コート

@f124209

自分はあまりにも持ち合わせていなかった。

そう考えてしまう瞬間が俺の人生の中で少なからずあったのかもしれない。きっと自分が何をやっても周囲の人間というものはそれを簡単に凌駕してしまう「何か」を兼ね備えている、産まれた時から持っているものだと信じてしまわないほど、自分は何の取り柄もなかった。

そんなことを少しずつ感じてしまうような時期に遠くから見たあの景色に、俺は胸を躍らされた。

自分は多くはできない、人とは違うのではないかということを考えてしまうような中で、目にした一つの光景が忘れられない。

きっとこれなら自分も何があっても投げたしたくない「何か」なのだとこの時に感じていたのだろうと後から思う。


そろそろ厚着をしなくてもいいなと感じる季節が訪れようとしている頃、俺は海門高校に入学した。この高校を選んだきっかけというものは特にはないのだが、授業が選択して取ることができる単位制高校であるということ、加えて近くに大きなショッピングセンターがあることも俺にとっては好都合な条件でありきっかけだったのかもしれない。


「おはよう翔也(しょうや)‼今日からいよいよ高校生だな‼」

幼馴染の和真(かずま)が自宅の前でいつものように待っていた。これも小学生の頃から変わっていない風景である。あいつと一緒の高校に行くつもりはさらさらなかったのだが、

『翔也が海門いくなら僕も行く‼』

という完全なノリで同じ高校に通うことになってしまった。

「今日からじゃなくて、今日もだろ」

「あ、確かに笑、そんなことどうでもいいだろー‼」

たわいもない会話をしながら15分ほど歩くと海門高校に着いた。


俺はあれ以降、ラケットすら握っていない。

もう自分の中では隔絶された一時期の記憶にとどめておきたいこの気持ちが重くのしかかりながら高校の門をくぐった。

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