽く首だけで辺りを見回してみる。やはり誰もいない。


「ん、あったかい」


 むにん。腹の上で、何か柔らかい……そう、プリンのようなものがぎゅっと押し付けられた。


「あ、あれ、幽霊……? いや、まさかとは思うが……」


 急激に頭の中の冷たい風が吹き込んだ。

 先ほど聞こえた声は、可愛い女の子。そして、体を覆う妙な重さ。それは全身くまなく重いわけではないのだ。


 ちょうど布団に包まれた首から下、そう、右半身のみ。


「あー、えーと……いや、まさか、な?」


 俺は恐る恐る、布団をめくった。


「やっほー」


「……」


 目が合ったのは、銀髪の少女だった。こちらを見上げる瞳は、じっとりと無感情ながらも、頬は布団の中の熱さのせいか少し赤くなっていた。


 そして、より俺の目を引いたのは、そう……真っ白な谷間だった。薄い桃色のラグジュアリーに包まれた双丘は、俺の脇腹のあたりで柔らかくつぶれていた。


「……よおし、夢だな。もう一回寝て、現世に帰ろう」


 俺は少女から目を逸らし、もう一度布団を掛け直す。


「だめ。もう、起きなきゃいけない、時間」


「あははは、まだそんな時間じゃ……」


 枕元のスマホを確認してみる。時刻は、七時半。余裕があるはずだ。

 と、思ったと同時、ドアがノックされる。


「朝よ、朝食を作ったから起きなさい」


「ほら、お姉ちゃん。起こしに来た」


 するりと、布団の間から抜け出す下着姿の少女。やはりというべきか、かなり立派なものをお持ちのようだ。


「……いや、待て待て。あり得ない、こんなのは……俺のデータにない……」


「負けフラグ、それ」


「いや、折角だし使ってみたくてさ」

 

 今日で二つも言ってみたかった言葉を使えた。ツッコミが的確であれば、やはり使いやすいものだ。


「何をこそこそしているの? ドア開けるわよ、喜一君」


「ぐわああ!! 待って! あと五分! いや、三分でいいので!!」


 流石にこの状況はまずい! もし、今のこの状況を見られたのならば、タダでは済まない!!


 しかし、その言葉もむなしく、扉は開かれる。


 すらりと細長いスタイルに、下着の少女と同じ銀色の髪。


 月乃江 銀花。一つ年上の高校二年。

 氷のような冷たさを感じさせる薄い青色の瞳孔は、じっくりと俺を見定める。


 既にブレザーに着替えていて、その上から白いエプロンを着ていた。


「……何をしているの、貴方たちは」


「えー、とですね?」


 無理だろこれ。……なんて言い訳すればいいんだ?


