第4話 シャリーナと名乗る女子高生は銀河座標系で示される超新星爆発に望みをかける
彼女のレモネードの氷が、空になったコップの中で音を立てる。
気づけば、もう3時を回っている。彼女も部屋へ帰すべきだろう。その前に言うべきことを言っておかねば。
「証拠がいる」
彼女は天を仰いだ。
「これだけ説明したのに?わかってくれたのではないの?」
「私は理解した……と思う。しかし、多数の者を納得させるには証拠があった方がいい。とりわけ、こうした重要な話の場合は、真実を話さねばならない場合も多いだろう」
「……そうね」
苦しみながら。何を苦しんでいるのだ?
「わかったわ」
数字を書き留める。ゼロ近い数字が2つ。
「ここで、超新星爆発が観察できるわ。えーと、今日から62日後」
「未来を予想できるという証拠か?」
「ちがうわ。超新星爆発自体は4万年くらい前にもう起こっているのよ。それを宇宙人はより近くにいたから観測ができて、爆発の光が地球に届く前に地球の私に伝えたということ。」
「なるほど、超光速通信を実現している証拠ということか」
彼女はあいまいにうなずく。
狸ばかりの政界とは異なる、自然な感情の表出が本当にほほえましい。
「何が心配なのだ」
「その座標、地球から見ると天の川銀河中心のちょうど反対側になるの。だから、相当性能のいい測定器じゃないと見つからないかもしれないの……等級もおだやかだし」
「そういう言い訳か」
私はその意味がよくわからなかったが、落胆した。要するに証拠にならないか、すべてが嘘ということすらあるということか。ルルが侵略してくるということが嘘なら、それはそれでありがたいはずが、なぜか私は信じ始めたこの娘に裏切られることの方がありがたくなかった。
「それだけが頼りなの!」
怒るかと思いきや、彼女は泣き出した。
「頭の中に、聞いたこともない思念が渦巻くのよ!小さい時からずっと!あたし、ずっと自分が狂っていると思っていた。習ってもいない数式を使えるのよ。読んでもいない理論を知っているの。誰も信じていないような思想に取りつかれるのよ!」
「それは怖かっただろうね」
「怖かった。本当に怖かったわ。頭の中ではルルの言葉で考えていたもの。小学生のころ、ルルの言葉で詩が書けたの。日本語でも英語でもスペイン語でもタガログ語でも読み書きできなかったのに。でも、そのころようやくルルが人間ではないことに気づいたの」
「それまたどうやって?」
「彼らの数学は、12進数なのよ。混乱したわ。学校で教わる言葉とも算数とも何か違うんだもの。」
なるほどローマ人は片手で100まで数えたとはいえ、12と言う数は指の数と合うのだろう。6本指の手が二本か、3本指の手が4本か。もしかすると4本指の手が3本なんてこともあるのだろうか。
「君は賢いな」
苦々しげに唇がゆがむ。
「君とかお嬢さんとか呼ばないでよ。あたしにはシャリーナって言う名前があるんだから」
名乗ってもいないだろうに、無茶なことを。しかし、この年若い子を私がファーストネームで呼ぶというのも大いに不適切に感じる。どうしたものか。英語で話すなら自然かもしれないな。うむ、今後そうするか。
私が迷っているうちに、彼女はつづけた。
「ようやくその思念を読み解いて、意味が分かったの。あたしは学んだの。でもわからないことも理解できないこともたくさん。彼らが送ってくる思念の中で、今すぐ検証可能なのはこれだけなのよ。あたしが狂っているかどうかが、これにかかっているのよ!」
右手の袖口で涙を一息にぬぐう。
「あたしにとっても、あたしが狂っているのか、思念の読み解き方があっているのか、この宇宙人たちを本当に信じていいかどうか心の底ではわかっていない。おじさま、これを確かめて。確かめてしまうことは怖いけど、もうこれを伝えてしまうのだったら確かめてほしい」
私はこの娘の本心を聞いて、身が震えた。この娘の動機は自らを多重人格とやらを疑い、それを確かめるためでもあったのだ。その動機は、私には非常に理解できた。この娘はうそをついていない……少なくとも本人はそう思っている。それでいて、自分の話をうそかもしれないと思っている。その正常な心の動きは正常人のものだし、そうだとすれば私は本当にこの娘の言うことを信じよう。
私は近くのソファに身を預けた。
「わかった。ところでこれは、銀河座標かい?」
娘は目を見張った。そう。私も20年前に受けた宇宙生物学の講義を少し思い出した。この娘に、かっこいい印象を与えられただろうか?
「そう!ルルの座標系から、いて座A*などの目立った星を参考に地球人類の絶対銀河座標系に変換したのよ。わかってくださる?」
やはり、全くわからん。わかったふりをすべきではなかった。
でも、彼女の雰囲気は元に戻った。明るく、可愛らしく。
咳払い。
来週の国連総会の前に、できることはあるだろうか。動き出した政治的な潮流をいきなり変えることはむつかしい。不可能だ。一方、これくらいの大ごとは、もし正しいとなれば世の中は大きく動くだろう。来週の非核化の提案はひとまずそのまま進めよう。それでも大勢に影響はないだろう。
この娘を、三鷹の天文学者に会わせよう。そして彼女の動機も満足させよう。そしてこの娘をどうしよう。彼女がこの気持ちを抱えたまま通常の高校生活を送れるものだろうか。高校生活を終えたらどうするのだろうか。
そして、宇宙人だ。ルルだ。彼女に、この知恵を授けたルル。あるいはルルの一派。彼らの動機は何だ?地球を汚したとして、仮に汚すことで利を得る宇宙人もいるのではないか?むしろ、それを狙っていのではないか?彼らの望む星とは、地球ではなく、核で汚された地球なのではないか?これは議論すべき必要がある。ルルのメッセージの中に証拠や反証を探す必要がある。
そう、そのためにもこの娘にはまた会う必要がある。それは正直とても楽しみだ。
「また、会おう。今度はちゃんと入り口からおいで。ここに通すから」
彼女は弾けるように笑った。
「わかりました、おじさま。その際はちゃんとパジャマじゃない服で参ります。お時間いただいてありがとう。」
地球人類の未来とは対照的に、その笑みには一点の曇りもない。
窓際に座る褐色系女子高生は首相に殊勝に核軍縮への反対を唱える星からのプロクセノス 愛川蒼依 @AKBK
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