Defeated―敗残兵

マコンデ大佐

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 バズ・ブランド軍曹は、対空装輪装甲車  WAPC  のハッチから身を乗り出した。胸ポケットからタバコを取りだし、今では貴重になった一本にオイルライターで火をつけ、ゆっくりと一口目を吸い込んだ。

 彼が配置されているのは、第〇六仮設航空基地の広大な敷地の端だった。滑走路を挟んで管制塔とレーダー建屋、立ち並ぶ半円型の格納庫が見える。その向こうには、頭に雪を被った異国の山が見える。

 そして、そのさらに向こうには、敵の部隊が迫っていることを思うと、彼は胃に鉛でも詰まったような気分になった。


「軍曹、俺にも一本くれ」


 隣のハッチから上半身を出したのは、車長兼操縦士であるマーク・シーラン少尉だった。本来、このWAPCは車長、砲手、操縦士の三名で運用するのが普通だが、操縦士は二つ前の戦闘で戦死していた。


「イヤですよ、少尉。自分のがあるでしょう」

「無いから言ってるんだろうが。ケチるな軍曹」


 バズが差し出した箱をひったくったマークは、そこから取り出した一本に火をつけた。


「いつ終わりますかね、この戦争」

「さあな、見張ってる鍋は沸かないって言葉もある」


 そういうのはお上が考えることだ。俺たちは撃てと言われた的を撃ってりゃいい。そう達観して、マークは煙を噴き出した。


 開戦から半年が経過したいま、はじめは優勢だった戦況は覆りつつあった。

 無人航空機を大量に投入した電撃戦。大陸の西にある敵の首都を制圧した後も前進につぐ前進。一時は大陸の東の端まで敵軍を追い詰め、勝利はほぼ確定かと思われたその矢先に、敵の反撃が始まった。

 機甲部隊とともに最前線を担っていた彼らの部隊――第二七防空砲兵連隊はその初撃を受け、その後は撤退につぐ撤退。敵の執拗な追撃によって、ここまで生き延びられたのは彼ら二人だけだった。

 砲弾の誘爆に巻き込まれて弾け跳んだ者。炎上した車両の中で焼け死んだ者。多くの仲間たちは、遺体はおろかドッグタグすら回収できなかった。

 それを思うと、またバズの胃は重くなる。


 敵国のラジオ放送によれば、あの戦闘機――尾翼に〝流星シューティングスター〟のマーキングを施した機体は、国土奪還の象徴ともてはやされているらしい。

 だが、バズらにとって、それはまさに災厄そのものだった。ミサイルも機銃の弾幕も無いかのように襲いかかり、辺りに立ち込める黒煙を切り裂いて飛び去る。そのエンブレムが、いつまでも彼の脳裏を離れなかった。



《ウォーハンマーより〇六まるろく戦闘哨戒任務   CAP   中に敵機を捕捉した。機数は一。これより撃墜する》


 ヘッドセットが味方の無線交信を拾った。管制塔が交戦許可を出し、静かだった基地にサイレンが鳴り響いた。

 たった一機の敵。

 戦慄を伴う予感に、バズは呆然とした。「軍曹、敵だ!」というマークの叫びにも、硬直した体を動かすことができなかった。


《ウォーハンマー、ロスト。地対空ミサイル   SAM   を打ち上げろ!》


 遠距離からのミサイル    XLAA    かわされたウォーハンマー小隊は敵機に空中戦を挑んだが、わずか数秒の交戦で撃墜された。白い尾を引いて飛翔したありったけの対空ミサイルは、足止めにすらならなかった。

 そして、自失から立ち直ったブランドが対空機関砲を旋回させたとき、もう敵機はそこまで来ていた。


《敵機接近、早く離陸しろ!》


 管制官が叫ぶ。

 まず、狙われたのは滑走路だった。敵機が放った空対地ミサイルが、ようやく滑走を始めた迎撃機を飛び立つ前に叩き落とした。次に誘導路をタキシングしていた数機が、機銃掃射を受けて炎上した。

