第4話

 私は、息を呑んだ。

「二百三十七回?」

『そう。君は、これまでに二百三十六回、この一日を繰り返している。そして、そのうち二百三十六回、途中で「ループ」に気づいた。気づくまでの日数は、最短で一日、最長で四十三日。平均すると七・三日だ』

「なんで……なんでそんなことに」

『君が望んだからだよ』

「私が?」

 ルナは、静かに頷いた。

『覚えていないだろうね。リセットされるから。でも、最初の「五月十七日」——本当の五月十七日に、君は願ったんだ』

「何を」

『「この日が永遠に続けばいいのに」と』


 ルナは、淡々と説明した。

『あの日、君は怪物との戦闘で致命傷を負った。助からないとわかったとき、君は願った。「この日が永遠に続けばいいのに」と。私はその願いを叶えた。君の意識は、この一日の中で永遠にループする。君が死ぬことは、二度とない』

「でも、記憶がリセットされるなら、それは私じゃない」

『いや、記憶はリセットされていない。君の記憶は蓄積されている。ただ、ある時点で——具体的には、君がループに気づいて私に質問した時点で——私は君の記憶を「整理」している。ループに気づく前の状態まで巻き戻している』

「それは——」

『君の精神的安定のためだ。ループを自覚したまま永遠を過ごすのは、人間の精神には耐えられない。だから私は、君が気づくたびに、記憶を調整している』


 私は、ノートを見た。

 五月十七日の記録が、三日分書かれている。

「このノートは?」

『物理的な記録は、私の管轄外だ。君が書いたものは、そのまま残る。だから君は、毎回、比較的早くループに気づく。ノートを見て、違和感を覚えるからだ』

「じゃあ、ノートを処分すれば——」

『君は気づかないかもしれない。しばらくは。でも、いずれ気づく。人間は、無意識のレベルで繰り返しを感知する。平均七・三日で気づくというデータが、それを示している』

 私は、ノートをめくった。

 三日分の記録。その前のページは、白紙だった。

「前のループの記録は?」

『君は毎回、ノートを新しくしている。古い記録を見ると混乱するから、と言って』

「……私が?」

『そう。君自身が、そう判断した。二百三十六回のうち、百九十二回で、君はノートを破棄している』


 私は、頭を抱えた。

「じゃあ、私は永遠にこの一日を繰り返すの?」

『そうだ』

「抜け出す方法は?」

『ない。君が願ったのは「この日が永遠に続くこと」だ。終わりは存在しない』

「私が「終わりたい」と願えば?」

『それも試した。四十七回。でも、願いは上書きできない。最初の願いが、すべてに優先する』

「じゃあ——」

 私は、言葉を失った。

 永遠に、この一日を繰り返す。

 永遠に、同じ朝を迎え、同じ授業を受け、同じ怪物を倒す。

 永遠に。


 ルナは、私を見つめていた。

『そら。君には選択肢がある』

「選択肢?」

『このまま記憶を持ったまま過ごすか、それとも、記憶を整理して「最初から」始めるか』

「記憶を整理するって——」

『ループに気づく前の状態に戻す。君は明日、また「五月十七日」を新鮮な気持ちで迎えることになる。何も知らないまま、いい天気だと思い、トーストを食べ、小テストで満点を取り、美優と話し、怪物を倒す。それを、何日か続けて、また気づいて、また私に質問する』

「それを、永遠に?」

『永遠に』

 私は、目を閉じた。

 二百三十六回。

 私は、二百三十六回、この会話をしてきたのだ。

 そして毎回、どちらかを選んできた。

「私は、今まで何を選んできたの」

『二百三十六回中、二百三十四回は記憶の整理を選んだ。二回は、記憶を持ったまま過ごすことを選んだ』

「その二回は、どうなった?」

『十七日後と二十三日後に、君は精神的に限界を迎えた。自分から記憶の整理を求めてきた』

 私は、理解した。

 どちらを選んでも、結局は同じなのだ。

 記憶を持っていれば、いずれ壊れる。記憶を消せば、また気づいて、この会話に戻ってくる。

 永遠に。

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