第二話……見知らぬ男は第五皇子と判明する

「ただいまー。パパ、ママー、ちょっとそこで知り合った人を上げるねー」


 家に帰ると、私はそのまま両親に男のことを伝えた。


「お、お邪魔します……」

「え……⁉️ あ、はい……狭い家ですが……」

「っ……!」


 男の姿にママが驚きながら応対すると、パパも口をぽかーんと開けながら、その様子を見ていた。


「この人が私に話があるって。そこで聞かせてもらおうよ」


 居間に置かれた食卓用のテーブルの椅子に男を座らせ、私はその隣で話を聞くことにした。

 向かいには、戸惑いながらもパパとママが座った。


 そして、男はフードを取り、その整ったクールな顔立ちを露わにした。

 年齢は二十歳に行かないぐらいだろうか。私と同じぐらいにも見えるし、もっと上のようにも見える不思議な感覚だ。そういうオーラの持ち主なのだろう。


 ただ、男はこれまでの威圧的な態度から一転して、謙虚さを示すように肩を少し丸めた。


「……えー、センシャルさんのご両親におかれましては突然のことで大変申し訳ないのですが……。彼女を『ケイサール帝国』の城に住まわせる許可をいただけないでしょうか。私専属の参謀にしたいと考えております。

 申し遅れました。私はケイサール帝国第五皇子、『フィールズ・ケイサール』と申します」

「……」

「……」

「……あー、流石にそこまでとは思ってなかったな……。貴族か王族ぐらいかと思ってた……」


 パパもママも口が開きっぱなしだが、皇子は話を続けた。


「これは、せめてもの印ということで……どうかお納めください。まずは、一時金です」


 皇子は腰に下げていた袋から、五十枚ほどの金貨を取り出した。

 これだけで、私の家のような平屋が十個は建つ。


「ちょ、ちょっと待って! その前に経緯を説明してよ!」

「いや、ここでは全てを話せない。センと二人だけの時でなければ。だから、詳細は部屋で話したい」

「セ、セン……! 口の聞き方に気を付けないと……!」


 ママが尤もな注意をしてきた。


「いえ、かまいません。こちらからお願いしている立場ですから」

「意外だね。帝国の皇子なら、どんな時でも偉そうにするかと思ってた。それなら私も敬意を払わないといけないね……。

 では、殿下。詳細の前に、先程の『ボード屋』と同様、この金額を家に置いておくのは、あまりに危険すぎます。私を帝国城に連れて行くのであれば、帝都内への家族の引っ越しと仕事の斡旋、都度の優遇を視野に入れて、対価としていただかないと、常時、両親の命に関わります」


「確かにその通りだな。流石、俺の参謀だ」

「いや、まだ決まってませんけど……」


「では、一枚だけ……」

「それはいいですから! とにかく、私の部屋に行きますよ! と言っても、すぐそこですけど!」


 皇子には金貨を袋にしまってもらい、私達はそそくさと部屋に入ってドアを閉めた。


「狭い部屋ですみません。ベッドに座ってください。そして、話をどうぞ。時間が惜しいのでしょう?」

「分かった。少し小声で話そうか……って、お前もそこで跪いていないで、横に座れ。その方が小声で話しやすいだろう」


 皇子はベッドを左手でパンパンと叩いて、私の着席を促した。


「では、遠慮なく」

「……。ちなみに、俺がどのような話をするか見当が付いているか?」


「ありすぎて一つに絞れないので聞いているのです。皇位継承問題、宮廷内外事件の解決、出奔作戦等々」

「その一番目が最も大きい。知っているかどうか分からないが、我が帝国の皇位は基本的に順位がない。成果を上げ、民や兵の信頼を勝ち取った者こそが皇帝の座に着ける」


「聞いたことがありますね。暗殺は一切禁止だとか」

「その通り。ただ、それは皇族に関しての暗殺の話で、部下の暗殺についてはその限りではない。先日、父上が倒れ、命に別状はないものの、公務は一定期間休むことになり、いよいよ本格的に皇位継承戦が始まるのではないかと噂される中で、宮廷内、城内もきな臭くなり始めた」


「宮廷と城が別々なのですか? それは初めて知りました。随分と広いのですね」

「世界の帝国の中でも珍しいとは思う。普通は、宮殿イコール帝国城だからな。一応、宮廷周辺に広々とした土地を設けることで、怪しい者の出入りや奇襲を防ぐ目的があると聞いた。それが本当に機能しているかどうかは分からないが」