 さらに、燃料タンクが爆撃を受けた。五万キロリットルの航空燃料の爆発は、その衝撃波で周囲の車両や駐機中の輸送機を吹き飛ばし、次いであたりを火の海に変えた。


「あいつだ。また、あいつだ……」


 ブランドが凝視する十字線クロスヘアの先で、翼端から雲を引いて旋回する明灰色の機体。以前とは異なる機種だが、その尾翼に描かれた流星のマークを見ただけで、彼の顔中に冷や汗が噴き出した。


「くそ、ワンアプローチで基地が半壊かよ!」


 燃え上がるタンクの破片が振ってくる。WAPCを急発進させたマークが「撃て!」と叫ぶ。


「ビビるな、いいからヤツを追っ払え!」

「あああああ!」


 バズがトリガーボタンを押した。

 リボルバーカノンが発射する毎分二〇〇発の三五ミリ空中炸裂弾AHEADは、近接信管によって一五二発のタングステン子弾を撒き散らす。避けようと思って避けられるものではないこの弾幕を、しかし〝流星〟は容易くすり抜けていく。


 くるりと機体をロールさせた〝流星〟が、獲物を品定めするように旋回する。そして、二度目の攻撃航過が始まった。


「ちくしょう、また来るぞ。撃て!」

「もう、弾が……」


 震えるバズ声は、装甲を貫く二〇ミリ弾にかき消された。



 空襲を生き延びた兵たちは、わずかに残された車両に分乗して撤退を開始した。

 制空権を奪われれば、すぐにも敵の地上部隊がやってくる。捕虜になりたくなければ、味方に合流してまた戦うしかない。


「くそ、またあいつだ。これでもう三度目だ、化物め!」

「俺らに恨みでもあるんですかね」

「こっちが始めた戦争だ。恨みはたっぷりあるだろうよ」


 バズとマークは、車列の最後尾を走るピッアップトラックの荷台にいた。べたっと床に尻をつけて投げ出した足の先には、遠ざかる第〇六仮設航空基地の煙が立ち昇っている。

 マークは右足の踵でトラックのあおりを蹴りつけた。


「そういや、軍曹。さっきのザマはなんだ。ビビリやがって」

「ビ、ビビってませんよ……」

「嘘だね。あぁああ〜ん、ママ〜!」


 マークの泣き真似にバズが顔をしかめると、そのバズの肩をマークが「おい」と殴った。


「タバコ」

「ありませんよ」

「……しゃあねえな」


 舌打ちしたマークが、胸ポケットからタバコの箱を取り出した。残りは二本。一本を咥えて火をつけたマークは、バズに向かって「ほれ」箱を突き出した。


「きたねぇ、やっぱり隠してた」

「うるせえ、これでチャラだ」


 バズがタバコに火をつけると、二筋の白い煙がたなびいた。


「次は仕留めるぞ、軍曹」

「できっこありませんよ、少尉。あいつは化物バケモンだ」


 もう一発。マークがバズの肩を殴った。


「俺が撃てっつったら、気合を入れて狙って撃て。さもないと……」

「どうだってんです?」

「俺らが家に帰っても、あいつは玄関先を爆撃するかも知れん」


 そんな馬鹿な、と言いかけて、バズは黙り込んだ。幾つもある戦場で、あの〝流星〟は必ずといっていい程、ふたりのいる場所にやってくる。それを思えば、マークの言うこともまるきり冗談とも思えなかった。


「そいつはゾッとしませんね。ウチには婆ちゃんがいるんですよ」

「俺にだって娘がいる。戦場土産が爆弾じゃあ女房にもドヤされる。だから軍曹、次は頼むぞ」


 短くなったタバコを指で弾いて捨てたマークが拳を上げると、バズはそれに拳を合わせた。


「了解です。少尉殿」

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