第1話ー②
GOEの本質は、まさにペイ・トゥ・ウィンであった。
当然小さく勝つだけならば可能性は低くないが、本格的に最前線で戦うには莫大な資金がいる。
それを持って希少なアイテムでステータスを上げて、ハイスペックな武器と防具を調達してやっとスタートライン。その後もポーションの調達や死亡時のデスペナルティ軽減、クエスト周回チケットの購入など、安くない経費がかかり続ける。
そういう必要な費用を大量の円を課金してエン化することで捻出し、もし利益が出なかったら経費はかさみ続けることになる。それだけの出費に耐えられる財力がまずは必要不可欠ということだ。
大富豪が遊びでやるゲームだ。クエストの攻略はそういう連中に任せて、一般人はひっそりとそのおこぼれに預かるのが分相応なのだ。
その程度のガキでもすぐにわかる仕組みに気付かず、親父は狂ったように私財をGOEに投入し続け、ついには最悪の結末に至った。
何も珍しいことではない。親父のような一般人は山ほどいて、一種の社会問題にすらなっていた。
自殺者やホームレスの増加、破産者の犯罪。GOEでしっかりと資産を形成できている人間もいれば、むしろ不幸になってしまった人間もいるということだ。
「大体、野沢さんはGOE自体やってないんでしょ? そんなこと言うなら自分でやればいいじゃん」
子どもの玩具を物珍しそうに見る親の様相で、野沢はほー、とかおお、とか感嘆の声を上げていた。
「俺はゲームで金を稼ぐっていうのがピンとこないんでね。やっぱり現実世界で稼いでなんぼよ」
こういう思想の古い人間もいる。
野沢なんかは三十代半ばと、そこまで老人というわけではないのに、妙に古めかしい考えをするところがあった。
彼は彼なりに、ここまで壮絶な人生を歩んできているからかもしれない。
その結果この男に怪しい金融業者との伝手ができていたために、七宮家の悲劇は加速することになるのだが。
「さ、そろそろ学校に行くから、あんたも出てってくれよ」
「おう、いいねぇ。一緒に学校まで行ってやろうか?」
「遠慮するよ。酒臭くって同級生から馬鹿にされそうだ」
うんざりした顔を作って、野沢は立ち上がった。俺は薬草の収集を終えて、ポーションを錬成窯に放り込んでからログアウトする。
高品質のポーションを作るには時間がかかるのだ。
学校に行く前にその工程に乗せておけば、帰ってきたタイミングで完成しているという効率化された流れだ。
このルーティーンを毎日欠かさずやって、高難易度クエストの出現状況にもよるが大体月に4万円ほど稼げている。
新聞配達の仕事で6万ほど、放課後に週三回コンビニでバイトをして5万円に満たないくらいの収入。
家賃と光熱費で5万は持っていかれて、野沢への返済が月々5万。そのほかにどうしても必要なお金が2万。生活費として使えるのは3万円程度。
野沢への返済は、月々5万でも百年かかるくらいだ。高校を卒業したら就職して、さらに返済に充てる額を増やさないと、どうしようもない。
楽な生活ではないが、俺は満足もしていた。金に追われてはいるものの充実感はある。
やらなければならないことが明確になっていて、悩んでいる暇もないほどであれば思考はクリアになって単純化される。変にリスクを背負って失敗に失敗を重ねるよりも、こうやって堅実に少しずつ借金を返していく方がよほど現実的で、何より楽だった。
そういう意味では借金の返済を急かしたり無理やり取り立てたりしてこない野沢には、やはり一定の感謝は示すべきではあった。
この男が闇金との間に入ってくれていなければ、借金取りに怯える日々を過ごさなければいけなかったかもしれないのだ。
ただし野沢としても単なる善意でそうしてくれているわけではない。俺が警察や弁護士に泣きつくのを上手く阻止する意味もあるのだろう。
そうすれば闇金業者は俺への取り立てができなくなり、その矛先は下手をすれば野沢に向かう。だから返せる範囲に取り立てを留めておいて、俺が逃げるのを防いでいる。
