IQ100の天才
七星北斗(化物)
1.業越しのガラス
生まれた瞬間、泣き声は平均だった。
心拍、呼吸、反射。
どれも基準値。
医師は一度だけモニターを見て、首を傾げた。
「……測定、もう一度」
再測定。
数値は変わらない。
IQ:100
医師の顔に、困惑が走る。
---
隣のフロアでは、別の泣き声が響いていた。
そこにいるのは、
偉人のDNAをサンプルに生まれた天才たち。
生後数時間で
視線追従、音声反応、論理刺激への適応。
モニターには跳ね上がる数値。
「予定通りだ」
「さすがだ」
「これで人類は――」
祝福と安堵。
---
だが、こちらのフロアでは違った。
この赤ん坊は、
最初から最後まで、100だった。
上がらない。
下がらない。
揺れもしない。
「異常値ではない……だが――」
沈黙。
---
その日の夜。
ニュース速報が世界を駆け巡る。
> 《速報》
「史上初、生得的IQ100固定個体を確認」
「平均値の天才、誕生」
「天才?」
誰かが、そう呟いた。
---
赤ん坊は知らない。
自分が
偉人由来でもなく
選抜個体でもなく
未来を約束されてもいない
ただ、
“変わらない”という理由だけで
天才と名付けられたことを。
天才たちは、施設へ送られた。
白い天井。
防音された壁。
刺激の順番が決められた部屋。
「国家管理対象個体」
そう呼ばれる言葉は、
祝福と同時に鎖でもあった。
彼らは泣きながら、
もう二度と、
親の腕に戻ることはなかった。
---
一方で。
アロンは、
両親の手を握ったまま病院を出た。
誰も止めなかった。
誰も引き止めなかった。
「管理は不要です」
「危険性はありません」
「平均値ですから」
その言葉が、
この子の未来を決めた。
---
出国の日。
小さな手が、
母の指を離す。
父は無理に笑って言った。
「向こうは、普通の国だ」
「普通に学校へ行って、
普通に生きられる」
――普通。
それは、この世界で
最も希少な許可だった。
---
飛行機が離陸する。
施設へ向かう車列と、
アメリカへ向かう航路。
二つの未来が、完全に分岐する。
天才たちは、
「人類の先」を背負わされ。
アロンは、
何も背負わされなかった。
---
ニュースは、こう締めくくられる。
> 「IQ100固定個体アロン君は、
ごく一般的な環境での経過観察となります」
経過観察。
誰も知らない。
それが、
最も予測不能な実験だということを。
偉人のDNAをもとに生み出された天才たちは、
人類を“先へ進める存在”として施設に集められた。
そこでは学問ではなく、
予知、共鳴、直観――
超能力めいたオカルト的訓練が施されていた。
同じ日に生まれ、
生得的にIQ100で固定された少年アロンは、
「安全な平均値」として管理から外され、
両親と共にアメリカへ渡る。
彼には、国家が密かに用意した
専用の学習カリキュラムが与えられた。
天才にしないための教育。
突出させず、平均に留めるための最適化。
一方、施設の天才たちは、
理性を捨て、
人知を超える“力”を得ようとする。
理屈を信じる少年と、
理屈を超えようとする天才たち。
変われない知性を持つ世界で、
最後に未来を選ぶのは誰なのか。
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