白葉しらは。答えなさい」


「よばーい……しようと思ったら、寝てた。喜一はあったかい」


 月乃江 白葉。そう、今まさに下着姿で、俺の部屋を物色している無表情系距離感バグり少女だ。


「……喜一きいち君。本当?」


「いや、その、俺は普通に寝てただけでしてね? も、もちろん指一本も触っていません!!」


 自信を持って言える。何せ、起きるまでは白葉が部屋にいることさえも知らなかったのだ。


「本当に、私は嘘をつく人は嫌いよ?」


「はい! 誓ってお触りはしてません!」


「嘘。寝てる時、私の胸に手が当たってた。というか、たまに谷間に指入ってた」


 そう言って、白葉はもみもみと自身のたわわを下から持ち上げる。


「すみません!! 触りました!!」


 確固たる自信、勝手に崩壊。不可抗力であろうと、触ってしまったということはつまり……お触りだ。


「……はあ、もうなんでもいいわ。とりあえず、朝ご飯。食べなさい」


「す、すみません」


「白葉はもう夜這い禁止よ」


「だって。残念、喜一」


「精神的には安心だよ!」


 月乃江 銀花と月乃江 白葉。

 高校に入学するにあたり、同棲……というか居候をさせてもらうことになった姉妹。


 そもそもこうなったのは、昨日の出来事。入学式が終わった後に起こったことに起因する。


………

……


 入学式を終えた俺は、桜の降り注ぐ校門を抜ける。


 びば、高校生活。そして、来れ青春。

 きっと入って数日も経てば、可愛い彼女が出来て、薔薇色の……いや、黄金色の日々が俺を待っている。


 なんて、考えていた。

 しかし、突如としてかかってきた母から電話によって全ては覆った。


『えーと、ね? 不動産屋さんの不手際があってね? 部屋が準備出来てないんだって』


「え゛?」


 急転直下。リア充生活(未来)から、まさかの家なき子へ。


「てことは……とりあえず今日はホテル行きかな」


 とはいえ、二日三日で賃貸が決まるわけでもないだろうし……どうしたものか。


『あ、そうだ。一旦、そっちに住んでる知り合いの人に相談してみるわね』


「分かった。期待しないで待ってるわ」


 とりあえず、俺は荷物を入れた駅のロッカーへと向かった。


 片田舎で育った俺からすれば、普通の通学路であろうとも都会を感じさせるには十分だった。


「バスが一時間に六本、電車は一時間に八本。流石だ」


 街のアーケードを歩いてみる。見たこともないような看板や憧れのコンビニ。ワクワクが止まらない。


 あれか? 深夜にお腹が空いたとしても、畑まで行く必要はないのか?


 色々と寄り道を繰り返した後で、俺は大通りの隣で興奮を落ち着かせるべく、立ち止まった。


「いやぁ、楽しいなぁー。……あとは家さえ決まればなぁ……」


「──やめてください」


「ん?」


 強い拒絶の言葉が聞こえたのは、そんな大通りから一本奥に入った場所だった。


「いいから来いって。気持ち良くしてやるからさ?」


 路地の壁に押し付けるように、男三人が女二人を囲んでいた。


「ナンパ……にしては、強引だな」


 都会ってのはああいうもんなのだろうか? 田舎じゃ、ナンパする相手もいなかったからよくわからない。


「にしても、誰も関わろうとしないんだな。都会が冷たい、みたいな話は聞いてたから驚きはしないけど……」


 誰もが横目で見るだけ。そのまま通り過ぎてゆく。我、関せず。そんな態度だ。


「……う、うーん」


 どうするべきか。俺は悩んでいた。あれが都会流の駆け引きだというのなら、どうしようもないし……。


 そう、確かにそう思っていた時だった。

 ──少女と、目が合う。


「っ!」


 俺を見たその目は、確かに縋るようだった。

 途端に、体が動く。別に自身の正義感が強いなど思ったことはなかったけれど、何故だか、そうしなければと強く思った。


「お、おまたせー。二人ともー」


 俺が選んだのは、何かの漫画で見た手法。


 『お待たせー、ごめんね。ん? この人たち誰?』『ちっ、彼氏持ちかよ……』パターン。

 この流れになりさえすれば、穏便に済む。


「あ? 誰? お前」


「え?」


 失敗。この方法どうにもならなくね?


「何? 俺らの邪魔してんの? あ、それかお前も混ぜて欲しいとか?」


 げらげらと笑う男たち。むむむ、これはあれか? 田舎者差別か? だとしたら許せないな。


「いやいや、だから言ってんじゃん? 待たせてたのよ、そこのお二人を」


 目配せをする。ここは合わせてくれ、と。


「へぇー、そうなんだ?」


「え、ええ。私達は彼を待っていたの」


 男の質問に女の子の一人が頷いた。


「はあ、めんどくさいなー。なあ、失せてくんね?」


「失せる? それは俺じゃないだろ? あんたらだ」


 何せ、俺は先約(嘘)をしているのだからな。


「はっ、舐めてるなぁ。このガキがっ!」


 男の一人が俺の胸ぐらを掴む。

 ふふふ、どうやらこの都会っ子は勘違いをしているらしい。


「んで? 殴るのか? 構わないが、一応教えておいてやる。俺をビビらせたいなら、爺ちゃんを乗せたトラクターでも持ってくるんだな!」


 そうして、俺は大都会の片隅で『氷』の姉妹と出会った。

 これから俺に巻き起こる平凡とは程遠い日常のほとんどはこれに起因するのだった。


 

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学園で有名な『氷』の美人姉妹を助けたくらいで、俺の平凡な生活は変わらない……と、思っていた。 沙悟寺 綾太郎 @TuMeI

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