私は人間ではない
篠山 悠
第1話「私は人間ではない」
人間が人間であるその常識に、私は幼いころから違和感を抱いていた。
それは実に奇妙で、世間の常識とは程遠く、自分の存在理由すら見失うものである。
自分が成長するにつれ「多様性」という言葉が世の中に蔓延るようになり、自分もその中のどれかなのではないかという淡い期待をもったこともある。
しかし、その言葉一つひとつを当てはめてみようにも、自分の感情と完全一致の上納得できるものはなかった。これほど細分化された人間の特性に対し、自分の感覚を表す言葉がいまこの世に存在しないことに絶望をした。
幼いころの自分は、いかにも「正常」な恋愛観をもっていたと思う。
小学生になって早いころから、お互いに好き同士の、いつも一緒にいる異性の女の子は存在した。
一緒に帰りたい、一緒に遊びたい、話したい、手を繋いだり、笑いあったりしたい。そんな欲望が「恋」であると信じていた。
小学校高学年になると、私は「性」を知った。
それまでの保健の授業でやるような表層的な知識はあり、それこそ「どうやって子どもができるの?」という単純な疑問を母親に投げかけたことだってある。
「自分で調べてみたら?」と言う母親の、いつもより少し濁った表情を読み取った私は、特に調べることもなくやり過ごしていた。
それでも、その事実から逃れることはできなかった。
当時は既に小学生でも簡単にインターネットへアクセスできるようになった、「YouTuber」という職業が生まれたくらいの時代。小学校高学年の少年たちがその事実を知ることは、容易かった。
いわゆる「口コミ」のような形で、周りのクラスメイト達が、どうやらこういうコトがあるらしい、こういうモノがあるらしいという話を自然とするようになる。
そして、それらに関連する名詞を声高に話すことを「面白い」とする風潮が自然と生まれる。だから当然、私も知ることになったのだ。
その「システム」を知った私は、ショックを受けた。
世界に幻滅した。
この世界そのもの、そして私自身が生まれたその連鎖的な理由に繋がることも含め、心底この世界が嫌になった。
これまで、清潔で美しく浄化された世界に生まれ落ちたのだと思っていたこの場所は、私が想像していたものよりはるかに汚らわしく思えたのである。
あの経験から十年ほど経った今、少しばかりかその感情は薄れたというか、その汚さに慣れてしまった。
ただ、ひとつ変わらないものがまだ私の中にある。
恋愛観である。
ひとことで言うと、恋愛と性愛が一致しない。
恋愛感情を持つ相手に、性的感情を持つことが(今のところ)ないのである。
もう一歩踏み入れると、現前する女性に性的欲望を抱いたことすらないのだ。
高校時代まではそれでよかった。
幸せなことに、高校生のときは心を通わせられる異性が傍にいたこともあり、自分がこの世界で異質な存在であるということには気づかなかった。
そこまでは、恋愛と性愛の距離はある程度保たれていたからである。
奇妙だと思い始めたのは大学生になってからである。
この時期から、周囲の人間の恋愛と性愛の距離が一気に接近した。もはや、その区別すらつかず、目的と手段が入れ替わっている人も山ほどいる。
気づいたら私は、酸素の少ない空間に閉じ込められたような息苦しい空間へ迷い込み、自分の居場所はここじゃないと叫ぼうにも、声はどこにも届かなかった。
私が恋人に求めることは、ただ傍にいて欲しいだけ。
たわいのない話をして、辛いときに慰め合って、何があっても味方でいて、手を繋いだり抱きしめ合えればそれでいい。
そこに性愛的関係は必要ない。
私が私なりにまっすぐ生きようとすると、その目の前に、何度も目の前に「性愛」が障害として現れてしまう。
同性の友人関係も、友人が近くの異性に性的視線を送っていることに気づいてしまうと、私は身を引いてしまう。
異性の友人関係も、相手に恋人がいれば全く問題なく、誰よりもフランクに接することができる。しかし相手が恋人を失うと、途端に接しづらくなる。
私が異性と付き合おうとする、一緒にいようとする恋愛的衝動は、周囲の「人間」達には性愛的衝動と一纏めにして受け取られてしょうがないのである。
だから私は、どうにもこうにも動けない。
両手両足を縛られ、いつか現れるかもしれない私と同じ宇宙人が救いの手を差し伸べるのを、待つしかないのである。
私は人間ではない。
動物でもない。
私の本来的な魂は、おそらく地球上のモノではなく、どこか遠くの異星からやってきたのだとすれば、この感情に納得がいく。
さて、これからどう生きるか。
20代前半に直面したこの事実に、私はどう向き合っていけばよいのだろう。
私は人間ではない 篠山 悠 @Shinoyama_Yu
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