そこまでわかっているのだから、むしろ警察や弁護士に相談するのも手だが、俺としてはそれはなるべく避けたかった。
情けない話だが、親父が残した借金に、その影を重ねているようなところがあるのだ。身内の恥は自分たちで注ぐべき、という意地のようなものもある。
簡単に他人に助けてもらうのは、親とのつながりを断ち切られてしまうようで抵抗があった。それともう一つ、重大な理由もある。
野沢とはアパートを出たところで別れて、俺は高校へ向かった。原付での登校は禁止されているので、徒歩で十分ほどかけて登校する。
通学路になっている道には、同じ高校の生徒がたくさん歩いている。皆が途中で友達と会って声をかけあっているのを尻目に、俺は一人で歩いていた。
部活にも入っていない、放課後はすぐにバイトに行ってしまうでは、なかなか友だちなんてできない。いわゆるぼっちになってしまっているわけだが、まあそれも仕方ないかと開き直っていた。
借金まみれの自分なんかが、一丁前の青春など送れるはずもないのだ。入学したての頃は羨むような感情もあったが、今ではすっかり諦められている。とりあえず高卒の肩書さえ手に入れて、就活を有利に進められればそれでいい。
と言いつつも、本当に誰にも相手にされないというのもなかなか寂しい。自分の教室に入ってもまるでアウェイの空気を感じてしまうとそう思わなくもない。
結局誰とも話さないまま授業が始まる。一限目から社会の授業で、クラスメイト達の集中力は朝一番にも関わらず増している。
「それでは、出欠を取りましょうか」
社会科の授業を受け持つ應原教諭は、穏やかな口調で教壇に立った。まだ二十代後半と学生たちとも比較的年齢が近く、顔立ちも整っているため特に女子から人気の先生だった。
眼鏡をかけた細面に、なめらかな髪質。というような容姿だけでなく、ちゃんと授業も面白いためもちろん男子からも人気。なかなかに人望のある教師だ。
そういう應原先生のキャラクターだけでなく、今や社会は学校で一、二を争うほどの人気科目だ。それなりの進学校で、皆のモチベーションが低くないことを差し引いても、社会の授業には前のめりになって傾聴している。
社会科の授業は、ちょうどGOEがリリースされる辺りで大幅に見直され、歴史の範囲を削りに削って経済の授業の比率を高めた。
日本政府としては国を挙げて投資大国にしたいようで、GOEで投資や資産形成へのアレルギーをなくし、株式や仮想通貨なんかへの投資を促す目的があるらしい。
その一環として、学生の頃からお金にまつわる授業がなされるようになったというわけだ。
時には実際にGOEを用いて授業するような時もあり、もはやGOEへの参加は強制のような空気さえある。
政府が推奨していて、教育機関へのお達しもあったのだろうから、そうなってしまうのも頷けた。
子どもと言えど人間は現金なもので、自分のお小遣い、将来の資産、財産にまつわる話であれば、実用性があるからか皆真剣に授業を受ける。
今俺が説明したような話はテストにもなっているので、真面目な学生であれば誰でも出来るような解説なのである。
当然だが政府もギャンブルを推奨しているわけではない。仕事をやめたり、借金をしてまでGOEなんかで投資をしてほしいという話ではない。
節度を守って、余裕のある分を投資に回して将来に備えましょうという話である。
そのあたりの財務諸表やらキャッシュフローの説明を授業でして、無理のない資産形成をしましょうというのが今やっているところだ。
自分の小遣いを収入に見立てて、今の財政状況からいくらくらいは投資に回せるのかを計算したりする。少し前には企業の決算資料の読み方を勉強したりした。これはGOEがリリースされる前にはなかった授業内容らしい。
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