「まぁ、それは実際に見てみないと分かりませんね。人事に関わってくることでもありますし」

「その人事についてだが、私以外の皇子周辺の人事が大きく変わったんだ。それがキッカケかどうかは分からないが、そこで『ある事件』が起きた。第二皇子の側近が一人行方不明になり、その犯人探しが始まったものの未解決で処理された」


「当然、最も得をするのは第一皇子だから、第一皇子と第二皇子の対立が激化。一触即発でその飛び火が他の皇子や兵にも影響しかねない。このままでは命が危うい。そこでどこからか私の噂を聞き、ここにいらっしゃったと。しかし、帝都まで私の名が轟くわけはないのですが……。だとすると、私の知り合いから聞きましたか」

「全てその通り。センの話を聞いたのは、城内清掃員の『アーリオ』からだ」


「アーリオ⁉️ うわぁ……。随分と波乱の人生を送ってるなぁ……。彼とは四年前に将棋で対局したことがあるのですが、その時は商人の息子でしたよ? 殿下ほどではありませんが、棋士の素質は十分にありました」

「そうなのか。ヤツから突然話しかけられたんだ。『僭越ながら、私は殿下こそ次期皇帝に相応しいと考えております。ただ、殿下がいくら優秀でも、お一人では限界がある。少なくとも、参謀は必須でありましょう。私の短い人生ではありますが、そこそこ多くの出会った人間の中で、その才を強く感じた者がおります。たとえ政治に詳しくなくとも、即戦力となるはず。昔の話なので、今もそうかは分かりませんが』と言って、センのことを紹介された」


「それは嬉しいですけど、自分が参謀になればいいのに……」

「俺もそう言ったんだ。『なぜ自分がなろうとしないんだ? お前にもその素質がありそうだが』と。そしたら、『自分で自分を売り込んできたら、普通は怪しいと思うでしょう? それこそ実績がなければ。たとえ実績があったとしても疑う目が必要です。そういう意味では、恐れながら殿下は危ういと存じます。暗殺禁止と言えども真っ先に殺されるか、騙されて利用されてしまいます』と言っていた」


「商人らしい考えですね。彼の優秀さは変わっていないようで。情報収集能力にも長けていますし。久しぶりに彼の話を聞きたくなりました」

「では、オーケーということで……」


「いや、勝手に決めないでくださいよ! はぁ……。あなたの目的を聞かせてください。具体的に」

「俺はむざむざと死にたくない。それだけだ」


「逃げればいいだけでは?」

「そしたら皇位継承から外れて、それこそ殺される理由になる。逃げ隠れはしたくない。怯えながら一生を過ごしたくない。面倒だし」


「私が知らない決まりや常識があるのか……。では、城内または宮廷内で殺される根拠は? アーリオが言ってるだけですよね?」

「……そうだ」


「……。本当に危うい人だなぁ……。まぁ、確かに殺されるんですけどね。実際、皇帝陛下は殺されかけてるわけですし」

「えっ⁉️ い、いや、父上は病気で倒れた! 医師もそう言っている! 病名は聞いていないが……」


「その医師はいつから皇帝付きになったのですか? それと専属調理師も」

「毒殺を疑っているのか⁉️ 皇族に限らず、毒殺こそ絶対に犯せない禁忌とされているんだぞ⁉️」


「そうなのですか。しかし、それは関係ありませんね。それで、いつから付いたのですか?」

「どちらも二年前だ……。高齢を理由に引退して、後継者もいなかったから、帝国内から選抜して」


「二年あれば十分ですね。私の知り合いの医者の言葉をお教えしましょうか。『食事に毒を盛れば毒殺。しかし、食事そのものを毒にすれば、毒殺じゃなくなる。毒は食うなよ、セン先生』と言っていました」

「ど、どういうことだ……?」


「今は推察の域を出ないので、これ以上は言っても意味がありません。しかし……事件の香りはプンプンしますね」

「父上の件も事件だというのか……」


「……。分かりました。まずは一度、帝国城に行きましょう。今を逃せば、命がさらに失われてしまいます。こう言ってはなんですが、目の前で人を無駄死にさせるのは棋士の名折れですからね」

「ほ、本当か⁉️ 感謝する!」


「ただし、途中で寄ってほしい所があるので、そこを経由してください。先程の医者がそこにいるはずです。『彼』も帝国に連れて行きましょう」

「分かった!」


 そして私からは、まだ聞きたいことがあったので、話を続けた。

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天才女棋士は第五皇子を皇帝にのし上げる~帝国宮廷事件真相解明局譜~ 立沢るうど @tachizawalude

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