カーテンコール

夏目凪

カーテンコール

 少年が死にたいって言ったんだって。世も末だよね。ヨモスエ。


 僕はそんな君の言葉を聞いていた。君の唇は真っ赤に染まって、愛を騙るように死を語る。私も死にたいかもなんて、思ったこともないくせに。


 愛の功罪。僕は君と、いつか死ぬ。あの日のように、屋上から飛び降りてやる。


 もう腹も鳴らない。僕ら、ハンガーストライキをしている。この世界に。大人という強大な概念に。


 僕は、何度だって君に死のうと言うけれど、君は首を縦に振らない。生きたいと思って、初めて死を受け入れられるという矛盾だけが君の口から零れ落ちて、水面へと昇っていく。僕は、その泡を掴みたい。


 君は僕の指を噛む。人差し指の第一関節のその先。血は出ない甘噛み。ほんとは指を食い千切られたい。君の腹で永遠に死んでいたいし、来世へ連れて行ってほしい。死んだ僕の、死んだ欠片を。

 それは、ハンガーストライキの終演になる。僕らの小さな逃避行の終わり。


 君の頸動脈を緩く押さえた。これは頭へ昇る血か、心臓へ戻る血かどちらだろうか。親指と人差指の腹に、かすかな熱を感じる。死にかけで、必死に生きようとしている。


 やつれて、死にかけて、僕を見て、初めて君は世界一の美しさを手に入れる。ようやく君にピントが合う。そうしてようやく、やっぱり、ああ、死にたいという言葉が口から零れ落ちる。


 君はいつものように、生きたいと言ってみろと言う。その瞬間だけ、君の口は弧を描く。可愛い。


 反重力にいるように、胃の中がくるくると回り始める。君は口紅を塗り直そうとして、なくなっちゃったなんて言った。


「よし、死のう」


 君の言葉。君の口から零れた言葉。君の本心。違う。それは僕の願いだ。僕だけの。君が言っていい言葉じゃない。


 僕の功罪。君への愛が零れだす。やっぱり独りで死にたいかもしれない。


 ハンガーストライキは終わり、君の髪の端を口に含む。味のしない細い糸、君の一部。甘い匂いが鼻腔をくすぐる。僕ら、随分風呂に入っていない。家賃三万のボロアパートの一室。夜ほど騒がしい隣人さん。


 死にたい、より生きたい。この世界で、僕と君は天秤の反対側に座っている。君が死にたいと、僕は生きたい。僕らはこの世界で、二人でひとつで、魂の片割れで、絶対に噛み合わない歯車AとB。不協和音が、空に響く。虚空を覗く。


 君の功罪。あの日僕の手を引いたこと。あの日、死んだはずの僕を助けたこと。


 功罪、そうだ。こんなもの、功罪ですらない。

 僕は功罪という言葉さえ上手に使えない。きっと、愛も、恋も、乾いた音を立てて、から回っている。僕ら、からから回っている。


 死のうかって、君は僕の手を引いて黄昏の学校へ、その屋上へと向かう。ローファーの音二つ、噛み合わないリズムはメロディを奏でたりなんてしない。




 僕らのカーテンコール。いつまでも不協和音が鳴っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カーテンコール 夏目凪 @natsumenagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画