2度目の鼠もまだ遠い

@Mayokake_kingyo1739

犬とベンチと赤とんぼ

私が中学2年生だった3年前の夏休みに、私と犬は真っ昼間から近所の公園へ散歩に行った。


普段は太陽が沈んだ後に行く散歩を、その日は犬がこねた駄々のままに真っ昼間から外に出た。木陰も日陰もなくなる時間帯なのでとても暑かった。


太陽までの距離が犬より120センチ短い私より、日に晒された地面を長くない足で靴もなく必死に歩く犬の方が暑そうだと思ったので仕方なく犬を抱っこしたけど拒否された。

そのまま普通の散歩を続けた。


行く道の端にくっつき虫スポットがあった。

犬の毛に絡むと厄介なので避けたい気持ちと持って帰って父のパジャマに飾りつけたい気持ちが交差した。私は犬の厄介を選んだ。


厄介なことになった犬は不服そうだった。謝罪の気持ちを込めて犬の毛についたくっつき虫を私の服に移植した。私は満足した。


公園に着いたところで犬と遊ぶボールを忘れてきたことに気がついた。代わりに私のスニーカーを投げたけど犬は動かなかったので飛ばされた靴までの短くない距離を私はけんけんぱで目指した。

「けんけん」にとどまらず「ぱ」まで行ったため片足は汚れた。

公園に入った時からリードのロックは外していたので犬は終始下手なおすわりのまま動かなかった。


二足歩行に戻った私と四足歩行の犬は遊具もない野原で何をしようかと立ちすくんだ。

言葉を交わすことはできない私たちだけど、「暑い」という切実な思いは確かに重なった。刹那どちらからともなく私たちは隅の方に佇むベンチを競歩で目指し、歩幅の大きい私が先にベンチに触れた。座った。犬も座った。おばあさんも座った。驚いた。知らないおばあさんだった。

公園におばあさんがいることは別におかしなことではないので、私はおばあさんの存在を受け入れた。犬の方が先に受け入れていたと思う。


挨拶のタイミングを逃した私はベンチの手置きに止まったトンボに集中した。トンボの目の前で人差し指の先をぐるぐると回して円を描き、トンボを酔わせようとした。

これは当時から更に遡った6年ほど前福岡にいる血縁関係のないおっちゃんから教わった。


トンボが酔ってきたかと思った頃におばあさんが開口一番こう問うた。「トンボ、好きなの?」どちらかというと苦手だったけど空気を読めた当時の私は好きですねと答えた。数秒の間も許さずおばあさんはトンボに手を伸ばした。捕まえた。自意識過剰な私は私のためかと差し出される前にありがとうございますと礼を述べた。


「あんた、自分で捕まえればよかったのに、下手ねえ」

「捕まえる前に逃げちゃうんです」


おばあさんはトンボの羽をむしった。

ヒラヒラと宙を舞うトンボの羽は夏の日光に照らされてキラキラしていた。

その実を知る私には汚かった。

おばあさんは自身の手でミミズのようにしたトンボを先ほどまでそれが止まっていた場所にポトリと落としてこう言った。


「これで逃げないね」


現在このベンチはホームレス対策のために撤去されており、おばあさんはこの日以降一度も見かけておらず、小さなくっつき虫スポットは群生地と化し、スニーカーはサイズアウトして、犬はおすわりが下手で、私はミミズが苦手だ。

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